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「大人食堂」はなぜ必要か?  「大人」も支援や居場所を求めている

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

 今年はGWが10連休となり、長期にわたることになった。その間、公的機関は休業となり、生活困窮に陥った際に頼る公的な相談先がほとんどなくなってしまう。

 そこで私たちNPO法人POSSEは、仙台けやきユニオンや反貧困みやぎネットワークと協力し、「大人食堂」を開催した。

 この「大人食堂」は、無料で、かつ栄養素を考慮した温かい食事を提供し、かつ労働問題や生活問題を抱えた労働者の相談支援を行うというものだ。この取り組みは河北新報で周知され、また開催後の様子は田中龍作ジャーナルで記事が配信され、ネット上で高い反響を呼んだ。

<大型連休>仙台市が困窮者支援(河北新報 2019/4/25)

【仙台発】ついに「大人食堂」 食べられなくなった非正規労働者(2019/5/1)

 今回、「大人食堂」という名前にしたのは理由がある。

 昨今では「子ども食堂」が話題となっているが、子どもが貧困になる理由は、親の貧困にある。そしてその親の多くは労働者だ。

 その労働者の多くが「働いているのに食うに困る」という状況に陥っている。「大人」が困ったときに相談できる場所づくりが必要だと考え、このような名称を使った。

 そして、実際に多くの「大人」が訪れた。訪れた人たちのおかれている状況を紹介し、今の日本社会に求められている支援や社会運動について考えてみたい。

参加したのは非正規雇用労働者か失業者

 今回の「大人食堂」に参加したのは、ほとんどが非正規雇用労働者か失業者だった。これらの人々が置かれている状況を、一部紹介しよう。

大人食堂の様子1
大人食堂の様子1

参加者(1)40代女性

最近、他県から仙台へ来た。現在は派遣社員として働いている。派遣会社からは、仕事があるので仙台に来て仕事を探しましょうという話だったが、希望の条件の仕事がなかった。2019年4月末頃から1か月契約の仕事を見つけたが、GW中は仕事がなく、所持金が底をつき、手持ち金は1000円足らずになってしまった。職場への交通費だけで手持ちのお金が無くなる状態だった。慌てて他の求人も探したが、GW明けでないとどこも難しい状態であったため、生活が困窮し、何日もカップラーメンしか食べられてなかった。その時、「大人食堂」をみつけ、食事と相談を兼ねて参加した。実家の家族とは関係が悪く、虐待を受けたこともあり、実家には帰れない状態であった。

参加者(2)50代女性

仙台市内で、成人している娘2人と暮らしている。本人と娘2人は全員非正規雇用労働者として働いている。それぞれ、月収は10~15万程度。家賃や光熱費、食費等でも生活は楽ではないが、子供の学費として借りた奨学金や生活福祉資金などの借金が合計1000万を超えている。毎月少しずつ返してはいるが、食費等が足りないときはクレジット払いで支払いを後回し続けている。その結果、借金はなくならない。住民税は昨年から滞納。病院にもお金がなく行けていない。手足は、本来は継続的な治療が必要な状態だが、放置している。派遣の契約期間も切れてしまいそうで、また生活をどう立て直せばいいかわからず、相談のために訪れた。

大人食堂の様子2
大人食堂の様子2

 以上に紹介した彼女たちは、まさに今話題の「中年フリーター」層だ。この人たちは、最大限努力して働いている。

 しかし、「働いていても食うに困る」人たちなのである。言い換えれば、「ワーキングプア」と呼べる人達だ。ここで紹介した参加者以外の人も、紹介した事例ほどに追い詰められてはいないが、非正規雇用労働者か失業中であり低収入のケースがあった。

 なお、この場に来てくれた人達で支援が必要な人にはPOSSEが生活保護の申請を援助したり、フードバンク東北AGAINと連携して食糧援助を行うなどしている。

非正規雇用労働者はワーキングプア

 非正規雇用労働者は、全労働者のうち37.3%を占め、人数で言うと2036万人だ(平成29年 労働力調査)。そして、過去の記事「10連休の収入減対策の無責任 国は「企業に配慮を期待する」」でも紹介したが、非正規雇用労働者は非常に低収入だ。

 フルタイムで働く非正規の賃金は男女計平均で210.6万円である(賃金構造基本統計調査)。非正規女性に限ると189.7万円とかなり下がる。月当たりに直すと、男女計の平均が17.6万円である。なお、ここでの「賃金」とは、税金などが控除される前の金額である。

 また、「平成26年就業形態の多様化に関する総合実態調査」によれば、契約社員の場合、税込みで20万円未満が52.3%、30万円未満は84.7%に上っている。同様に、派遣労働者の場合には、20万円未満は55.3%、30万円未満は84.6%にも上る。

 以上のような統計をみれば、今回の「大人食堂」に参加した人たちが特殊な人たちではないことは明らかだ。

 このような「大人」たちのSOSをどう社会がくみ取るかが課題ではないだろうか。しかし、現状では「子どもの貧困」ばかりに焦点が当てられてしまっており、「大人」が無視されてしまっている傾向は否めない。

「子ども食堂」へと関心が集中し、「大人の貧困」を放置してしまう

 昨今では、子どもの貧困がさけばれ、その支援形態として「子ども食堂」が各地で展開されている。

 この取り組みは、貧困家庭の子どもに温かく栄養のある食事と、それをだれかと一緒に食卓を囲む時間を提供してきた。これ自体の意義は、もちろん認めるべきだ。

 しかし、そのような支援の必要は「子ども」だけに限られない。栄養のある食事を、誰かと一緒に食卓を囲む時間を、貧困状態にある「大人」たちこそ剥奪されているのではないだろうか。

 私の懸念は、労働問題や大人の貧困問題を等閑視し、聞こえのいい「子ども」だけに焦点を当てることは、結果としてかえって世論を後退させ、多くの「大人」に疎外感を与え、社会を分裂させることにならないだろうか、ということだ。

 確かに、「子どもの貧困だけは許せない」という市民運動は支持されやすいだろう。より多くの人がその「輪」に加わるかもしれない。だがそれは、「大人の貧困は自己責任」という世論との「対決」を避けた論調だろう。

 「子どもの貧困だけは許されない」「子どもの貧困は連鎖する」。これを繰り返すことで、非正規雇用や失業で苦しんでいる「大人の貧困」は仕方ないというメッセージを社会に発信してしまう。

 また、より重要なことは、子どもの貧困は、実際には親の労働問題や貧困問題に原因があるという事実が覆い隠されることだ。昨日配信した下記の記事でも、子どもの虐待問題は、「親の貧困」が原因になっていることをデータで示している。

 参考:貧困は本当に児童虐待の原因か? データと事例から探る

 親の問題を無視、あるいは軽視し、「子ども」のフォーカスを当てるばかりでは、返って子どもの貧困の「原因」を見えなくし、対策を遅らせることにもなりかねないのだ。

 だから、子どもの貧困に立ち向う運動は、可能な限り、大人の貧困問題に立ち向う運動と連携してほしいと私は考える。

 なお、私は「子どもの貧困」の支援として、子ども食堂や無料塾のボランティアが「悪い」とか、やるべきでないと言いたいわけではない。それらの支援の先に、「大人」の非正規・ブラック企業問題への取り組みや福祉運動へとつながってほしいのだ。

低賃金労働や社会保障の脆弱さを問題にしていく取り組みが必要

 今回の「大人食堂」の取り組みの大きな意義は、「働いていても食うに困る」人びとの存在を可視化させたことだろう。

 今の「大人」が置かれている状況を改めて可視化し、今後の取り組みについての想像力に働きかけた。

 「働いているのに食うに困る」=「ワーキングプア」が広がっているという事実は必然的に、低賃金労働や社会保障の脆弱さなど、貧困を生み出している構造的な問題と対峙することを要請する。

 剥奪されてしまった生活やつながりを取り戻し、それらを新たに構築していくことが、新しい社会をつくりだしていくことにつながるはずだ。ぜひ、他の支援団体も今回の取り組みを契機に、「大人」への支援を議論していってほしい。

 もちろん、労働問題に取り組む私たちNPO法人POSSEや、連携する「総合サポートユニオン」などは、子どもの貧困問題に取り組む各団体と連携出来ることを願っているし、そう考える労働運動団体は多いに違いない。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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