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「セクシー田中さん」報告書での原作改変巡るトラブル  アニメ業界ではあるのか?

河村鳴紘サブカル専門ライター
芦原妃名子さんのX

 昨年に放送されたドラマ「セクシー田中さん」で、原作マンガを手掛けた芦原妃名子さんが放送後にネットでのトラブルに巻き込まれ、亡くなった問題で、ドラマを手掛けた日本テレビが調査報告書を公表しました。原作改変の問題は、実はドラマだけでなくメディアミックスで付きまとう問題。そこでドラマと同じく「原作」をよく扱うアニメの現状を見ながら、考えてみます。

◇パワーバランスの問題も

 問題の経緯ですが、ドラマ「セクシー田中さん」の第9話・第10話(最終話)の脚本を、原作者の芦原さんが担当しました。すると降ろされた脚本家がネットに不満を明かし、原作者もブログで自らの立場を説明する対立が鮮明に。それを受けてメディアが記事化するなどして騒ぎになりました。その後、X(旧ツイッター)で「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい。」の言葉を残した原作者は自らのブログを消去し、その後亡くなりました。

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 調査報告書(公表版)は約90ページ。ドラマ化にあたり原作者から「必ず原作に忠実に」という条件があったものの、解釈に差があり、話数を追うごとに原作者とドラマ制作側の亀裂が深まったこと。最終的には、脚本家のクレジット表記を巡る対立があり、SNSの発信へとつながり、事態が大きくなったとあります。問題について、コミュニケーションが十分に取れなかったと結論付けながら、ドラマの制作期間や人員の不足に対する警鐘もあり、さらにドラマ化にあたっての契約の不備も指摘していました。

 しかし、鬼籍に入った原作者に「聞き取り」はできませんし、「原作者の死亡原因の究明を目的としない」とした点などもあるため、報告書は万人の納得のいくものではないでしょう。特にドラマ化で自分の考えが伝わらなかった、苦い経験をしたマンガ家・小説家の立場から見ると、自分を重ねてしまいますから、批判のトーンは一層強まるかもしれません。

 難しいのは「必ず原作に忠実に」という条件がある一方で、ドラマとマンガ(原作)を全く同一のものにするのは難しいことについて、原作者、出版社、ドラマ制作陣の誰もが認識しており、それでもこれだけ大きなトラブルが起きたことです。原作改変の理由は、ドラマの尺や1話ごとの盛り上げが必要なこと、俳優の演技、予算の制約、スポンサーへの配慮などがあるから(報告書にもあります)。しかし後者の考え方「ドラマとマンガを同一のものにするのは不可能」が強まると、改変が進むのは容易に想像できます。

 そしてもう一つ。報告書では触れていませんが、パワーバランスの問題があります。コンテンツ・ビジネスで、原作者が強いのは確かですが、一方でカネを出した人も強い立場にあります。だからこそスポンサーは大事にされ、発言力もあるわけです。何をしてもカネを握る者が強い……という世の中と同じ構造があります。

 実際に一度走り出したプロジェクトに対して、原作者が不満を抱いた場合、権利を行使して「白紙」にすることは理論上できるとして、本当にやれるかは別問題です。今回の場合、多忙な原作者が(自身でも告白しているように)不慣れな脚本を書いていますが、言い換えれば、原作者として譲れないところは死守しつつも、ドラマの制作は続行し、ドラマの完遂を選んでいるのです。ゆえに心身に相当の負荷がかかっていたのではないでしょうか。最後に「ごめんなさい」とわびる人が、脚本家を下ろす要求をするというだけでも、相当のストレスになることは推察できます。

◇アニメの改変問題 「表に出てないだけ」

 原作改変の問題は、度合いの差はあれ、どのメディアミックスでも発生します。表現方法が違えば、効果的な手法は変わるからです。それを嫌って、メディアミックスを避けるクリエーターも存在します。

 ではドラマと同じく、原作としてマンガや小説を扱うアニメの場合は、どうなっているのでしょうか。アニメでは、単独出資のケースもありますが、複数の会社が出資する「製作委員会」方式を取るのが多数派です。委員会方式は、出資者の合意を取る仕組みのため、決定スピードは遅い弱点はありますが、責任が分散化されて手間がかかる分、コンタクトが増えてコミュニケーションが密になるメリットがあります。その分、原作者サイドに、徹底して報告する流れになりやすいのでしょう。

 またアニメは、マンガと同じく表現方法が原則「二次元」で、原作の雰囲気に合わせたキャラクター作りがしやすく、原作マンガのカットに寄せる画面構図も比較的容易です。アニメ関係者に聞くと、原作者が制作の会議に入るケースもあり、「あそこ(セクシー田中さん)までのトラブルにはなりにくいのでは」という声が多数派でした。

 ただし、アニメのトラブルがゼロかと言えば「ノー」です。アニメ化したとき、原作者がイメージした表現(クオリティー)にはならないことがあるためです。そのため「アニメでは、(セクシー田中さんのように)トラブルが表に出てないないだけ。原作者がアニメに不満を抱く、原作者が心を病むようなケースもあった」という声もありました。

 また現在のアニメは、原作に忠実なものが多いのですが、その背景として、改変がうまくいかない、オリジナルの要素を盛り込んでファンから批判された歴史があるという指摘もありました。原作に沿えば、改変を巡るトラブルは減ることは理にかなっています。

◇「ドラマが上」の考え 脱却できるか

 アニメの関係者からも、ドラマ「セクシー田中さん」の改変について、他人事ではないとしながらも、テレビ局に問題がある……という意見ばかりでした。その中で複数の指摘が出たのは、日本テレビだけの問題ではなく、ドラマ側が上、原作が下の立場であり、「ドラマ化してやる」という長年の見方が抜けてないのでは……というものでした。報告書でも同種のことが言及されています。

小学館S氏は当調査チームの質問に対して、あくまで個人の見解とした上で「ドラマ制作という一面だけを見れば、作家の先生や担当編集部、担当編集者はテレビドラマの制作者あるいは制作協力者ではない。作家の先生、担当編集部、担当編集者は、利用許諾者(ライセンサー)であり、監修者であるから、制作者側(ライセンシー)と必要以上に相互理解を深める必要はない」、「ドラマ制作者の意図や思いといったものは、作家の先生がそれらを受容可能か否かで判断されるべきことであり、双方協議の上、落としどころを調整するようなものでない」、「貴社に限らず、ドラマ制作者側は、ドラマ制作にあたり原作作品を改変するのが当然で、原作作品の設定やフォーマットだけ利用して、ドラマの内容は制作側が自由に改変できると考えているように見受けられた例が多数ある。…ドラマ制作者側のそういった意識の改革が必要」、「原作を利用する以上、必要最低限の改変とすべきだということをドラマ制作者側が認識すべき」といった回答をしている。
日本テレビ「セクシー田中さん」調査報告書(公表版)78ページ 太字は著者加筆

 私もその通りだと思います。出版関係者から、ドラマ化にあたって、ドラマの制作サイドに、(書くのがはばかられるレベルの)キツイことを言われた……というボヤキは、一つや二つではありません。今ではコンプライアンスも厳しい時代ですし、報告書の資料にもドラマ関係者の考えがいくつも書かれていて、どれもしっかりしています。見下す人たちは一部であり、人間である以上、いろいろな考えを持つ人はいますからゼロにはならないでしょう。とはいえ、時代が経過するにつれて減っていると思いたいのですが……。

 ここまでくると、今後の答えは二つだと考えられます。一つは、報告書にある通り、ドラマで原作ものがある場合は、時間と予算をかけるようにして、原作者サイドとコミュニケーションを取るなど試行錯誤をしていくことでしょう。もちろん、多忙な原作者に無理強いはできませんから、そのバランスは難しいのでしょうが……。同時に、先に条件を提示して、エージェントをつけるなどして契約を交わし、後々のトラブルを防止することを考える必要があるのではないでしょうか。

 もう一つは、そうした改善が「難しい」「できない」のであれば、原作に頼るのはやめて、オリジナルものを作るように、原点回帰するべきではないでしょうか。今後はコンテンツがより重要になる時代で、そうなると「ゼロから1」を生み出すオリジナルのコンテンツ作成能力は大きな意味を持ってきます。実は、原作に極端に頼りすぎる問題は、むしろアニメの側にこそ言える問題なのですが……。

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 今回の件は、原作のあるドラマの制作時における問題ですが、メディアミックスにかかわる人であれば無関係ではないでしょうし、現状のメディアミックス戦略に対して「再考する機会」「現状を変える機会」と考えることもできるのではないでしょうか。誰もが望まない、このような悲劇が二度とあってはならないのですから。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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