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国民の「健康」は「投票行動」にどう影響するか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 選挙のたびに低投票率が話題になるが、精神や心を含む国民の健康状態が投票行動に影響するという研究が増えている。心身の健全性は民主主義とどう関係しているのだろうか。

健康と政治の関係とは

 世界的に民主主義的な政治体制をとる国が増える一方で、多くの国で投票率が下がっている。スイスでは、義務投票をすると投票率が上がったが、義務化がなくなると再び投票率は下がってしまった(※1)。

 こうした中、健康と投票行動などの政治的な行動の関係に焦点を当てる研究が増えている(※2)。世界的に社会経済格差から生じる健康格差が広がり、心身ともに不健康な国民が増え、それが健全な民主主義に悪影響をおよぼしているのではないかという疑問からだ。

 この傾向は、新型コロナ・パンデミックにより助長された。社会経済活動や日常生活が制限されてストレスを感じ、精神的にも悪影響が出た結果、政治的な態度や投票行動に何らかの作用が生じている危険性がある(※3)。

 もし、国民の健康格差が政治へ悪影響をおよぼし、さらに不平等を助長するとすれば、これはかなり深刻な問題だろう。日本でも選挙のたびに低投票率が指摘され、選挙権を行使する有権者が少ないため、市民や国民の意思を反映した結果、議会の政治家が選ばれているのかどうかに疑義が生じている。

精神的な苦痛は投票率を下げる

 うつ病は誰でもかかる病気の一つだが、うつ病にかかると政治に対する信頼感が減少する傾向があるようだ。多くの情報に対し、懐疑的になり、否定的に感じることで、政治がなにもしてくれないという不満を抱くようになる一方、実際の政治の実効性の低さがうつ病の発症を増やすこともある(※4)。

 日本の研究者も参加した研究グループによる旧ソ連(FSU)9カ国(※5)の有権者(18歳以上、1万8000人)の精神的な苦痛と投票行動に関する分析によれば、精神的な苦痛を感じると投票率が低くなる傾向があることがわかったという(※6)。この傾向は特に女性、そして労働している成人で高かった。

 同研究グループは、精神的な健康状態が悪く社会経済的地位が低い場合、投票しないことは政治的な不平等を拡大させ、社会的弱者の権利を奪う危険性があると指摘し、健康状態の悪化は政治的な無力感と絶望感につながり、さらに健康を損なうという負のスパイラルに陥ると警告している。また、旧ソ連の各国の政治状態は民主主義的ではなくなっており、こうした傾向が強まるのか、研究の継続が必要としている。

右派ポピュリズムの伸長と健康の関係

 一方、欧米など世界的に議会では右派ポピュリスト政党が伸長し、政治的な力を持つようになっている(※7)。日本ではネット上でもネトウヨと呼ばれる差別主義的な存在が取り沙汰され、レイシズムや反ジェンダー、極端な保守主義が顕在化しつつある。

 米国のトランプ前大統領にみるように、右派ポピュリズムは、反グローバリゼーションを背景にした新国家主義(ネオ・ナショナリズム)、多様性が進む社会に対する伝統的な社会への回帰、経済統制・国民統制といった全体主義的な政治思想などが特徴だ。こうした政治的な潮流にも国民の健康が関係しているという研究も多い。

 米国の研究グループが、右派ポピュリスト政党が伸長と有権者の健康状態の関係について分析したところ、健康の問題があったり健康に対して不安を持っている場合、社会体制に対する不満を感じ、現体制を変えることを標榜する政党を支持する傾向があることがわかったという(※8)。

 同研究グループは、右派ポピュリスト政党に投票する有権者を批判すべきではなく、むしろ健康に脆弱性のある有権者に対して有効な政策を提示できない既存政党のほうに問題があるとしている。

 よく「健全な精神は健全な肉体に宿る」などという。だが、これは誤訳とされ、本来の意味は「健全な精神が健全な肉体に宿ればいいのになぁ」という願望であり、実際はそうではないという反語的な言葉とされている(※9)。

 健全な精神と健全な肉体の間にはあまり関係がないが、健全な精神や肉体と政治には関係があるようだ。右派ポピュリズムは、不満を持つ国民の健康とも関係がある。

 社会経済的な格差は、精神と肉体の健康格差を生む。負のスパイラルに陥らないよう、各国の市民・国民は監視を続けるべきだろう。

※1:Michael M. Bechtel, et al., "Compulsory Voting, Habit Formation, and Political Participation" The Review of Economic and Statistics, Vol.100(3), 467-476, 1, July, 2018
※2-1:Julia Lynch, "The Political Economy of Health: Bringing Political Science In" Annual Review of Political Science, Vol.26, 389-410, 14, March, 2023
※2-2:Elisabeth Gidengil, Hanna Wass, "Health citizens, healthy democracies? A review of the literature" International Politics Science Review, doi.org/10.1177/01925121231163548, 10, May, 2023
※3-1:Luca Bernaridi, Ian H. Gotlib, "COVID-19 stressors, mental/emotional distress and political support" West European Politics, Vol.46, Issue2, 5, April, 2022
※3-2:Tom van der Meer, et al., "Fear and the COVID-19 rally round the flag: a panel study on political trust" West European Politics, Vol.46, Issu6, 23, February, 2023
※4:Luca Bhandari, et al., "Down But Not Yet Out: Depression, Political Efficacy, and Voting" Political Psychology, Vol.44, Issue2, 217-233, 5, May, 2022
※5:アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージア、モルドバ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、ウクライナ
※6:Andrew Stickley, et al., "Psychological distress and voting behaviour in nine countries of the former Soviet Union" scientific reports, 13, Article number: 22709, 19, December, 2023
※7:Dani Rodrik, "Why Does Globalization Fuel Populism? Economics, Culture, and the Rise of Right-Wing Populism" Annual Review of Economics, Vol.13, 19, April, 2021
※8:Nolan M. Kavanagh, et al., "Dose Health Vulnerability Predict Voting for Right-Wing Populist Parties in Europe?" American Political Science Review, Vo.115, Issue3, 26, April, 2021
※9:Judyta Krajewska, "“ORANDUM EST UT SIT MENS SANA IN CORPORE SANO”, THE BEGINNINGS OF HEALTH PREVENTION IN ANTIQUITY" Seminare, Vol.40, No.4, 133-146, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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