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描かれ続けた「新しい地図」──稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾の5年間

松谷創一郎ジャーナリスト
新しい地図オフィシャルサイトより。

画期的だった『72時間ホンネテレビ』

 5年前の2017年11月、動画配信サービス・AbemaTV(現ABEMA)において『72時間ホンネテレビ』が生配信された。11月2日から5日まで延べ4日間、タイトル通り72時間にわたる異例のバラエティ番組だった。

 出演する元SMAPの稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾の3人は、その2ヶ月前にジャニーズ事務所を退所した。SMAP時代のチーフマネージャー・飯島三智氏が設立したCULENに所属することを発表してから、1ヶ月ちょっとが過ぎていた。

 この時期、香取の地上波レギュラー番組はふたつ終了し、草彅と稲垣の番組も後に終了する。独立・移籍すると干される──彼らの目の前には、当時の“芸能界の掟”が立ちはだかった。

 だが、「新しい地図」として活動を始めた彼らが即座に選んだのは、インターネットメディアだった。『ホンネテレビ』で従来と変わらぬ姿を見せただけでなく、同番組でYouTubeやSNSでの露出を始めたことも発表した。

 『ホンネテレビ』は、テレビ(動画)の「放送から通信へ」という不可逆的な流れを周知させる点においても、大きなメルクマールとなった。現在、NetflixやAmazonプライム、あるいはNHK+やTVerなどが定着したが、その大きな転換点だったのである。

 番組の企画で出色だったのは、番組映像のスクリーンショットをTwitterにハッシュタグを付けて投稿する「72時間スクショ選手権」だった。ジャニーズ時代には不可能だったネット露出を解禁するどころか、それを積極的に活用した。厳格に権利を管理するよりも、オープンにして広げていく──正反対のことをやったのだ。

 それから5年。3人は“新しい地図”を描き続けてきた──。

2017年11月2日、『72時間ホンネテレビ』(AbemaTV)より。
2017年11月2日、『72時間ホンネテレビ』(AbemaTV)より。

立ちはだかった“芸能界の掟”

 好評だった『72時間ホンネテレビ』から5か月後の2018年4月、その流れでレギュラー番組『7.2(ななにー) 新しい別の窓』がABEMAでスタートする。現在も続くこの番組は、月1で毎回7時間12分という珍しい枠だ。その内容も、ゲーム、トーク、ライブ等々、長尺を多様に使ったまさにバラエティ豊かなものとなっている。

 『ななにー』は3人の露出を維持するだけでなく、それまでの活動で培った人脈を保持するためでのものだった。だが、かならずしもそれは順調なわけでもなかった。

 たとえば、『ホンネテレビ』の段階から多くのお笑い芸人が出演していた。タイタン所属の爆笑問題や、浅井企画所属のキャイ〜ンやずん、松竹芸能所属の笑福亭鶴瓶、サンミュージック所属のカンニング竹山やメイプル超合金などがそうだ。

 しかし、吉本興業所属の芸人はひとりもいなかった。これは明らかに異様だった。そこには芸能界の政治力学──独立・移籍をした芸能人に対する「共演NG」の“掟”が見え隠れした。

2年かかった吉本芸人出演

 その後も、長らく吉本芸人の出演はなかった。筆者は、2019年7月25日にABEMAの報道番組『ABEMA Prime』に出演した際、『ななにー』に吉本芸人が出演していない件をはっきりと指摘した。

 変化が訪れたのはその直後くらいからだ。2019年9月、吉本所属の品川祐がトークコーナーにはじめて登場する。『ななにー』開始から1年5か月後のことだ。

 なぜこのタイミングだったかはわからないが、その可能性はふたつ挙げられる。

 ひとつは、この2か月前の2019年7月17日に公正取引委員会がジャニーズ事務所を注意したことだ。新しい地図の3人を地上波テレビに出演させないように、圧力をかけていた疑いがあるとされた(2019年7月18日「ジャニーズに対する公取委の注意、その背景とこれまでの文脈とは」)。

 もうひとつは、単に「共演NG」の2年縛りが解けた可能性だ。品川が出演した2019年9月とは、3人がジャニーズを退所して約2年が経過したタイミングだ。つまり、「芸能界の掟」が終了したということだ。

最善の策だった『ななにー』

 『ななにー』に吉本芸人が出演しない(できない)ことには、なんらかの力学が働いていたのは間違いない。それは2020年元旦配信の対談コーナーに今田耕司が出演したときに匂わされた。今田は3人と以下のような対話をしている。

今田:俺が聞くのもなんやけど、カラクリなんかあったの? 吉本絡めない、みたいなことあったの?

香取:あったんじゃないですか。

今田:(笑)。そうなの。俺も「最初のやつ(第一回放送)も出るで」って言うてんけど、なんかふわっとなくなったんや。

出典: AbemaTV『7.2 新しい別の窓』2020年1月1日

 共演が見られなかったのは、吉本だけではない。大手プロダクションのワタナベエンターテインメント(ナベプロ)の所属タレントも、長らく『ななにー』出演がなかった。同社所属の中山秀征が出演したのは、2020年8月になってからだ。日本の戦後芸能界を構築してきたナベプロも、それほどかたくなだったのである(「パラダイムシフトに直面する芸能プロダクション」2020年8月27日)

 『ななにー』は、5年の時間をかけて段階的にハードルをクリアしていったように見える。それは3人の露出を維持しながら状況の変化を待つには、最善の策だったのかもしれない。

筆者作成。
筆者作成。

草彅剛の大きな成果

 一方、この5年間の3人の個人活動は、SMAP時代と比較すると確実に変化が生じている。

 俳優業に比重を置いて目覚ましい結果を出したのは草彅だ。なかでも2020年公開の映画『ミッドナイトスワン』では、トランスジェンダーの女性を演じて高い評価を受けた。非メジャー作品であるにもかかわらず、日本アカデミー賞で最優秀作品賞に輝き、草彅も最優秀主演男優賞を受賞する。

 飯島三智氏がエグゼクティブプロデューサーを務めるこの作品は、CULENの一社製作だ。これは製作費を同社のみが出していることを意味する。複数の出資者による製作委員会方式が一般化している日本映画では、一社製作はかなり珍しく、同時にハイリスク・ハイリターンだ。しかし、興行収入も8億円とスマッシュヒットとなり、作品の評価も高かった。飯島氏のプロデュース能力が光った作品でもある。

 ドラマ出演はそれほど目立ってはいなかったが、来年1月からフジテレビ月曜10時枠で“復讐シリーズ”の第3弾(タイトル未定)が放送される予定だ。2015年の『銭の戦争』、2017年の『嘘の戦争』に続くこの作品は、独立後初の民放地上波ドラマとなる。

 しかもそれは、ジャニーズ時代の仕事の連続線上にあるものだ。業界政治的にもさまざまなハードルがあったことは想像に難くない。それは草彅の俳優としての人気と実力がなければ、決して成立しなかったと捉えられる。

筆者作成。
筆者作成。

個展や音楽にも力を入れる香取慎吾

 香取慎吾は、俳優、音楽、美術とさまざまな活動をバランス良く並行している印象だ。

 とくに音楽では、ソロアルバムを2枚発表するほど力を入れている。田島貴男やスチャダラパー、新しい学校のリーダーズなど他のアーティストとのコラボレーションにも積極的だ。また、美術活動も2018年にはじめての個展をパリで開催し、今年12月にも3回目の個展をする予定だ。

 印象深かったのは、2020年のドラマ『誰かが、見ている』(Amazonプライム)と、2021年のドラマ『アノニマス〜警視庁“指殺人”対策室〜』(テレビ東京)だ。前者は三谷幸喜のシチュエーション・コメディ、後者はネットにおける誹謗中傷や炎上を扱う刑事を描いた作品だ。前者がOTT(配信サービス)、後者がネットを題材としている作品と、ともに現代的な作品と言える。

 ただ、こうした仕事にもハードルがないわけではなかった。『アノニマス』では、決まっていた主題歌がレコード会社幹部の“忖度”によって変更されたことが今年になって明らかとなった(「“辞めジャニ”を苦しめる“ジャニーズ忖度”の沼」2022年2月10日)。

筆者作成。
筆者作成。

個性派俳優としての稲垣吾郎

 稲垣吾郎は、映画とドラマに比重を置いて、以前にも増して個性派俳優としての特長を発揮している。とくに映画では、2019年『半世界』、2020年『ばるぼら 』、そして最近公開されたばかりの『窓辺にて』と、主演作が毎年のように公開されている。

 演劇も年に1~2作の公演を欠かさずおこなっている。とくにベートーヴェンを描いた『No.9 -不滅の旋律-』は、2018年と2020年に再演された。この作品は、初演がSMAP時代の2015年だった。演出をした白井晃とは、2021年の『サンソン -ルイ16世の首を刎ねた男-』でもタッグを組んでいる。

 この5年ほどで強まった俳優としての特徴は、癖のある脇役として存在感を残すことだ。たとえば2021年の『きれいのくに』では、整形手術が一般化した社会で複数の役を演じていた(「『きれいのくに』のディストピア」2021年5月31日)。

 女性解放運動家の伊藤野枝を描いた『風よ あらしよ』(2022年)では、野枝の最初の夫・辻潤役を務めた。当初は理解のある教師でありながら、徐々に本性を見せていく中年男性を好演している。『ばるぼら』もそうだが、2010年の映画『十三人の刺客』あたりから発揮し始めた、キャラクターに絶妙な陰影を付ける演技により磨きがかかっている。

筆者作成。
筆者作成。

3人を支えたABEMA・NHK・キノフィルムズ

 新しい地図の3人の5年間をざっと眺めてきたが、そこにはひとつの傾向もある。ABEMAの『ななにー』を軸としながらも、テレビはNHKが中心で、映画はそのすべてが独立系だ。そうした状況は、やはり“芸能界の掟”によって生じた可能性が高い。

 だが、彼らには味方もいた。ABEMAの藤田晋社長は『ホンネテレビ』の配信を決断し、地上波テレビではNHKが忖度なく活動の機会を設け、映画では木下工務店傘下のキノフィルムズが多くの作品の製作や配給を手掛けてきた。

 それらの仕事は、民放地上波やメジャー映画がメインだったSMAP時代と比べると派手さは失われた。だが中年期に入っていた3人にとっては、むしろそれが仕事の幅を広げることにつながった。草彅の『ミッドナイトスワン』は、その最たる成功例だろう。

 10月29日に特番が放送されたばかりの『ワルイコあつまれ』も、小学生も多く出演するNHK Eテレらしい番組でありながら、多くのおふざけも盛り込んだ独特のバラエティだ。そしてなにより、3人が月に一度顔をそろえる場として『ななにー』の存在は大きかった。

 こうした成果は、やはり飯島三智氏によるところが大きいのだろう。SMAPがあれほどの結果を残したのは、飯島氏がメンバー個々の適性をしっかりと見抜いてきたからだ。

 ジャニーズ事務所という制約かつ利点がなくなった現在は、以前ほどの潤沢な製作費はなくとも、3人の希望に寄り添って活動の充実度をより高めたように見える。本人たちが、とても楽しそうに仕事をしているからだ。

 丁寧に、しっかり、そして伸び伸びと、稲垣・草彅・香取の3人は新しい地図を描いてきた──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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