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ネアンデルタール人が絶滅し、我々「ホモ・サピエンス」だけが繁栄できた理由とは? 名古屋大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真は記事とは関係ありません(写真:イメージマート)

 石器時代にはネアンデルタール人などが絶滅し、ホモ・サピエンスが生き残った。その理由の一端が、従来から述べられてきた石器技術などの「革命」ではなかったのでは? という学説が名古屋大学などの研究グループによって出された。我々の祖先が、なぜ繁栄できたのか、その理由についての議論は続く。

ホモ・サピエンスの「革命」とは

 石器を作るのは人類の専売特許ではない(※1)。だが、かのチャールズ・ダーウィンが言うように、人類の祖先が二足歩行を始めて両手が自由になって石器などの道具を使うことで、その後の進化につながったのは明らかだろう(※2)。

 最初に石器を使用したのは、約260万年前のオルドワン石器(Oldowan Stone Tools)だが、約330万年前にもプレ・オルドワンの石器を作っていたという調査研究もある(※3)。このオルドワン石器から進化し、約180万年前に出現したとされるアシュール石器(Acheulean)を経て、人類は宇宙ロケットまでも作ることができるようになった。

 時代区分での石器時代の定義は考え方や地域的な特徴などによっていくつかあるが、基本的には打製石器の旧石器時代と磨製石器の新石器時代とで分ける。

 旧石器時代は、前期(下部)、中期(中部)、後期(上部)と3つに分けられ、中期旧石器時代から後期旧石器時代にかけてのホモ・サピエンスによる文化・移動・技術的「革命」がその後、ホモ・サピエンスが繁栄し、ネアンデルタール人などの旧人が絶滅した理由と考えられてきた(※4)。

 ただ、こうした「革命」が一気に起きたのか、それとも漸進的に多段階で生じたのかについては議論が続いている。

 今回、名古屋大学博物館・大学院環境学研究科などの研究グループが、ホモ・サピエンスがユーラシア大陸に拡散する前から拡散した後までの石器を調べ、特に広く拡散し、その後の繁栄につながった過程で、ホモ・サピエンスの進化に複数の段階や試行錯誤があったことを示す論文を発表した(※5)。

 ホモ・サピエンスが繁栄したのに、なぜネアンデルタール人やデニソワ人などの旧人や原人が絶滅したのかについては従来、ホモ・サピエンスの脳にある変異が生じ、高度な認知機能を獲得したのが理由ではないかとされてきた。その証拠となるのが、中期旧石器時代から後期旧石器時代のホモ・サピエンスが使っていた石器や彼らの文化の発達だ。

 例えば、その頃のヨーロッパでは、石刃(せきじん、細長いナイフ状の打製石器)や動物の骨や角を使った道具が増え、貝殻などを使った装身具、楽器、壁画などの文化が発達した。

 だが、こうしたホモ・サピエンスの技術や文化がいつ、どのように生じたのかは長く議論されてきた。

ホモ・サピエンスとネアンデルタール人などが分かれた後、両者の間には交雑があったと考えられている。名古屋大学のリリースより。
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人などが分かれた後、両者の間には交雑があったと考えられている。名古屋大学のリリースより。

打製石器の技術革新とは

 同研究グループは、中期石器時代から後期石器時代にかけての石器の刃部(じんぶ、ガラス質の刃の部分)に注目し、約7万年前から1万5000年前までの西アジアのレヴァント地方(地中海東部地域、現在のヨルダンなど)の5つの遺跡で発見された石器資料(8つの資料群、5000点以上)を調べた。

 レヴァント地方は、ホモ・サピエンスがユーラシア大陸へ拡散した拠点となった場所だ。また、同じ場所で発見された異なった時代の石器を長期的な観点で比較することができたという。

 その結果、ホモ・サピエンスがユーラシア大陸に拡散し始めた約4万5000年前頃の石器が重く厚みがあり、刃部の獲得効率(打製石器でガラス質の刃の部分をどれだけ得られるかの割合)が低いことがわかった。

 そしてその後、約4万年前頃からホモ・サピエンスの使用する打製石器の刃部の獲得効率が上がっていったのだという。

打製石器の刃部とその長さの測定では、デジタル写真をポリゴン化して調べたという。名古屋大学のリリースより。
打製石器の刃部とその長さの測定では、デジタル写真をポリゴン化して調べたという。名古屋大学のリリースより。

 この理由は、小石刃という小型石器を作る技術が発達し、石器の小型化によって刃部の獲得効率が上がったのではないかと同研究グループは考えている。そのため、刃部の獲得効率の点でいえば、ホモ・サピエンスの石器技術が進化したのはホモ・サピエンスがユーラシア大陸へ拡散し始めた頃ではなく、すでにユーラシア大陸各地でホモ・サピエンスが増加し始めた頃だったことがわかったという。

 同研究グループは、従来の学説のように、ホモ・サピエンスの文化・移動・技術的な革命が一度に起きたのではなく、複数の段階や試行錯誤を繰り返して進化していったのではないかという。つまり、石器の作成技術が革新し、刃部の獲得効率が上がってからユーラシア大陸へ拡散したのではない、ということになる。

 また、ネアンデルタール人が絶滅したと考えられる約4万年前に、ホモ・サピエンスの石器作成技術が発達し始めていたわけだが、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人などと交雑したと考えられている。交流があったのにもかかわらず、技術や文化はなぜネアンデルタール人に伝わらなかったのだろうか。

 同研究グループは、石器を調査したレヴァント地方の前期旧石器時代の遺跡から、遠い地方から運ばれたと考えられる貝殻なども発見している。つまり、遠方との交易や交流は、石器の作成技術の発達より前にあったと考えられ、こうしたこともホモ・サピエンスが他の旧人と違っていた理由なのかもしれないと指摘している。

※1:Tomos Proffitt, et al., "Wild monkeys flake stone tools." nature, Vol.539, 85-88, 2016
※2:Charles Darwin, "The Descent of Man and Selection in Relation to Sex." John Murray, London, UK, 1871
※3:Tomos Proffitt, et al., "Wild monkeys flake stone tools." nature, Vol.539, 85-88, 2016
※4-1:Ofer Bar-Yosef, et al., "The Archaeological Framework of the Upper Paleolithic Revolution" Diogenes, Vol.54, Issue2, May, 2007
※4-2:John J. Shea, "Transitions or turnovers? Climatically-forced extinctions of Homo sapiens and Neanderthals in the east Mediterranean Levant" Quaternary Science Reviews, Vol.27, 2253-2270, 1, August, 2008
※5:Seiji Kadowaki, et al., "Delayed increase in stone tool cutting-edge productivity at the Middle-Upper Paleolithic transition in southern Jordan" nature communications, 15, Article number: 610, 7, February, 2024

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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