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“辞めジャニ”を苦しめる“ジャニーズ忖度”の沼──「20世紀レジーム」から発せられた“断末魔の叫び”

松谷創一郎ジャーナリスト
筆者作成

「大変デリケート」な「辞めジャニ案件」

 昨日、『週刊文春オンライン』がユニバーサルミュージック幹部の“ジャニーズ忖度”メールを公開した。

 2021年の1~3月に放送された、香取慎吾主演のテレビ東京のドラマ『アノニマス~警視庁”指殺人”対策室~』において、HYの主題歌がユニバーサル幹部の意向によって白紙となったという内容だ(「《“辞めジャニ外し”証拠メール公開》『新しい地図』香取慎吾主演ドラマの裏で『HY』が突如降板のワケ『ジャニーズと弊社との関係性を鑑み…』」2022年2月9日)。

 2019年7月、ジャニーズ事務所が新しい地図の地上波テレビ出演に対し圧力をかけた疑いがあるとして公正取引委員会に「注意」を受けたことは記憶に新しい。だが今回は、King & PrinceのCD発売を請け負うユニバーサルミュージックが、ジャニーズ事務所へ“忖度”したものだと見られる。

 このような“忖度”についてのメール文面が明らかになったのは、おそらく初めてだ。そこでは「辞めジャニ案件」が「大変デリケートな話」で「都度慎重に対応」すると、部下に説明している。

 たしかに“辞めジャニ”は、元SMAPの3人(現・新しい地図)の退所後に増え続けた。2010年代以降では20人にも及ぶ。そこには、ユニバーサルミュージックが手掛けるKing & Princeに所属していた岩橋玄樹や、ジャニーズと大きな軋轢を残して退所した手越祐也(元NEWS)も含まれる。このメールは、彼らに対しても「慎重に対応」することを意味する。

 これまで芸能界の政治力学についてはさまざまに噂されていたが、なぜこうした“ジャニーズ忖度”が生じてしまうのか──。

筆者作成。
筆者作成。

“圧力”以上に厄介な“忖度”

 10数年前、あるレコード会社のプロデューサーから「日本で男性アイドルをやるのは難しい……」と、ぽろっと漏らされたことがある。無論、それはジャニーズ事務所の存在を踏まえてのものだ。00年代の当時、ジャニーズ事務所はSMAPと嵐の人気を中心に栄華を極めていた。

 逆にこの時代は、ジャニーズ以外のボーイズグループは厳しい状況に置かれていた。DA PUMP(1997年~)やw-inds.(2001年~)などは、地上波テレビに出演しにくい不利な立場にあった。

 そうしたとき、しばしばジャニーズ事務所の“圧力”が囁かれ、ファンたちはさまざまな“状況証拠(的なるもの)”を発見して問題視した(もちろん、前述した2019年に公取委の「注意」以外には、“圧力”ははっきりと確認されていない)。

 だが、“圧力”以上に厄介なのは“忖度”だ。ジャニーズ事務所の影響力を恐れ、現場で勝手に忖度してジャニーズの競合を排していった可能性だ。レコード会社のプロデューサーがジャニーズの存在を気にしてボーイズグループを手掛けなかったのも、広義の意味では“忖度”だろう。

“忖度”中毒の沼に落ちるメディア企業

 こうした“忖度”は、いたるところで見られる。テレビ局をはじめとする各メディア企業にとって、視聴率や売上への貢献度の大きいジャニーズは大切な取引先だ。そこでジャニーズの機嫌を損ねるくらいなら、他社のタレントは扱わない──そうした“忖度”という名の保身である。90年代中期のSMAPやKinKi Kidsのブレイク以降、こうした状況が続いたことによってジャニーズ事務所はますますその勢力を増した。

 メディア企業にとってみれば、“忖度”をすればするほどジャニーズの勢力が強まるので、さらにやめられなくなる。結果、多くの業界人は自己保身を考えてばかりの“全自動忖度機”と化し、メディア企業は“忖度”中毒の沼に落ちていく。

 こうした状況は現在進行形だ。

 実際、ほぼ毎週かならずジャニーズのグループが出演するテレビ朝日の『ミュージックステーション』には、LDHやK-POP以外のグループは出演しにくい状況が続いている。たとえば、韓国の制作会社と吉本興業が組んで生み出したボーイズグループのJO1とINIや、AAAのSKY-HI(日高光啓)が手掛けたBE:FIRSTは、十分な人気があるもののいまだに出演できていない。JO1とINIのメンバーには元ジャニーズJr.が含まれており、SKY-HIも元Jr.だ。

 こうしたこともあり、番組側が“ジャニーズ忖度”を発動している可能性が高い──と思われても仕方ない状況が続いている。

「20世紀レジーム」の呪縛

 こうした“忖度病”が蔓延する背景には、日本独特の芸能界およびエンタテインメント産業の構造──「エンタテインメント業界・20世紀レジーム」がある。

 長らく世界2位の国内マーケットだったこともあり、(ゲームやマンガ、アニメを除けば)海外進出にはきわめて消極的だ。国内だけで充足できることもあるが、英語やスペイン語圏の国々のような言語の汎用性がないことや、島国である地理的な事情も関係しているのだろう。

 こうした状況のなかで、テレビ局やレコード会社、広告代理店、そして芸能プロダクションなどのエンタテインメント企業は、手を取り合ってマーケットを成長させてきた。そのマーケティングの精度が高まり、もっとも経済効果をあげたのは90~00年代にかけてだ。

 音楽であれば、CMやドラマなどのタイアップでメディア露出を増やし、90年代後半をピークにCD売上を伸ばしていった。映画であれば、テレビ局や出版社、芸能プロダクションの製作参加(製作委員会方式)によるドラマやマンガの映画化で、00年代に産業的な復活を遂げた。

 こうしたとき、常にその中心にいたのはメディアとしての力が強いテレビ局だったが、それと同程度に大きな影響力を見せていたのは芸能プロダクションだ。演者を抱える芸能プロダクションの意向は、テレビも音楽も映画も無視できないからだ。多くの芸能人が恐れてきた「圧力・忖度・共演NG」の3点セットも、こうした状況のなかでこそ生じてきた。

 だが、こうしたビジネスモデルと政治力学ばかりを優先した結果、コンテンツの国際的な競争力は大きく後退してしまった。80年代のシティポップが世界的に再評価される一方で、現在のコンテンツは世界を席巻する韓国コンテンツにまったく歯が立たないのはこのためだ(「『IZ*ONE』とは一体何だったのか…2年半で見えた日韓アイドルの『決定的な差』」(2021年5月8日/『現代ビジネス』)。

インターネットで相対化された旧体制

 今回のユニバーサルミュージック幹部による“ジャニーズ忖度”も、この「20世紀レジーム」を基盤として生じたものだ。

 だが周知のとおり、この体制は2010年代以降に弱体化の一途をたどっている。インターネットメディアによって相対化されたからだ。

 映像メディアの中心にあった地上波テレビは、いまやYouTubeやNetflixなどの動画配信サービスに相対化され、CD売上に依存し続けたレコード会社もAppleMusicやSpotifyなどの音楽配信サービスに相対化された。

 ひと昔前までは既得権益だった放送やCD流通網は、いまや足かせとなっている。最近では、総務省が(明示はしていないが)放送の終わりに向けた検討会を始めたほどだ(「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」)。もはや「20世紀レジーム」は終焉に向かっている。

 おそらくこのことは、地上波テレビやレコード会社、芸能プロダクションの社員など、多くの業界人は頭では理解している。しかし、それでも“ジャニーズ忖度”をしてしまうのは、20世紀の体制が強固すぎて新たな模索を怠ってきたからだ。現在の日本のエンタテインメント産業全体が、経営学で言うところの「イノベーションのジレンマ」に陥ってしまったような状況にある。

“忖度”メールは“断末魔の叫び”

 ユニバーサルミュージック幹部の“ジャニーズ忖度”メールは、いわば“断末魔の叫び”だ。

 頭ではジャニーズ依存のリスクは理解しているものの、それをやめれば売上に大きく響く。現状のままでは衰退する一途で、打開策も見いだせない。未来が見えないならば、沈下し続ける現在地にとどまるしかない──ぐちゃぐちゃの堂々めぐりから発せられたまさに“断末魔の叫び”だ。

 たしかに、地上波テレビ局やレコード会社にとっては厳しい時代なのは間違いない。だが、映像コンテンツも音楽もなくなるわけではない。むしろ利便性が上がって、ネット時代の前よりもずっと多くのひとがたくさんのコンテンツを楽しむ時代になった。出版業界は、インターネットメディアの浸透による高波をいち早く経験してきた。しかし現在は広告料の上昇や課金制によって、マネタイズも安定しつつある。

 たいせつなのはコンテンツの中身であって、放送やCDや紙などのメディアではない。そこで必要とされるのは、マインドセットを変えてビジネスモデルをアップデートしていくことでしかない。

 実際ソニーは、音楽では旧いビジネスモデル(乃木坂46など)をやりつつ、NiziUやYOASOBIなどの新しいアーティストも生み、アニメではテレビ局と組まなかった『鬼滅の刃』を動画配信サービスでマルチ展開して大ヒットに結びつけた。同時に、それによって総合電機メーカーからも脱却し、グループ全体として生き残る道も確保した。

 このように“21世紀レジーム”が徐々に構築されるなかで、前時代のしがらみに囚われていれば手を取り合って沈んでいくだけだ。そして、たとえ日本のエンタテインメント業界が沈んでも、おそらく映像コンテンツや音楽のファンは困らない。海外のコンテンツを楽しめばいいだけだからだ。実際、現在の韓国コンテンツはその穴を埋めるだけの十分な力がある。

 だが、そこで問いたいのは「本当にそれでいいのか?」ということだ。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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