ロシア軍のイドリブ県への爆撃で子供は犠牲になったのか?:臨場感のある現地取材が作り出すフェイク
臨場感のある現地取材が必ずしも事実を伝えるとは限らない。
Nラジ(NHKラジオ第1、NHK-FM、毎週月曜~金曜午後6時)の9月28日の放送に電話出演した、シリア国境に近いトルコのレイハンルで現地取材しているというドキュメンタリー・フォトグラファーは、前日(27日)に、レイハンルに程近いシリアのイドリブ県カフルルースィーン村一帯に対してロシア軍戦闘機が爆撃を加え、学校が標的となり、子供が犠牲になったと現地で報じられていると述べた。
しかし、ことの真相はまったく異なっていた。
本当の現地報道
トルコで活動する反体制系メディアのイナブ・バラディー、英国を拠点として活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、9月27日昼頃、ロシア軍の戦闘機複数機が、トルコのハタイ県の国境に近いイドリブ県のサルマダー市、バーブ・ハワー国境通行所一帯、バルダクリー村の国内避難民(IDPs)キャンプ(バルダクリー・キャンプ)、バービスカー村近郊のIDPsキャンプ(アラーミル・キャンプ)に対して爆撃を行った。
標的となったのは、シリア政府の支配は及ばず、自由と尊厳の実現をめざす「シリア革命」の支持者から「解放区」と呼ばれている地域。だが、実際には、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構が軍事・治安権限を握っている。とりわけ、国連安保理が定める越境(クロスボーダー)人道支援の最後の通行路となっているバーブ・ハワー国境通行所はシャーム解放機構にとってもっとも重要な要衝の一つである。
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イナブ・バラディーやシリア人権監視団によると、爆撃の主要な標的となったのは、トルコが違法に国境通行所を設置し、シリア領内への軍事兵站物資の搬入の経路としているカフルルースィーン村に近いカルビート村にあるイッザ軍の軍事キャンプだった。
イッザ軍とは?
イッザ軍は、バラク・オバマ政権時代の米国から「穏健な反体制派」とみなされて支援を受けていた組織で、「革命のサヨナキドリ」の愛称でしられていたアブドゥルバースィト・サールート(バセット、2019年4月に死亡)も参加していた組織で、シャーム解放機構とは長らく共闘関係にある。サールートはドキュメンタリー映画『それでも僕は帰る:シリア、若者たちが求め続けたふるさと』(タラール・ディルキー監督、2013年)に出演したことで、欧米諸国や日本で広く知られていた。
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イッザ軍は現在、シャーム解放機構、そしてトルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army)とともに、「決戦」作戦司令室を結成し、シリア軍への抵抗を続けている。
ホワイト・ヘルメットは被害の少なさを強調
爆撃には、ミサイル4発が使用され、うち3発はイッザ軍の軍事キャンプの敷地に、1発はキャンプの近くに着弾した。キャンプ内へのミサイルの着弾でイッザ軍の戦闘員2人が負傷、キャンプ近くへのミサイルの着弾で、IDPsキャンプに身を寄せている複数の住民が負傷した。
シャーム解放機構に近いホワイト・ヘルメットは、フェイスブックやツイッターで、爆撃は4回行われたが、高齢の女性1人と若い男性1人が負傷した以外に犠牲者はなかったと発表した。
シリア軍やロシア軍の蛮行を非難してきたホワイト・ヘルメットが、被害の少なさを強調するのは極めて異例だ。
その背景には、ロシア軍の爆撃による軍事的被害がなかったことをアピールしようとするイッザ軍やシャーム解放機構の意思を感じることができる。
失敗だったロシア軍の爆撃
シリア人権監視団がイッザ軍筋の話として明らかにしたところによると、イッザ軍は、シリア政府の内通者らから、ロシア軍が爆撃を行うとの情報を事前に入手し、爆撃を受ける数分前にキャンプでの教練コースに参加していた教官と戦闘員合わせて200人を退避させたという。イッザ軍は、ロシア軍の爆撃が失敗だったことを強調したかったに違いない。
ロシア軍は最近になって、イドリブ県で活動するシャーム解放機構の拠点などに対して大規模な爆撃を実施するようになっている。だが、今回の爆撃について同国国防省からの発表はないことは、作戦が失敗に終わったことを示唆している。
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なお、同監視団によると、ロシア軍戦闘機はその後、イドリブ県のマアーッラト・ナアサーン村、タフタナーズ市、アターリブ市近郊のIDPsキャンプを空対空ミサイルで爆撃したが、人的被害が出たとの情報はない。
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