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参院選一人区「与党28勝・野党4勝」だが、フランス式なら11人が当選していない。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

参議院議員選挙が終わった。

参院選の「一人選挙区」は全国で32ある。今回の選挙では、そのうち与党が28議席、野党が4議席と、自民党の圧勝となった。

しかし、筆者がよく知るフランスでの方式に従って結果を出すなら、一人区32議席で当選した議員のうち、11人は当選できていない。3分の1以上の議員である。

フランスの国民議会選挙では、候補者は、投票数の過半数を取らないとといけないからだ。最低でも半分を取れないということは、「多数決」を基礎とする民主主義の基本に合致していない、市民の付託を受けていないという考えなのだ。

もし過半数を取った議員がいない場合は、たいていの場合、上位二人で1週間後に二回目の投票が行われる(まれに上位三人になることもある)。そして二回目は、トップになったものが議員になるのだ。

日本では選挙のたびに、上位二人が接戦になっていると、最後に「◎◎さん、逃げ切りました!」というセリフが発せられるのが常となっている。それを聞くたびに「馬じゃあるまいし、これが本当に民主主義なのか」と思う。

日本に当てはめてみた場合

具体的に、当選者が有効投票数の過半数を獲得していない選挙区は、以下のところである。

【東北】

岩手

秋田

山形※

【北陸・甲信越】

福井

山梨

長野※

【近畿】

奈良

【九州・沖縄】

大分

宮崎

鹿児島

沖縄※

この11選挙区のうち、※がついている3選挙区では野党候補者が当選、無印の8選挙区では与党が勝っている。

一例を出してみよう。

奈良県の結果である。他の地方は複数の県が名を連ね、票が割れている地方なのかと感じさせる。近畿地方では1県だけ登場している。

佐藤 啓(自現)25万6139票

中川 崇(維新)18万0124票

猪奥 美里(立新)9万8757票

北野 伊津子(共新)4万2609票

中村 麻美(参政新)2万8919票

冨田 哲之(N新)8161票

1位の佐藤氏の得票率は、41,7%である。つまり、この選挙区では、投票した市民の半分以上の意志が結果に反映されず、死に票となっているのだ。しかも、2位以下の得票数は35万8570票もあり、1位よりも10万票以上も多い。

日本式の結果に慣れていると「ああ、1位は2位とは、7万票以上も差がついている。余裕の勝利だな」と思うのだろう。

でも、「過半数をとれない候補者は、当選することはできない」という民主主義の原則が染み込んだ方式からは、この結果を見た途端に「最終結果はまだわからない」と思うのだった。

第二回投票が行われ、佐藤氏(自現)と中川氏(維新)の二人が臨むことになるのだ。

となると、注目されるのは、この二人以外に投票した市民の票の行方である。第一回投票では17万8446票もある。これらの票は、第二回でどちらに入るのか。十分に結果がひっくりかえる可能性がある。

もちろん、一回目の投票には行ったが二回目は行かない、その逆で、一回目は行かなかったが二回目は行く、一回目は自民か維新に入れたが二回目は違う方に入れる、二回目は白票を投じるなど、色々あるだろう。

しかし、大きくは、3位以下の候補者に入れた有権者たちが、どちらに入れるかが焦点になる。

このように、市民に「自分にとって最も良い候補者は落選してしまっても、二番目に良い候補者を選択させる」余地を残して、多数決が原則の民主主義を実現しているやり方が、世界には存在するのである。

マスコミ発表に対する疑問

ここで、マスコミに対する違和感を書いておきたい。

フランスの大手メディアの選挙結果報道では、各選挙区ごとに全投票数、棄権数(率)、白票数(率)、無効票数(率)などが書かれている。

各選挙区でどのくらいの棄権数(率)なのかは、大変重要な情報であるはずである。

しかし、日本の全国新聞の選挙結果報道(ネット上)は、それらを書いていない。

さらに言えば、白票数は「何かに抗議している投票」とも言える。他の先進国では、選挙結果に反映されるシステムとは限らないとはいえ、重要と考えれられており、数えられているし、報道もされている。しかし、日本には選挙制度に白票を数えるシステムそのものが存在しない。

次に、各候補者の得票率である。各選挙区の全投票数や棄権率がなくても、各候補の得票率が書いてあれば、良い方ではないかと思う。

ネットを見ている範囲では、朝日・読売には得票率が掲載、産経・日経にはなし、毎日は会員限定でアクセスできなかった。紙面とネットでは異なる新聞もあった。

全体としての感想は、日本の選挙というものはーー正直に感想を言うことを許してほしいーー馬のレースのようなものである。ここは上位一人、ここは上位三人が「当たり」と決まっていて、そこに鼻先でもいいから勝ったものが勝者となる。勝者となれば、どのくらいの得票率だろうが問題ではない。各選挙区の棄権率も白票率も、どうでもいいのだ。

毎度毎度、アナウンサーが「◎◎さんが逃げ切りました!」と表現するのは、的を射ているのかもしれない。

実は、筆者はあまり「当選」という言葉が好きではない。なぜ懸賞や当たりくじと同じ言葉を使うのか、市民の選択に対しても、議員に対しても失礼だと思っている。でも、選挙制度全体の「ノリ」を考えれば、許容範囲なのかもしれない。

この選挙制度ありきで、このマスコミあり、言葉遣いありーーと悲しいことに思ってしまう。

完璧な制度など存在しない。各国には各国の土壌や問題があるだろう。でも、民主主義度をより高めるために、どれだけ「より良いシステム」を追求するか。それが大事なのだと思う。

数%の票を組み上げる可能性のあるシステム

それでは、フランスの制度はどうなっているのか。もう少し詳しく知りたいと興味のある方は、以下を御覧ください。

今年6月、大統領選の後に行われた「国民議会(衆議院に相当)選挙」の結果を交じえながら説明しよう。

代議士は全部で577人(日本は465人)。そしてなんと577の選挙区がある。

これは、さすがに凄すぎるとは思う。もはやパズルの域である。日本との人口比を考えれば、議員の数も多すぎる印象だ。実際、議員の多さは問題になっている。

フランスが理想郷というわけではなく、彼らには彼らの悩みと問題があるのだ。

ただ、人口は考慮に入れやすいシステムなので、一票の格差問題は解消しやすい。小選挙区というのなら、いっそこれくらい徹底するのは悪くはないかもしれないと思う。

パリの国民議会で行われたボルヌ首相の一般教書演説の前の様子。女性議員は4割弱。7月6日
パリの国民議会で行われたボルヌ首相の一般教書演説の前の様子。女性議員は4割弱。7月6日写真:ロイター/アフロ

選挙結果であるが、6月12日の第一回投票で確定したのは、たったの5人・5選挙区だった。572の選挙区で、1週間後の6月19日に第二回投票が行われることになっていた(二回目投票に行く資格のある候補者は、辞退することもできる)。

規則は、正確には以下のとおりである。

1) 第一回投票では、絶対過半数、つまり有効投票数の半数以上、かつ、登録有権者の最低4分の1に相当する票数を集めなければいけない。

2) もしこれに該当する人がいない場合は、第二回投票が行われる。

3) 第二回投票には、登録有権者の12.5%以上の票を獲得した候補者だけが立候補することができる。

4) 第二回投票では、トップの者が議員となる。

第二回投票は、上位2人の決闘となるのが主だが、まれに3人になることがある。今回は、第二回投票が行われる572選挙区のうち、8選挙区で3人の候補が残った。

第二回投票に向けては、1週間の間に色々とドラマが起こる。

例えばある選挙区では、以下のような結果になった(ロット・エ・ガロンヌの第一選挙区)。

1位:中道でマクロン大統領の党(ENS)の候補者 29.64%

2位:極右と呼ばれる国民連合(RN)の候補者 27.84% 

3位:左派連合(NUPES)の候補者 26.21%。

上位3人が第二回投票へと進む権利を得た。第二回投票は、たった数%の大接戦で勝者が決まることは予測できた。

そのため、驚いたことに、3位の左派連合の候補は、立候補を辞退した。理由は「極右政党を勝たせるわけにはいかないから」。

この選挙区では、第一回投票で、別の極右政党の候補が4,94%取っていた。そこの党首は、自分が負けたら、同じ極右である「国民連合」を支持することを明確にしていた。この選挙区では2位につけている政党である。

その候補者は27,84%取っているから、これに4.94%を足すと、32,78%になって、トップになる可能性がある。

だから3位につけた左派の候補者は、数%の差で自分が負ける可能性はとても高いので、極右よりは中道のマクロンの政党を勝たせるべきだと判断し「マクロンの党の候補者に入れてほしい」と表明して、身を引いたのである。

左派として、絶対に極右だけは嫌だったのだ。有権者だけではない。政治家の信条も問われるのである。

結果は、望みどおり中道のマクロンの政党の候補者が51,48%取って、勝利した。たった5%にも満たない有権者の動向を重く見た結果で、一つの議席が決まったのだった。

フランスと日本で共通しているもの

両者は大変異なっているが、それでも共通しているものがある。

全体の投票率である。

日本では、今回の参院選は52,05%だった。フランスの6月の国民議会選挙の一回目投票は47,51%、二回目投票は46,23%だった。記録的な低さで問題になった。

(理由は色々あるが、日本より大変だったコロナ禍疲れは、大きな要素だったと感じている)。

どちらも大変低い。選挙民の疲れや無関心は、制度や理由の違いがあっても、似るものなのだろうか。

ところで、フランスでは「投票率(数)」は、さらに内訳として「表明票率(日本の有効票率)」「白票率」「無効票率」に分けて、各選挙区で公表されているし、報道もされている。

日本はどうなっているのだろう。メディアではわからないので、総務省の統計を見てみた。しかし、有効投票数、無効投票数の区別しかしていなかった。

日本では、意志をもった白票も、書き損じやいたずら書きも、同じ扱いなのである。

選挙は、民主主義の根幹である。日本の民主主義は、これでいいのだろうか。「より良い選挙制度」を求めていくことは大変重要だと思う。

6月19日の第二回投票の様子。マルセイユ。どの国でも小学校や幼稚園(フランスでは義務教育)が投票所となる。
6月19日の第二回投票の様子。マルセイユ。どの国でも小学校や幼稚園(フランスでは義務教育)が投票所となる。写真:ロイター/アフロ

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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