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【学校の働き方改革のゆくえ】給特法は時代錯誤か?

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

現役教師が裁判に打って出た

埼玉県の小学校教諭が先日、県を提訴した。時間外労働に残業代が支払われないのは違法だという主張である。

1カ月平均約60時間の残業をしたのに労働基準法に定められた残業代が支払われないのは違法だとして、埼玉県内の市立小学校に勤務する男性教諭(59)が25日、県を相手取り、約240万円の支払いを求めてさいたま地裁に提訴した。男性は同日、さいたま市内で記者会見し、「警察官も市役所職員も残業代が出るのに、教員だけ残業代ゼロで働かせるのはどうなのか」と提訴の理由を語った。

出典:埼玉新聞2018年9月25日

来年3月に定年退職となる教諭は「全国の先生が無賃労働を強いられている。次の世代に引き継いではいけない」と話している(教育新聞2018年9月26日)。

この動きについては、全国各地の公立学校教師から「よくやってくれた」、「定額働かせ放題は許せない」という共感、応援する声も(少なくとも、わたしのもとにも)多く聞こえてくる。

給特法の問題とは

この裁判で問題となっているのは、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)とそれに関連する法制度である。

前回の記事で、わたしは、給特法が教師の長時間労働の主要要因なのか、本当に諸悪の根源なのか、ということについて書いた。

前回の記事はコチラ

【学校の働き方改革のゆくえ】”諸悪の根源は給特法”は本当か?

とはいえ、だからといって、給特法に問題がないわけではまったくない

わたしがお伝えしたいポイントは次の4点であると前回書いた。今回の記事では2.と3.について解説したい。

1.給特法が教師の長時間労働を助長、悪化させたという確たる証拠はない。

2.給特法は本来、教師を長時間労働から守る趣旨があったが、これが機能してこなかったのは事実。

3.超勤4項目以外の残業について、給特法は何も定めていないし、規制していないのは問題。

4.給特法を廃止あるいは抜本改正すれば、長時間労働が改善するとは楽観視できない。

緊急性のない会議を時間外にやる校長は、アウト!

給特法ができた経緯、過程をざっとおさらいすると、1960年代のことだ。全国で公立学校教師の時間外手当の支給をもとめる訴訟が提起され、社会的に大きな問題となった。国は相次いで敗訴したことなどから、1971年の給特法成立にいたる。

※もう少し詳しくは、下記記事がよくまとまっている。(興味のない方はこの箇所は読み飛ばしても構わない。)

給特法制定の経緯をひもとくと、1948(昭和23)年の公務員給与制度改革にさかのぼる。拘束時間の長さを鑑み、教員には一般公務員より一割程度高い給与を支給する代わりに超過勤務手当を支給しないことを規定。同時に、文部省(当時)は教員に超過勤務を命じぬよう指導した。しかし多くの教員は時間外にわたって勤務し、給与の有利性も薄れてきたことから、昭和40年代には全国で超過勤務手当の支給を巡って訴訟が起こった。これらの判決には教員の主張を認め「超過勤務手当を支給すべき」とするものもあり、1968(昭和43)年には時間外勤務を評価する「教職特別手当」の支給を盛り込んだ改正法律案を国会に提出するが、廃案となる。3年後の1971年、教員の勤務を「勤務時間内外を区別せず、包括的に再評価する教職調整額を支給し、超過勤務手当制度を適用しない」給特法が国会で成立、翌年に施行され現在に至る。

出典:教育新聞社説2018年10月4日

給特法の制定により、次のことが制度化された。

  1. 教員には時間外勤務手当及び休日勤務手当の制度を適用外とし、これに代えて教職調整額を支給すること。
  2. 勤務時間の割り振りを適正に行い、教員には原則として、時間外勤務を命じないこと。
  3. ただし、時間外勤務を命じられるのは、政令により超勤4項目(修学旅行や職員会議等)に該当する場合であって、「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるとき」に限られること。

これを額面どおりに理解すると、そうとう厳しい枠がはめられている。たとえば、緊急性がないテーマで、職員会議を時間外の18時などに校長が開いたら、給特法違反となる。極端な話、損害賠償請求をその自治体は受ける可能性もなくはない。ふつうの会社や行政組織などでは考えられないくらい、厳しい。

つまり、給特法の本来の姿としては、「教師を”定額働かせ放題”にする」趣旨ではないと、考えられる(このあたりは法解釈の司法判断しだいではあるので、ぼくから確定的なことは言えないが)。

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

現に、まだレアケースかもしれないが、給特法と超勤4項目を盾に、部活動顧問の就任を断っている先生はいるし、それは法令上差し支えない。なぜなら、超勤4項目に部活動は入っていない(※)ので、校長は時間外や休日におよぶ部活動指導を教師に命じることはできない。そういう制度だ。

(※)部活動について、当初の国の案では超勤項目に入っていたが、日教組と折衝するなかで項目から落ちたと聞いたことがある。

超勤4項目以外の残業についてなんの規制もないのは大問題

だが、給特法とそれに関連する法制度では、超勤4項目以外の残業については、歯止めをかけていない。校長は時間外労働を命じてはいけない、となっているだけで、校長から指揮命令されておらず、しかし必要な仕事だからといって残業している場合については、特段の規定はない。冒頭に紹介した埼玉県での訴訟は、この点を大いに問題視している。

そして、現実には、超勤4項目以外の時間外が膨大になっているというのが、今の小中高だ。国による大規模調査である教員勤務実態調査の2006年実施と2016年実施、あるいは、各教育委員会や教職員組合が実施している調査などで裏付けられている。

つまり、給特法の制定になった1970年前後と、そこから50年近く経過した現在では、教師を取り巻く環境がまったく異なっている。

給特法当時は、夏休みなどに教師にはゆとりがあり、自宅研修などの名目で出勤しないでいい場合もかなりあったらしい。しかも、給特法にまつわる解説などでよく目にするのは、教師は学校外で修養することがあるので、勤務時間管理が難しいといった内容だ。例えば、図書館などで教材研究する姿が想定されている。イメージ的には、当時の小中高の教師は、大学の研究者に近い感じだったのかなと推測する。

だが、その後、週休2日制の導入により平日の授業コマ数が増え、かつ脱ゆとり以降は指導要領改訂などによっては授業数は増えた。学校に安全管理や説明責任が強く要請され、必要な仕事は増えた。保護者や社会からの期待もあって、学校が指導要領以外でやっている仕事も多くなった(登下校指導、挨拶運動、補習、模試監督など)。そうしたなか、勤務時間のなかで終わりきらない仕事も多い。

しかも、児童生徒のためになるからと、行事や部活動などはどんどん長時間になっている学校、教師もある。夏休み中も研修や部活動の大会などが目白押しである。おそらく、いまの教師には、ふつうの平日に図書館でじっくり教材研究できる人はほぼいないし、夏休みもかつてのゆとりはない。

つまり、給特法の制定当時の状況と50年近くを経た現在は大きなギャップがある。給特法を改正すれば、大きく問題解決するというわけではない、ということは前回も書いたが、同時に、このまま置いておいてもよいのか、というところは大いにクエスチョンである。

そこで、いまも中教審で、給特法を見直すべきか否かを含めて議論をしている。そのなかで、超勤4項目以外の仕事についても、しっかり教師の業務と捉えて、一定の時間上限を定めていこうという案も出ている。これについては前々回に少し書いた。

【学校の働き方改革のゆくえ】教師にも月45時間内の残業上限が付くか?

今後は、給特法を大きく改正して規制をはめていく方向でいくのか、あるいは給特法の大幅な改正はせずに、ガイドラインなどのかたちで規制していくのかなども議論になっていきそうだが、まだ道筋ははっきりとは見えない。

きょうはここに関連して、給特法の趣旨といまの現実とのギャップを中心に紹介した。

給特法にまつわる、もうひとつの重大な問題がある。超勤4項目以外について、教師の自発的業務として、いわば勝手にやっている、としていることである。この問題については別に解説したい。

★★★

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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