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貧困は本当に児童虐待の原因か? データと事例から探る

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今年1月、千葉県野田市で小学4年生の女児が父親の虐待により死亡した事件は、日本社会に大きな衝撃を与えた。

 特に、女児が生前に学校で取られたアンケートで「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」と助けを求めていたにもかかわらず、女児を虐待から救えなかった行政の対応に批判が集中した。

 確かに、教育委員会は父親からの恫喝を受けてアンケートのコピーを渡してしまったり、児童相談所は一時保護していたにもかかわらず、保護を解除して家に帰してしまうなど、適切とは言えない対応があった。行政の対応に改善の余地があるのはその通りだろう。

 しかし、行政の虐待対応が改善したとしても、虐待そのものがなくなるわけではない。虐待問題の根本的な解決には、虐待そのものを生み出す要因を探り、目を摘んでいくことが必要ではないだろうか。

 以前から、虐待の要因の一つとして指摘されているのは親の貧困である。だが、その関係は、実際にはどの程度はっきりしているのか、疑問を持たれている方も多いだろう。

 そこで今回は、虐待と貧困に関連があることをデータから考察し、虐待問題の根本的な解決を考えていきたい。

虐待と貧困との関連を示すデータ

 まず、虐待と貧困との関連を示すデータを見ていこう。

 児童虐待に関わる公的な調査で、家庭の経済的背景に踏み込んでいるのが、全国児童相談所長会「全国児童相談所における家庭支援への取り組み状況調査」(2009)である。

 この調査によれば、虐待につながると思われる家庭・家族の状況として、「経済的な困難」33.6%、「不安定な就労」16.2%などの結果が示されている。

虐待につながると思われる家庭・家族の状況
虐待につながると思われる家庭・家族の状況

 また、社会保障審議会児童部会の報告では、児童虐待による死亡事例として都道府県が判断したケースを対象に、家庭の経済状況を調査している。

 この報告によれば、虐待で児童が死亡したケースの内、「生活保護世帯」「市町村民税非課税世帯」「市町村民税非課税世帯(所得割)」を合計した割合が2005年で66.7%、2006年で84.2%だとされている。

 つまり、児童虐待の死亡事例に限ると貧困世帯にかなり集中していることがわかる。

 この他にも、虐待を受けた子どもが入所する児童養護施設の出身世帯に関するデータもある。児童養護施設に入所する子どもの約6割が親などからの虐待の経験があるとされている。

 具体的なケースとしては、児童養護施設職員である内海新祐氏の『児童養護施設の心理臨床 「虐待」のその後を生きる』によれば、定員40名(兄弟ケースもあるため35ケース)の施設で、入所時点で生活保護受給中もしくは受給経験のある世帯が13名(11ケース)、母子世帯は13名(12ケース)、父子世帯は18名(14ケース)であったという。

 生活保護受給世帯はもちろん、ひとり親世帯も貧困率が50.4%(2015年)であるから、経済的に厳しい状況に置かれた世帯出身の子どもが多いことが推察される。

 以上のデータからは、親の労働や貧困の問題が、児童虐待に深く結びついていることが裏付けられている。

虐待と貧困の関連が疑われる「具体例」

 次に、虐待と貧困との関連が明白な事例について、より詳細に検討していきたい。虐待と経済問題の「関連」をより具体的にイメージするためだ。ここで紹介する事例は、いずれもPOSSEの生活相談に寄せられたケースである。

 貧困と虐待の関係は、「親の貧困→虐待」という関係の仕方と、「虐待→大人になっても貧困」という貧困連鎖という二つの形態で現れる。

 ここで紹介する事例も、親の貧困が虐待に結びついているというだけではなく、虐待の経験がその後の本人の貧困にも結びついている。

千葉県の21歳男性は両親と弟2人の4人で暮らしていたが、両親から暴力を振るわれ、しかも家を追い出されてしまった。2〜3日は公園で過ごし、その後ネットゲームで知り合った人の家に居候している。高校を卒業後、専門学校を辞めてスーパーで働いていた。当時は一人暮らしをしていたが、親が生活できないと言って呼び戻されるほど、家庭は困窮していた。戻ってからも怒鳴ったり殴られたりしたため、警察を呼んだこともある。

神奈川県の40歳女性は、幼少期から母親による精神的虐待を受けてきた。「お前はクズ」「生まれて来なければよかった」などと言われたり、本人の顔を見てため息をつかれた。家庭は貧困のため冬でもコートや手袋がなく、学校でいじめられた。親がタオルやシャンプーなどの日用品をラブホテルから取ってきていた。妹は母親に命令されて風俗で働かされていた。

 いずれの事例も、もともとは本人の生活保護受給に関わる相談である。つまり、家庭の貧困を背景に虐待が発生し、その虐待を媒介として子どもが貧困に陥るというスパイラルが生まれているのだ。

 第一の事例では、親の虐待により家を追い出され、ホームレス状態になってしまっている。親が本人から直接的に生活手段を奪ってしまったケースだ。

 第二の事例では、幼少期からの精神的虐待が本人のうつ病罹患の原因となり、就労が満足にできないために本人が貧困に陥ってしまった。

 特に第二の事例のようなケースは少なくなく、「貧困の連鎖」が、具体的には貧困→虐待→病気・障害→就労不能→貧困という、「人間破壊の連鎖」により生じているのだと言えよう。

 安倍首相が「三世代同居」を礼賛しているように、日本では「家族の支え合い」を極端に美化する傾向がある。しかし、この事例に見られるように、親世帯が貧困だったり、虐待、DVの傾向を持っている場合、「親に頼ること」がそのまま子どもの虐待につながってしまう。

 そして、虐待の結果、子どもは精神にハンディキャップを負うことで、貧困から脱却することが困難になる。

 こういう事態を藤田孝典は「家族という牢獄」と表現しているが、実際に、今日の児童虐待の事件を見ればわかるように、「貧困を支え合うような美しい家族像」は、必ずしも妥当していないのである。

虐待をなくすにはワーキングプア問題の解決が必要

 以上のデータと事例から、虐待と貧困が密接に関連していることがわかった。ではそもそも、なぜ貧困に陥るのだろうか。

 日本における貧困は、海外に比べると、働いていても貧困=ワーキングプアが非常に多いということに特徴付けられる。

 ワーキングプアの温床となっている非正規雇用は、日本の労働力人口の37.3%を占めている。

 生活保護と比較することで、非正規雇用の賃金水準の低さが確認できる。生活保護の基準である最低生活費は、日本における「ナショナル・ミニマム」を唯一規定している。それを下回ると最低限の必要を満たすことができない貧困状態であると言えるラインだ。

【図1】非正規雇用の消費支出と生活保護の最低生活費の比較
【図1】非正規雇用の消費支出と生活保護の最低生活費の比較

 まず、住居費を比較すると、なんと非正規雇用よりも生活保護の方が高い(図1のオレンジの部分)。つまり、生活保護受給者よりも非正規雇用労働者の家賃は低く、住居費を切り詰めているということだ。

 次に、非正規労働者の実収入から税・社会保険料を差し引いた可処分所得と、生活保護の最低生活費を単純比較すると、非正規雇用の方が5〜9万円多くなる(図1の棒グラフ全体)。

 非正規雇用の方が、生活費(図1の青い部分)と残高(図1の黄色い部分)が生活保護よりも多いと言うことだ。法律上の最低限の生活から、わずかに上回るだけだということがよくわかるだろう。

 

 しかも、実際には、生活保護における生活費に当たる生活扶助では、一定の条件下で衣服や布団、家具を購入する費用、就職活動のための交通費などが支給される。また、水道基本料やNHK放送受信料の免除などもあるので、この差はもっと小さい。

 貯蓄にしても、この程度では、大きな出費があればすぐに飛んでしまうだろう。例えばアパートの更新料だ。これも、生活保護では実費が支給される(ただし各地域の基準額内)。

 非正規雇用の生活がいかに「ぎりぎり」であるかがよくわかる。親世帯がこのような生活をしている限り、虐待のリスクは常に高いままにとどまるということである。

終わりに

 昨今、「中高年フリーター」がますます問題化している。非正規雇用の対策は急務だといえる。

 本記事で見てきたように、ワーキングプアへの対策は、児童虐待をなくしていくためにも重要な手段である。児童虐待に関心を持つ方には、ぜひ背後にあるワーキングプア問題に関心を向けてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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