「中国軍が元軍用機パイロットをリクルートしている」――西側に広がる警戒
- イギリス政府は西側で退役した軍用機パイロットが中国にリクルートされていると警告した。
- すでに何人ものパイロットが高額の報酬で中国軍の訓練にかかわっていたとみられる。
- これは中国軍パイロットの練度を高めかねないだけでなく情報漏洩のリスクも大きい。
中国軍を訓練する西側パイロット
カナダ議会の防衛委員会で11月3日、野党議員から国防省に対して、元カナダ軍パイロットのなかで中国軍の訓練にかかわっているかに関する調査の徹底と、該当者がいた場合の厳罰を求める意見が出た。
これはカナダ政府が10月から行っている、退役したカナダ軍パイロットの身辺調査に関するものだ。
カナダに限らず西側先進国では、自国の軍用機パイロットが中国軍の訓練にかかわっていることへの警戒が高まっている。
発端は10月にイギリス防衛省が「元イギリス軍パイロットのうち約30人が中国軍の訓練にかかわっているとみられる」と発表したことだった。
中国軍によるリクルートは2019年頃から始まったといわれる。それに応じたパイロットの多くは、27万ドル(3000万円以上)にのぼる報酬にひかれて中国に渡ったとみられる。
情報漏洩のリスク
各国政府にとって、訓練で中国軍パイロットの練度が向上すること以上に深刻な問題は、元軍用機パイロットを通じて戦術など軍事情報が漏れることにある。
イギリスの現行法では、職務上知り得た情報の漏洩はもちろん罪に問われるが、外国政府が元軍用機パイロットをリクルートすることや、それに応じて自軍の元兵士が外国軍隊の訓練にかかわることは規制されていない。
そのため、イギリス政府は元軍用機パイロットにこうしたリクルートに応じないよう呼びかける一方、法改正に着手している。
イギリス政府は中国によるリクルートがイギリス以外にもアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど主に英語圏で行われていると警告したため、各国で調査が始まっている。
中国の外でのリクルート
特にその焦点になっているのが、南アフリカのパイロット養成学校、Test Flying Academy of South Africa (TFASA)だ。
中国の国営企業、中国航空工業集団が出資するジョイントベンチャーが運営するTFASAは主に中国人パイロットを訓練しているが、そのなかには中国軍関係者もいるとみられている。
ニュージーランド国防省はすでに4人の元軍用パイロットがTFASAに就職していたと発表している。
カナダメディアの取材に対して、TFASAは「顧客の情報は明かせない」と断ったうえで、「カナダ人パイロットが行っているのは通常の基本的な飛行訓練であって、軍事訓練ではない」と答えたという。
情報戦とヘッドハンティング
中国への情報漏洩疑惑で逮捕される元軍用機パイロットもすでに出ている。
10月末、アメリカ軍の元パイロットがオーストラリアで逮捕された。逮捕されたダニエル・ドガンは退役後オーストラリアに渡り、航空ショーなどを行う会社を立ち上げる一方、2014年から中国にもオフィスを構えていた。
ロイター通信によると、北京のチャオヤンロードに登録されていたドガンの住所は、2014にカナダで逮捕された中国人企業家ステファン・スーのものと同じだったという。
スーはソフトウェア会社を経営する一方、アメリカ国防省にハッキングして軍事情報を引き出そうとしたとして逮捕され、後に有罪を認めた。
ドガンとスーの関係の詳細については不明で、オーストラリア当局にドガンは法に触れることはしていないと主張しているという。
オーストラリア警察によるドガン逮捕は、アメリカ政府からの要請に基づいている。アメリカ政府がオーストラリア政府にドガン逮捕を要請したのは、イギリス国防省の警告から1週間も経たない間だった。
こうした元軍用機パイロットをめぐる調査や取り締まりは、これまでのところ主に英語圏で行われているが、遅かれ早かれそれ以外の先進国にも波及するとみられる。それだけ中国のかかわる情報戦とヘッドハンティングは激しさを増しているのだ。