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救助死するとは、こういうことです

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
着衣状態での水難救助訓練。溺者・救助者とも訓練開始直後に水没した(筆者撮影)

 溺れている人を救助しようとして命を落とす救助死。他人を思いやる心をもってしても、たまたま現場を通りかかった人が救助を試みて溺れてしまうものなのです。「子供相手なら助けられるかもしれない。」それ、幻想です。

溺死は瞬間で決まる

 溺水による窒息は致死的です。陸上では一回の呼吸の失敗でそうそう命を落とすものではありません。ところが水の中では一回の呼吸の失敗が命取りになります。

 なぜかというと、呼吸の失敗で水を飲みこみ、反射的に咳がでます。咳がでると肺の空気が減り身体がますます沈みます。水面に顔を出すことができればいいのですが、それに必要な技術である立泳ぎは多くの人ができません。顔が潜り、続く呼吸ができず意識を失えば、潜水救助で助けが来るまで水没したまま死を迎えることになります。

【参考】ママの心配をよそにプールでのマスク着用は進むのか?

入水救助の危険な瞬間3つ

 水に直接入って試みる救助を入水救助と言います。命を落としやすい場面は、入水の瞬間、キャリー中、上陸支援時です。

 ここからは動画を活用しながら、その危険性を説明します。動画2と動画3は、長岡技術科学大学で毎年開催されている赤十字水上安全法救助員養成講習会の様子を示しています。受講者は現役水泳部学生、現役消防救助隊員からなります。筆者が33年間にわたり指導してきた600人以上の受講者の平均的なふるまい、それを表現している動画を選びました。

1.入水の瞬間

 救助の時、のぞき込むような高さのある岸からは飛び込むのを一瞬ためらいます。こういう水辺では、救助に慎重になるものです。ところが、徐々に深くなるような岸からは深さを確かめず、走って入水してしまうものです。例えば、砂浜から海に入っていくシーンを思い出すとよいでしょう。

 砂浜のように徐々に深くなると思い込んで入水すると何が起こるのでしょうか。自然なのだから途中までは水面から十分身体が出たのに、その先で突然深くなるのが普通です。ここで、まさかの沈水を起こします。だから、急に深くなるところで人はよく事故を起こすし、助けようとして次々と溺れる後追い沈水による多重水難に発展します。

 ういてまて教室では、子供たちは沈水しても羽ばたくようにして両手で水をかいて浮上する技を習います。簡単に背浮きで浮くことができて、水面で呼吸ができます。

 ところがコロナ禍では厄介なことが起こります。沈水するような水辺でマスクをしたまま救助に向かうとどうなるでしょうか。

 動画1をご覧ください。まず入水とともにウレタンマスクが水を吸います。羽ばたくように両手で水をかいて浮上できますが、マスクと口の間に多量の水が入り込みます。このまま背浮きに移り呼吸しようとするとその水が口や鼻から容赦なく気道に入ってきます。動画では苦しくて、すぐにマスクを外してしまいました。これはこれで正しい行為なのですが、外す時に身体を垂直にしてしまっています。これが深い水だったら、ここで溺水します。せき込みは水中でおこなうことになるので、そのまま溺れます。

 モデルは東京海洋大学で体育を教える田村祐司先生です。先生のように背浮きのスペシャリストでも、呼吸を遮られたら、簡単に溺れます。「まさか、救助に向かう時にはマスク外すでしょう」って?慌てている時にそんな余裕があるのでしょうか。

動画1 沈水するような水辺でマスクをしたまま救助に向かうとどうなる?(筆者撮影、38秒)

2.キャリー中

 キャリーとは、水中にて溺者を泳ぎながら運搬することです。岸に向かって足の届かない水の中を戻ることになります。普通に河原に出かけて、そこで溺れた人に出くわすと服のまま飛び込むことになります。百歩譲って入水前にマスクは外したと想定しましょう。

 入水の瞬間の沈水は免れたとして、服のまま泳いで溺者の近くまで到着したとします。平泳ぎなら、少々泳げればこれはだいたい成功します。続いて溺者を確保して服を着たまま溺者をキャリーしなければなりません。でも、こんなこと訓練を受けてもそうそうできません。

 動画2をご覧ください。「溺れている人をこうやって助けられる」と夢見る人の空想を尽く破壊します。この動画は厳しい訓練で知られる赤十字水上安全法救助員養成講習会の様子。ここで精鋭たちが4日間の訓練を受けて、水着の状態なら溺者を泳いで運べるようになります。そして最終日に着衣救助の訓練を受けました。

 動画の始めの方で、あるバディーはキャリー開始から7 mくらいで水没しました。周囲から「水没」という声が聞こえますね。浅いプールだからよかったのですが、自然水域ならここで命を落とします。それでも気を取り直し訓練を続けますが、12.5 m付近で「これ以上は無理」と言わんばかりにとうとう歩き始めました。これでは救助訓練になりません。そして再挑戦してもすぐに水没。結局まともにキャリーできませんでした。

 ご本人たちの名誉のためにお話ししておくと、この受講者たちは水着だったらちゃんと25 mにわたりキャリーすることができます。

動画2 服を着たまま水難救助は絶対無理。日頃から訓練している指導員レベルでなんとかできる(筆者撮影、1分00秒)

3.上陸支援時

 さらに百歩譲って水着の状態で救助に向かったとします。何度もお話ししますが赤十字水上安全法救助員養成講習会にて訓練すれば、水着の状態で泳いで溺者をキャリーすることができるようになります。ただし、かなり辛い訓練があなたを待っています。

 動画3をご覧ください。水上安全法講習会最終日の様子です。なんの迷いもなく溺者に接近、確保、キャリーをしています。でも、岸に到着したらそのまま立ってしまうのはなぜでしょうか。

 自然水域では、終点も深くなっていることが普通です。岸に到着したからと言って水深が浅い保証はありません。岸の高さと水面の高さが同じである保証はもっとあり得ません。ということは、救助者は溺者を浮きながら持ち上げて上陸させなければならなくなります。

 浮きながら持ち上げる。そんなこと水難救助のプロでもできません。でも、わが子を何とか岸まで運んできたお父さんが、図1のように最期の力を振り絞って自分を水に沈めつつ、わが子を持ち上げて、岸の上にいる人に託すという痛ましい事故が過去に何件もありました。

 本当は、ここで立ってはダメなのです。溺者を浮かせながら確保し、立泳ぎで救助訓練終了を待たなければなりません。本番なら、プロの救助隊に引き揚げられるまで立泳ぎで待つことになります。でも、キャリーで疲れ切った救助者にそんな余力は残っていません。

動画3 水着なら的確に溺者を運ぶことができるが、陸にはあげられない(筆者撮影、1分29秒)

図1 最期の力を振り絞って自分を水に沈めつつ、わが子を持ち上げて、岸の上にいる人に託す図(筆者作成)
図1 最期の力を振り絞って自分を水に沈めつつ、わが子を持ち上げて、岸の上にいる人に託す図(筆者作成)

結局どうしたらよい?

 子供には不用意に水辺に近づかないように言って聞かせること。でも、後日のYAHOO!ニュースで解説する予定ですが、それでも川や海に入っていくのが子供なのです。

 だから水難学会では、「全員が助かる」ことを目指して会員が行動しています。夏休み前には全国の主だった学校に出前授業で出向き、子供たちにういてまて教室を通じて万が一の時の命の守り方を手分けして教えています。そして浮いて救助を待つ人を見かけたら、すぐに119番通報などの緊急通報で救助隊を呼ぶように伝えています。

 失われてよい命などありません。人を思う気持ちで救助に入ったとしても、まさかの救助死を迎えれば、その後の本人の無念は計り知れません。そして次の順番は、われわれのうちの誰かなのです。

参考

 最近の救助死の残念な例として、次の例が挙げられます。

溺れた女児見て川へ 兵庫で男性死亡 (最終更新:6/3(木) 0:37 産経新聞)

 読者のコメントを拝見すると、様々なご意見があります。いろいろな意見は、きっと背景に背負っているものがそれぞれ異なるから出てくると思います。本稿の目的はあくまでも事実の伝達であって、皆様の意見を無理矢理変える意図はありません。筆者も幅広い意見に触れたいと考えます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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