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ガザでの戦闘:戦場はもっと広くて深い~レバノン、シリア、イラクは「限度」を超えかけている

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 クリスマスや年末年始くらいは穏やかに過ごさせてほしいという世界中の人民の願い(?)に反し、2023年10月以来の中東地域での戦闘や緊張はとどまるところを知らない。12月25日には、過去10年以上「当然のように」シリアへの空爆を繰り返し誰からもとがめだてを受けないでいるイスラエルが「いつも通り」シリアの首都のダマスカス近郊を航空攻撃した。この攻撃が「いつも」と違うのは、シリアで顧問として活動していたイランの革命防衛隊の幹部を殺害したことだ。これは諸当事者の少なくとも一部にとっては相当な大ごとであり、攻撃についてシリアの政府や報道機関から何の発信もないうちから、イランの大統領が「イスラエルに莫大な対価を払わせる」と反応したほどだ。さらに、レバノンのヒズブッラー(ヒズボラ)がこの事件について発表した声明で、死亡した幹部はシリアで顧問として活動する人物であるとともに、過去数十年間レバノンのイスラーム抵抗運動のために働いた者たちの一人と紹介した。そして声明は、攻撃を「明白かつ恥知らずの侵略行為で、限度を超えるものとみなす」と論評した。

 ヒズブッラーは、10月8日から南レバノンの境界線を挟んでイスラエルと戦闘を繰り返している。ただし、同派の戦いぶりはイスラエルとアメリカとの長年の対峙・衝突の中で形成されてきた「ルール」の範囲内での抑制的なもので、ヒズブッラー自身は自らが最初に「ルール」から逸脱するような行為を避けてきた。そのヒズブッラーがイスラエルの行為を「限度を超えた」と評したのだから、同派から見れば「ルール」違反をしたのは敵方であり、今後自派が「ルール」から逸脱することをしたとしても悪いのは敵方であるとの論理が通りかねない。正直なところ、ヒズブッラーが紛争の範囲と強度を抑制しつつ「限度を超えた」行為に反撃するための選択肢は多くはないのだが、何もしないですませば同派の面目にもかかわるので、レバノン方面の緊張度は上がっている。

 シリアやイラクでも、これまでのイスラエルによるガザ地区やシリアへの攻撃と、それを放任するアメリカに対する不満は高まっており、イラクに駐留するアメリカ軍の基地、シリア領を不法占拠するアメリカ軍の拠点への攻撃が繰り返されてきた。これらの攻撃の多くについては、「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で戦果が発表されている。「イラクのイスラーム抵抗運動」とは、イラク国内で活動する様々な武装勢力のうち、イランと政治的に関係が深かったり、同国から兵器・資金・訓練の提供を受けていたりする諸派の総称だ。これらの諸派はイラクやアラブ諸国の政情の文脈で「イランの民兵」と呼ばれることも多く、一部はイラクの国政に参加して国会議員や閣僚を擁してすらいる。シリアでも、シリア紛争の中で親政府民兵として活動した諸派の一部がやはり「イランの民兵」と呼ばれており、彼らもときおりアメリカ軍の施設を砲撃することがある。「イランの民兵」は、ヒズブッラーに比べるとイスラエル、アメリカとの対峙の経験が乏しいので、対峙の当事者の双方が相手方の意図や能力を読み違えて情勢激化へと振れる心配がある。最近、「イラクのイスラーム抵抗運動」はイスラエルのエイラートや、地中海上の「イスラエルの重要施設(注:イスラエルが地中海上に設営した原油採掘施設のことらしい)」を攻撃したと発表しており、紛争の範囲の拡大、強度の上昇の兆しがあった。そして、こちらも12月25日のことだが、アメリカ軍がイラクでの同軍の施設への攻撃で負傷者が出たことを口実に「イランの民兵」の一派と目される「ヒズブッラー部隊(注:こちらはイラク民兵。レバノンのヒズブッラーと混同しないこと!)」に「報復」攻撃した。なんだか既視感のあるやり取りだが、現在の情勢が本稿冒頭で紹介したイランの革命防衛隊幹部殺害と連動しているようでもあるので、こちらの方面の雰囲気もとても悪いと言わざるを得ない。

 緊張状態に輪をかけるのが、イエメンとその周辺の紅海、バーブ・マンダブ海峡での、アンサール・アッラー(蔑称:フーシ派、フーシー派)の活動だ。同派も、10月以来パレスチナ人民への支援と称してイスラエルへのミサイル・無人機攻撃や、紅海、バーブ・マンダブ海峡を航行するイスラエルに関係する船舶への攻撃を繰り返してきた。これに対し、アメリカが海上交通の「安全」確保のための連合軍結成を呼び掛けたが、国際的な反応は芳しくないようだ。というのも、論理的にはこの連合軍による警備が必要な船舶はイスラエルに関係するものだけなので、連合軍に参加するということは昨今のイスラエルによる破壊と殺戮を容認し、これを支援するとの立場表明にもなりかねないからだ。アンサール・アッラーは、中東地域でのイスラエル、アメリカが関与する紛争では「新参者」で、同派に関係する交戦規定や紛争の中での「ルール」はまだ確立していない。アンサール・アッラーにとっては、アメリカとイスラエルに自らを紛争当事者と認めさせ、「ルール」を確立することができればそれだけでも立派な政治的得点になる。

 ここまで挙げてきた衝突や緊張の当事者の片方は、これまでも様々な機会で紹介してきた「抵抗の枢軸」と呼ばれる連合を組む諸勢力だ。諸勢力間の関係は、イランが支配し、イランの都合や支持によってその他が動くというような陰謀論的で単調なものではない。「抵抗の枢軸」の諸勢力には、各々固有の利害関係があり、イスラエルやアメリカとの対峙の中でも自らの利益に資する形で「抵抗の枢軸」の仲間たちと連携するというのが諸勢力の振る舞いを分析する上での出発点だ。つまり、「抵抗の枢軸」を構成する諸勢力の関係は、反イスラエル・反米に凝り固まった教条主義的な関係ではなく、仲間とはいえ一緒に心中する気なんて微塵もない者たちの間のドライな関係だ。ここで、「抵抗の枢軸」の参加者のどれか一つが、他の仲間たちの利害を顧みない独断専行に走り、仲間たちを予期せぬ紛争に巻き込んだり、勝手に敵方と取引したりすれば、当然他の諸勢力の不興を買う。これまでのところ、「抵抗の枢軸」を構成する諸勢力の大半が既存の「ルール」の範囲内で行動し、ハマース(やガザ地区の人民)のためだと口で言うほど熱心には戦っていないのは、彼らが「アクサーの大洪水」攻勢によるハマースの「悪目立ち」をあんまりおもしろくないと思っている証左でもある。

 本稿で強調したい点は、ここまでに挙げたシリア、レバノン、イラク、イエメン、パレスチナでの軍事的な衝突や緊張がそれぞれ別個のものではなく、「抵抗の枢軸」をキーワードに相互に連動しているものだということだ。これを無視してパレスチナでの戦闘を「イスラエルとハマースとの戦争」と矮小化したり、紅海やバーブ・マンダブ海峡の航行の安全の問題を地域での紛争と切り離したりすると、目先の停戦や捕虜(人質)交換や人道支援の問題に一喜一憂するばかりで、公正かつ包括的な問題解決からどんどん遠ざかっていくことになるだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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