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ザワーヒリーの演説がさらけ出したアル=カーイダの「さっぱりな」現状

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 アフガニスタンでターリバーンが政権を奪取したことは、同派に忠誠を誓うアル=カーイダとそのフランチャイズの諸派にとって慶事だったには違いない。別稿で紹介した時点での「アラビア半島のアル=カーイダ」、「シャーム解放機構」、「トルキスタン・イスラーム党」に続き、2021年8月31日のアメリカ軍のアフガンからの撤退終了までに、「イスラーム的マグリブのアル=カーイダ」、サハラ地域で活動する「イスラームとムスリム支援団」、シリアで「シャーム解放機構」によるアル=カーイダからの偽装離脱に反対する「宗教擁護者機構」、「インド亜大陸のアル=カーイダ」、そして「アル=カーイダ総司令部」がターリバーンの勝利に祝辞を献じた。もっとも、アル=カーイダが世界的に統一され、共通の思考や情勢認識に基づいて活動しているのならば、これらの諸派が発信する声明類は基幹部となる内容や語彙が相当程度統一された、なにがしかのひな型に基づいた作品群となるべきものだったが、実際にはそうはならなかった。広報部門の連携や声明類のひな型づくりは、人員や物資の融通や訓練の供与とは異なり、ある程度の通信回線さえ確保できれば何とかなる活動であるから、現在のアル=カーイダ諸派の間にはそうした連絡経路も薄弱になっているということだろう。一方、目下ターリバーンは同派が編成した「新政府」への国際的な承認の取り付けと支援の獲得に努めている最中であり、アル=カーイダ諸派からの祝辞は内心あまりありがたくないものだったかもしれない。また、もしターリバーンとアル=カーイダとの間により密接な連絡があるのならば、祝辞の内容をもうちょっと穏当な(?)ものに調整することも可能だったかもしれない。つまり、ターリバーンの「勝利」によって勢いづいているということになっているイスラーム過激派、特にアル=カーイダの現状は、「そんなこととてもおぼつかない」程度のものに過ぎない。ちなみに、「イスラーム国」はターリバーンとは両派にとって本来の敵である十字軍や占領軍との関係よりもはるかに相性が悪い仇敵関係である。このため、「イスラーム国」にとって現下の情勢は、ただでさえ少ないイスラーム過激派の支持者やファンの獲得競争や報道露出の機会で不利に作用する迷惑な状況でしかない。

 9月11日付で出回ったアル=カーイダの指導者のアイマン・ザワーヒリーの最新演説は、「いまいち」を通り越して「さっぱり」な状態ですらあるアル=カーイダの状況を如実に示すともいえる名作(?)であるともいえる。ザワーヒリーは、近年健康不安説や死亡説が絶えないが、ここ数年は毎年9月11日に合わせて律義に演説を発表し続けている。最新作も1時間を超える大作だったが、そのタイトルは「エルサレムはユダヤ化しない」であり、現在のアフガン情勢とは何の関係もない状況認識の下、ターリバーンによる政権奪取どころか、アフガン政府の崩壊が加速した2021年6月あたりの状況も視野に入っていないものだ。この作品の収録時期が、8月よりも数カ月前だということは確実だろう。なお、ザワーヒリーは2019年9月11日に出回った演説で、「(アメリカと交渉などしてはならず)そのようなことをしたターリバーンは損をした」とのたまっているので、ザワーヒリー(そしてアル=カーイダ)がここまでに至るターリバーンの運動方針について核心となる情報を得ていたり、決定に何か影響力を持っていたりしなさそうだということもわかる。

 また、ザワーヒリーの最新演説は、「エルサレムはユダヤ化しない」とのタイトルが示す通り、イスラエル、アメリカ、この両国に従属・迎合するアラブ諸国の為政者たちに対する非難と、攻撃の扇動を主な内容とする。内容で注目すべき点は、イスラエルとの闘争をヨルダン川西岸地区やガザ地区という狭い地域に封じ込めることなく、カシミールも、チェチェンも、イドリブも、ウイグルも、パキスタンも、「異なる戦線における(パレスチナ解放という)単一の戦争」として戦うにようにと扇動した点が挙げられる。また、アル=カーイダ、そしてザワーヒリー自身がその活動ぶりを「いんちき」、或いは「誤り」と非難してきたハマースの幹部を演説中で称揚する節操のなさも目に付いた。その上、イスラーム共同体の問題を語る際に、自身の出身地であるエジプトを中心に据えた状況認識・解釈の殻から出ることができないという、ザワーヒリーの特徴も相変わらずだった。要するに、今般のザワーヒリーの演説は、話題も、収録・発信の時期も、状況認識・解釈も、ターリバーンの「勝利」の波に乗るという意味では「的外れ」ということだ。また、再三指摘しているとおり、イスラーム過激派の支持者やファン、そして現場にいる戦闘員や工作員の中にさえも、1時間にも及ぶ長大な作品をちゃんと視聴して、理解した上で行動に移すことができる者が多数いるとは思われないという「時代や人類の気質の変化」にも全く対応していない。

 アル=カーイダは、テロ組織として時事問題に敏感に反応し、諸般の問題を自らの正当化と支持者の獲得、敵への脅迫のために利用しなくてはならない。それ故、今後もアル=カーイダとそのフランチャイズは、ターリバーンの「勝利」を何かに利用するための広報活動を続けることだろう。となると、ザワーヒリーも早晩この件について何らかの作品を発表することになるだろうが、同人やアル=カーイダの現状に鑑みると、その作品が時宜を得て大きな反響を呼ぶのはちょっと難しいのではないだろうか。ターリバーンの政権奪取によりアフガン人民の生活水準が著しく下がるであろうこと、アフガンの治安が悪化して世界中から様々な悪しき活動が同地に流入するであろうことは大いに懸念すべきで、そうならないよう可能な対策は全て講じるべきでもある。その一方で、アル=カーイダをはじめとするイスラーム過激派の封じ込めもその一つであろうが、徒に脅威を強調して懸念・不安をあおるだけでは、却ってイスラーム過激派には活力を与える逆効果に終わることも、これまでの経験から明らかである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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