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バラエティの新機軸、マツコさんとチコちゃんに叱られたい!?

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

今期も新しいバラエティが何本か登場しました。その中で、攻めの姿勢や、新しいことにトライする意欲に注目したい番組があります。バラエティの新機軸は、マツコさんとチコちゃんに叱られたい!?

●大胆な設定で攻めていた、『マツコ、昨日死んだってよ。』(テレビ東京)

最近よく言われる、「元気なテレビ東京」を象徴するような1本でした。先月29日の深夜に放送された『マツコ、昨日死んだってよ。』です。なんと「マツコ・デラックスが急死した」という大胆な設定で進行する異色のバラエティだったのです。

いきなり「ニュース(もちろん架空です)」でマツコさんの「訃報」が伝えられ、街の声やマツコさんをよく知るYOUさん、ミッツ(マングローブ)さんといった面々のコメントが流されます。

スタジオに置かれた棺には白い衣装のマツコさんが横たわり、ナビゲーター役の滝藤賢一さんが「追悼番組」を進行させていきます。ちなみに、マツコさん本人は「棺に入る」以外は聞かされていなかったそうです。

そこから展開されたのは、結構鋭い「マツコ論」でした。自らを「電波芸者」と認識し、テレビというメディアが期待する「マツコ」を披露し続けてきたマツコさん。番組では、マツコさんがテレビの世界を広げたこと、テレビを多様化したことだけでなく、その人気の核には閉塞社会における「違和感の表明」があることも指摘していきます。

さらにこの「追悼番組」の終了後、突然、滝藤さんがスタッフやカメラ(視聴者)に向かって、「お前らがマツコを殺した!」と怒り出しました。続けて、カメラを棺の前まで引っ張って来て、「死に顔を撮れよ!これが見たかったんだろ!」と叫びます。この辺りから「マツコ論」というより、「テレビ論」の様相を呈していきました。

そう、これはテレビによる「テレビ論」の試みだったのです。「(テレビは)これからは枠にとらわれず、不都合に蓋をせず、多様化していかなければ」という滝藤さんの最後の言葉は、まさに自戒の念を込めた制作者たちの決意だと思います。

結局、番組の中では、ほとんど棺の中で寝ていただけのマツコさん。実にゼイタクな“起用法”だったわけですが、マツコさんという存在をテコにしたからこそ可能となった、バラエティの可能性を広げる1本と言えるでしょう。

●地上最強の5歳児が攻める、『チコちゃんに叱られる!』(NHK)

今期の新バラエティ番組の中で、いい感じで“攻めてる”のが、金曜夜の『チコちゃんに叱られる!』(NHK総合)です。コンセプトは明快で、子どもが投げかける「素朴な疑問」に大人として答えてみよう、という雑学バラエティです。

この「素朴な疑問」ってやつが結構難物で、たとえば「空はなぜ青いの?」と聞かれたとき、正確でわかりやすい説明が出来る大人は(私を含め)少ないのではないでしょうか。

番組に登場するのは「チコちゃん」という5歳の女の子です。ただし生身の人間ではなく、頭の部分はCGで、その下はワンピースの着ぐるみなんですね。そして自分の問いかけに、スタジオにいる大人たち(MCの岡村隆史さん他)が答えられないと、目が炎と共に燃え上がり、頭から大量の湯気を噴き出して、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と激怒するのです。これがまた痛快で(笑)。

たとえば、「なぜ高齢者のことをシルバーというの?」という素朴な疑問を投げかけたりします。もちろん大人たちは答えられません。解説VTRでは、45年前に国鉄(現在のJR)が採用したシルバーシートをめぐる再現ドラマ(主演・鶴見辰吾さん)まで作ってしまいます。

また先週は、「なぜサッカーは手を使えないのか?」とチコちゃんが問いかけていました。スタジオの大竹まことさんや高橋みなみさんだけでなく、なんとVTR出演のサッカー解説者・松木安太郎さんも正解を知らなかったぞ(笑)。

何でもサッカーの元祖は「モブフットボール」という競技で、そこではボールを奪い合って殴り合いまであったそうな。そこである時期から「手を使わない」というルールが出来て、それが「サッカー」になったと。一方、手を使っていいフットボールもやりたいということで、それが「ラグビー」になっていったんだって。うーん、なるほど。雑学というか、堂々の教養バラエティですね。

この「チコちゃん」の声を、音声変換で演じているのがキム兄こと木村祐一さん。どんなゲストが来ても当意即妙なやりとりが見事で、チコちゃんの言動が時々関西のオッサンと化すのは番組名物となっています。週に一度、この超個性的な「地上最強の5歳児」に叱られてみるのも悪くありません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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