宇宙論の大問題「ハッブルテンション」を解決に導く!?最強宇宙望遠鏡の最新成果が話題に
どうも!宇宙ヤバイch中の人のキャベチです。
今回は「宇宙論の大問題をJWSTが緩和か」というテーマで解説していきます。
初期宇宙と近傍の宇宙の間で、一定であるはずのハッブル定数の推定値が異なる、「ハッブルテンション」という宇宙論における大問題が知られています。
しかしジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡による最新の観測で得られた結果は、このハッブルテンションを緩和する可能性もあるものでした。
●宇宙の膨張率を表す「ハッブル定数」
○ハッブル定数とは何か?
観測技術の進歩により、地球から遠方にある天体からやってくる光ほど、その波長が伸びていることが判明しています。
これは「赤方偏移」と呼ばれる現象です。
定説のビッグバン宇宙論では、この赤方偏移の原因を宇宙の膨張であると解釈しています。
宇宙空間が膨張していれば、遠方の天体ほど速い速度で地球から後退します。
後退する光源から放たれた光は、ドップラー効果により、本来よりも波長が伸び、赤みがかって見えます。
これにより遠い天体からの光ほど赤方偏移が顕著である説明ができます。
特に地球から10~数百Mpc(1Mpc≒326万光年)までの距離の、比較的近傍の宇宙では、天体の後退速度は地球との距離にほぼ比例していることが知られています。
これは「ハッブル-ルメートルの法則」と呼ばれます。
この法則を数式にすると、v=H0*r(v:後退速度、r:距離)で表されます。
ここで登場する比例定数H0が「ハッブル定数」と呼ばれるものです。
○ハッブル定数の重要性
ハッブル定数は、地球からある距離遠い天体がどれくらいの速度で後退しているのかを決める定数です。
つまりハッブル定数は「宇宙の膨張率」を示しており、H0が大きいほど、宇宙空間が広いという計算になります。
また、宇宙が1点で始まった場合、ある天体の地球からの距離をその天体の後退速度で割る(r/v)と、その天体が宇宙膨張と共にその場所までたどり着くまでにかかった時間、つまり「宇宙の年齢」が求められます。
v=H0*rから、r/v(宇宙の年齢)=1/H0つまりハッブル定数の逆数が、宇宙の年齢となります。
厳密には宇宙に存在する物質の密度など他の要素も考慮に入れる必要があるものの、最新の推定値は約138億年です。
さらに、正確なH0の値がわかれば、あとはある天体からの光の赤方偏移からその天体の後退速度vを求めるだけで、その天体までの距離rを理解できます。
このようにハッブル定数は宇宙の大きさ、年齢、天体との距離など極めて重要な情報を提供してくれるので、宇宙の性質を理解する上で非常に重要な定数であり、それを推定するために世界中で力がそそがれています。
●ハッブルテンション
近傍の宇宙に存在する天体や現象を観測することで得られるハッブル定数の推定値は、比較的現代に近い宇宙の情報を反映しています。
一方、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を用いた推定方法もあります。
CMBは宇宙誕生から約38万年後に起きたとされる「宇宙の晴れ上がり」の瞬間に放たれた、宇宙最古の光です。
CMBは宇宙のどこでも、全方向からほぼ同じ強度でやってきます。
ただし高性能な観測機器を用いると、わずかな強度の濃淡(ゆらぎ)が観測されます。
このCMBが現在の地球に届いて観測されるまでの過程で、物質の密度が高い場所があればCMBの強度が高まり、逆に密度が低い場所を通過したCMBは強度が下がります。
つまりこのCMBのゆらぎは、主に初期の宇宙における物質の密度の濃淡を反映していると言います。
CMBのゆらぎから初期宇宙の密度の濃淡を推定し、それと合致する濃淡を生み出す宇宙をシミュレーションで作り出すことで、ハッブル定数を含む宇宙論において重要な様々なパラメータを推定することができるそうです。
実はこのCMB推定のように、初期の宇宙の情報を反映したハッブル定数の推定と、より現代に近い宇宙の情報を反映したハッブル定数の推定では、その結果に大きな齟齬が存在することが知られています。
この図では特に主要なハッブル定数の推定結果が示されていますが、初期宇宙(Early)が67あたり、現代(Late)が73あたりに落ち着いています。
いずれの観測も精度が高く結果は妥当とされているものの、ハッブル定数の推定結果の齟齬は、線が伸びている誤差の範囲を優に超えてしまっています。
これは現代宇宙論における未解決の大問題の一つです。
●JWSTの最新観測で大問題が緩和!?
ハッブル定数を高精度で測定することを主な目的としたシカゴ・カーネギーハッブルプログラム(CCHP)のチームは、ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)を用いてハッブル定数の測定を試み、その成果を2024年8月に公表しました。
ハッブル定数の推定値はある天体の後退速度と距離の情報から求めることができます。
チームは天の川銀河近傍にある観測がしやすい10個の銀河を選定し、それぞれの銀河に存在する距離推定が可能な3つの異なる分類の恒星を観測し、それらの距離を求めました。
これにより、1つの銀河に対して3つの独立した信頼度の高い手法で距離推定ができます。
○距離推定可能な3つの恒星分類
本研究で活用された距離の推定が可能な3つの恒星分類は、セファイド変光星、赤色巨星分枝先端(TRGB)、J領域漸近巨星分枝(JAGB)となります。
まずセファイド変光星は、星内部の活動により、星全体が膨張と収縮(脈動)を繰り返しています。
膨張しているときには星表面が低温になり暗く、収縮しているときには星表面が高温になり明るくなります。
セファイド変光星は、脈動による変光の周期と絶対光度の間に比例関係(周期-光度関係)があります。
具体的には変光の周期が長いほど、距離によらない絶対的な光度が高いです。
つまりセファイド変光星のように、周期-光度関係が成り立つ恒星は、その変光の周期から絶対光度が理解できるため、その天体との距離も理解できます。
また恒星の進化の段階のうち、赤色巨星分枝(Red Giant Branch)という段階の、先端に位置する恒星(TRGB)も、どれも一定の明るさであると考えられています。
さらに恒星の進化の段階のうち、漸近巨星分枝(Asymptotic Giant Branch, AGB)の中でも特定の位置にある恒星(JAGB)も光度が一定であり、これら3つの恒星分類は距離測定に使えます。
○分析結果と結論
前述の3つの恒星分類の分析結果を組み合わせたハッブル定数の推定値は「69.96±(誤差)km/s/Mpc」でした。
この値は、宇宙マイクロ波背景放射の分析で得られた初期宇宙のハッブル定数の推定値である「67.4km/s/Mpc」の誤差の範囲内におさまります。
これまでに近傍の宇宙における様々な観測で、初期宇宙のものとは異なるハッブル定数の推定値が得られてきた事実があります。
しかしJWSTによる最新の観測では、標準的な宇宙モデルの大変革を必ずしも要求しない結果が得られました。
今回紹介した最新の結果でハッブルテンションが完全に解決されたわけではありませんが、今後のJWSTの観測により、既存の理論に大きな変更を加えることなく問題が解決される期待も出てきました。
いずれにしても、今後の観測でハッブル定数の真の性質が理解されるのが楽しみです。