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シリアでの人道支援の問題は越境(クロスボーダー)の是非ではなく、テロリストが関与すること

青山弘之東京外国語大学 教授
‘Inab Baladi、2022年1月7日

シリア北西部のイドリブ県で1月7日、国連安保理決議第1267号(1999年10月15日採択)委員会(通称アル=カーイダ制裁委員会)が国際テロ組織に指定するシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧称シャームの民のヌスラ戦線)のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者が公の場に姿を現し、話題になった。

「解放区」イドリブ県の実態

イドリブ県は反体制派が「解放区」と呼ぶ地域で、「自由」や「尊厳」の実現をめざす「シリア革命」の最後の牙城と目されている場所である。だが、その実態は、シャーム解放機構が同地の軍事・治安権限を掌握し、同組織が自治を委託するシリア救国内閣を名乗る組織が統治を主導している。

また、ロシア、トルコ、イランを保証国とするいわゆるアスタナ会議での諸合意や、ロシアとトルコが2020年3月に交わした停戦合意に基づき、トルコ軍が各所に停戦監視を名目として基地や拠点を設置し、部隊を駐留させている場所でもある。そして、アル=カーイダとトルコの「軍事的な傘」のもと、トルコの庇護を受ける武装連合体の国民解放戦線(通称「Turkish-backed Free Syrian Army(TFSA)」)、無償の人命救助と化学兵器攻撃偽装で名高いホワイト・ヘルメット、地元評議会などの名で知られる組織、さらにはフッラース・ディーン機構、トルキスタン・イスラーム党といったアル=カーイダ系組織が活動を続けている。

バーブ・ハワー国境通行所に至る街道の完成式典に姿を現したジャウラーニー

ジャウラーニー指導者が公の場に姿を現したのは2021年11月23日以来約2カ月ぶり。

この時はイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所で開催された「シューラー(諮問)総会」に出席し、「解放区」の経済状況、とりわけトルコ・リラの下落に伴う物価高騰、とりわけパンと燃料の価格上昇に対応するための対策を披露した。

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今回は、トルコとの国境に面するバーブ・ハワー国境通行所とアレッポ県北西部を結ぶ街道の開通式に姿を現した。前回と同じく、洋服を着こなしたジャウラーニーは、シリア救国内閣のアリー・カッダ首班、サルマダー市やダーナー市の行政関係者らとともに式典に出席し、街道を視察した。

al-Mudun、2022年1月7日
al-Mudun、2022年1月7日

式典が行われた会場や街道では、シャーム解放機構の総合治安機関の隊員が展開し、物々しい厳戒態勢が敷かれていたという。

複数の反体制系メディアによると、街道の建設は、シリア救国内閣が実施した「解放区における初の政府民衆プロジェクト」で、全長3.2キロ、幅30メートルで、照明灯70本が設置されており、建設には5カ月を要したという。

UAE(アラブ首長国連邦)を拠点とする反体制メディアのドゥラル・シャーミーヤは、複数の活動家が、街道建設プロジェクトを「解放区を変革し、同地で国家を建設する能力がある」ことを示すものだと高く評価している、などと伝えた。

激しさを増していたロシア軍の爆撃

ジャウラーニー指導者の登場は、ロシア軍戦闘機による「解放区」への爆撃が激しさを増すなかで、その健在ぶりを誇示する狙いがあったと見て取ることができる。

欧米メディアでさえも、ほとんど報じられることはなかったが、ロシア軍はアスタナ17会議(12月21~22日)が閉幕した昨年末からイドリブ県中北部やアレッポ県西部に対する爆撃を強めていた。ロシア軍が実施した爆撃は以下の通りである。

●12月25日:マアッラトミスリーン市一帯を3発のミサイルで爆撃。

●12月27日:シャイフ・バフル村に対して6回、マアッラトミスリーン市に3回の爆撃を実施。

●12月30日:バーリーシャー村、カフル・アルーク村、マアッラトミスリーン市、シャイフ・バフル村を12回にわたって爆撃。

●12月31日:イドリブ市一帯、ザーウィヤ地方のカンスフラ村、バーラ村、マシューン村、県北部のカフル・ダルヤーン村、ジスル・シュグール市近郊のジャディーダ(ジャディーダト・ジスル)村一帯、ルージュ平原のニムラ村を15回にわたって爆撃。これにより、カフル・ダルヤーン村の養鶏場が被弾し、住民2人が死亡、6人が負傷。

●1月1日:ジスル・シュグール市近郊のナフル・アブヤド村に設置されているテント群を爆撃。テントで居住していたアレッポ県からの国内避難民(IDPs)の女性1人と子供2人が死亡、10人あまりが負傷。また、イドリブ市一帯、ザーウィヤ地方各所に対しても12回以上の爆撃を実施。

●1月2日:シャイフ・ユースフ村一帯、イドリブ中央刑務所(イドリブ市近郊)一帯、サイジャル村の給水所、アルバイーン山東部、ムサイビーン村の灌木地帯、M4高速道路沿線などを10回あまりにわたって爆撃。

●1月3日:ザーウィヤ山地方各所に対して5回、サルミーン市に対して2回、アルマナーズ市近郊の養鶏所に対して3回、ハマー県のアンカーウィー村に対して3回の爆撃を実施。これにより、アルマナーズ市近郊の養鶏所で子供複数を含む5人が負傷。

●1月4日:ザーウィヤ山地方のバーラ村およびその一帯を爆撃。

ロシア軍の爆撃は、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が活動を続けるラッカ県北部、ハサカ県北部、アレッポ県北部各所に対するトルコ軍の砲撃への対抗措置、あるいはアスタナ17会議の不調に業を煮やしたロシアによるトルコへの威嚇などと解釈された。シャーム解放機構の弱体化そのものが狙いではない爆撃に対抗して、ジャウラーニーの健在ぶりを堅持する必要はなかった。それゆえ、そこにはより重要な別の狙いがあった。

越境人道支援の有効期間終了迫る

その狙いとは、ロシア軍の爆撃強化へのもう一つの解釈と関連している。

ロシア軍の爆撃は、シリア政府への許可なく国外からの越境(クロスボーダー)人道支援を行うことを定めた国連安保理決議第2165号(2014年7月14日採択)の延長を求める米国に向けたメッセージと捉えることができた。

この決議は当初、有効期間が180日と定められていた。だが、人道支援継続の必要から、第2191号(2014年12月17日採択――2016年1月10日まで延長)、第2332号(2016年12月21日採択――2018年1月10日まで延長)、第2393号(2017年12月19日採択――2019年1月10日まで延長)、第2449号(2018年12月14日採択――2020年1月10日まで延長)、第2504号(2020年1月11日採択――2020年6月10日まで延長)、第2533号(2020年7月11日採択――2021年7月10日まで延長)、第2585号(2021年7月14日採択――2022年1月10日まで延長)によって8度にわたって延長されていた。

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だが、有効期間延長を経て、支援可能な国境通行所は徐々に制限されていった。国連安保理決議2165号は、トルコに面するイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はジルベギョズ国境通行所)、アレッポ県のバーブ・サラーマ国境通行所(トルコ側はオンジュプナル国境通行所)、イラクに面するハサカ県のヤアルビーヤ国境通行所(イラク側はラビーア国境通行所)、そしてヨルダンに面するダルアー県のダルアー国境通行所(ヨルダン側はラムサー国境通行所)を通じた越境人道支援を認めていた。しかし、国連安保理決議第2504号では、2018年半ばにシリア政府の支配下に復帰したダルアー国境通行所とヤアルビーヤ国境通行所が除外された。また、決議2533号では、バーブ・サラーマ国境通行所も除外され、越境人道支援が可能なのは、バーブ・ハワー国境通行所のみとなっていた。

ロシアとシリア政府は、越境人道支援の枠組みが欧米諸国による人道支援の政治利用の道具と化していると非難し、最後の通行所となったバーブ・ハワー国境通行所の閉鎖を強く求めている。これに対して、米国をはじめとする西側諸国は、越境人道支援の維持を主張している。ロシアは、欧米諸国がバーブ・ハワー国境通行所の閉鎖に応じなければ、「解放区」における軍事攻勢を強めるとの警告を発するかのように爆撃を激化させた――そう解釈された。

何が問題なのか?

こうしたなかで、ジャウラーニーが街道開通式典で姿を現したこと、そしてバーブ・ハワー国境通行所とアレッポ県北西部をつなぐ街道を建設したことは、一義的には、ロシアやシリア政府の意に背いて、越境人道支援を継続しようとする動きだとみなすことができる。だが、それだけでなく、シャーム解放機構は、越境人道支援の唯一の搬入ルートを掌握している事実を内外に誇示することで、国際テロ組織としての汚名を返上し、シリアにおける人道支援の不可欠な当事者、あるいは「解放区」における「正当な為政者」としての存在を認めさせようとしているのである。

こうした思惑は、越境人道支援への対応に限られたものではない。

越境人道支援を2022年1月10日まで延長することを定めた国連安保理決議第2585号では、「クロスライン」(境界経由)、すなわち政府支配地と反体制派支配地を隔てる境界線を経由した人道支援を拡充するための取り組みを強く奨励した。

これは、越境人道支援の終了と、欧米諸国によるシリアへの一方的制裁の解除への布石だとしてロシアやシリア政府によって高く評価され、両者の積極的な後押しのもと、実際に「解放区」へのクロスラインも開始された。昨年8月30日、31日、そして12月9日に、世界食糧計画(WFP)が、シリア政府の支配下にあるアレッポ県ミーズナール村やイドリブ県サラーキブ市に設置されている通行所を経由して「解放区」に食糧物資を移送したのだ。

この時、人道支援物資を搬送する車列を護衛し、安全確保を担ったのが他ならぬシャーム解放機構だった(そして物資の受け入れ先となったのがシリア救国内閣だった)。つまり、シャーム解放機構は、越境人道支援だけでなく、境界経由での人道支援においても、その存在を揺るぎないものにしているのである。

国連安保理で新たな決議が採択されなければ、1月10日(つまり今日!)に失効することになる越境人道支援をめぐっては、シリア政府への許可なく国外からの越境での支援を認めるか否か、シリア政府を支援の当事者として認めるか否かが争点となっているように見える。だが、シャーム解放機構の動きから明らかなのは、より根本的な問題である。

国連のアル=カーイダ制裁委員会は2013年5月、シャーム解放機構の前身であるシャームの民のヌスラ戦線をアル=カーイダの別名として登録、以降今日に至るまで同組織は国際テロ組織としての指定を受け続けている。

国連によって推し進められてきた「解放区」への人道支援もまた、安保理決議に基づく国際社会の総意なのだが、その支援が国際テロ組織を仲介しているという現実、これが越境の是非をめぐる対立以上に深刻な問題の本質なのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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