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30年目の「そうだ 京都、行こう。」なぜ観光地が“ディープ化”しているのか?

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
「そうだ 京都、行こう。」初夏のCMの舞台にもなった蓮華寺

 JR東海が展開している、京都を舞台にした観光キャンペーン「そうだ 京都、行こう。」。1993年から展開しており、今年で30周年目を迎えています。当初は清水寺や二条城など、誰もが知る、修学旅行でも訪れたことがあるような観光地を取り上げることが多かったのですが、コロナ禍が明けた近年はその傾向が変わってきています。

「そうだ 京都、行こう。」初夏のCMに登場した京都市東山区の喫茶店「カフェ・ドン バイ スフェラ」
「そうだ 京都、行こう。」初夏のCMに登場した京都市東山区の喫茶店「カフェ・ドン バイ スフェラ」

 2024年初夏の「そうだ 京都、行こう。」のCMでは、京都市東山区の喫茶店「カフェ・ドン バイ スフェラ」や、左京区にある天台宗の寺院「蓮華寺」が登場しています。他にも、「そうだ 京都、行こう。」のホームページでは、「京都、5つの癒し旅。」として、東山区にある老舗ホテル「長楽館」でのケーキセットやアフタヌーンティープランが提唱されています。いずれも京都の観光地としては「知る人ぞ知る」場所です。

「そうだ 京都、行こう。」のサイトで取り上げられている長楽館のアフタヌーンティープラン。JR東海のEX旅先予約で観光プランが販売されている
「そうだ 京都、行こう。」のサイトで取り上げられている長楽館のアフタヌーンティープラン。JR東海のEX旅先予約で観光プランが販売されている

 他にも「そうだ 京都、行こう。」では、京都の「食」として下京区にある北京料理店「東華菜館」を観光プランとして挙げています。東華菜館は1945年創業で、1926年からある建造物と、現存する日本最古のエレベーターがあることでも知られています。

下京区にある北京料理店「東華菜館 本店」。1926年築の建物は国の登録有形文化財にも指定されている
下京区にある北京料理店「東華菜館 本店」。1926年築の建物は国の登録有形文化財にも指定されている

 またキャンペーンの時期も、夏という時期を中心に打ち出したものになっています。これまでは春の花見のシーズンと、秋の紅葉シーズンを打ち出していましたが、近年はこの時期の観光地を大々的に取り上げない傾向もあります。そのため、「そうだ 京都、行こう。」がオススメする観光地が“ディープ化”しているとも言えます。

背景にオーバーツーリズム回避

 なぜ「そうだ 京都、行こう。」で取り上げられる観光地が“ディープ化”しているのでしょうか。30年間観光地が重複しないように続けているから、ネタ切れを起こしていると考える人もいるかもしれません。しかしそうではなく、「そうだ 京都、行こう。」ではこれまで重複して観光地を取り上げています。例えば京都を代表する寺社である「清水寺」は、1993年、2004年、2010年の3回にわたって取り上げられています。

過去最高の外国人旅行者がいま日本を訪れている(https://www.jnto.go.jp/statistics/data/20240719_monthly.pdfより引用)
過去最高の外国人旅行者がいま日本を訪れている(https://www.jnto.go.jp/statistics/data/20240719_monthly.pdfより引用)

 実は、この背景にはオーバーツーリズムの問題があります。コロナ禍が明け、また近年円安も進んでいることから、多くの外国人旅行者がいま日本を訪れています。その数は日本史上最高で、日本政府観光局(JNTO)の調査によると、24年6月の訪日外国人旅行者数(推計値)は19年比8.9%増の313万5600人で、単月で過去最高を記録しています。

祇園地区の一部の私道では、地域住民以外の無断通行に対し罰金1万円を課すところも出てきている
祇園地区の一部の私道では、地域住民以外の無断通行に対し罰金1万円を課すところも出てきている写真:イメージマート

 そのため、いま全国各地の観光地に許容量以上の観光客が訪れる「オーバーツーリズム」という問題が起こっています。京都も例外ではなく、この対策として東山区にある祇園地区の一部の私道では、地域住民以外が無断で通行した場合に、罰金1万円を課すところも出てきています。

観光客でごった返す京都嵐山
観光客でごった返す京都嵐山写真:長田洋平/アフロ

 清水寺や嵐山をはじめ、主要な観光地は連日多くの観光客でごった返している状況となっています。そのため、JR東海としてはいかに観光客を分散させるかがいま課題となっています。だからこその、観光地の“ディープ化”というわけです。

コロナ禍の経験が活きる

コロナ禍で大きく展開していたJR東海の「ずらし旅」キャンペーン
コロナ禍で大きく展開していたJR東海の「ずらし旅」キャンペーン

 実はこの観光客の分散化には、コロナ禍の経験が活きています。JR東海はコロナ禍期間中、「ずらし旅」というキャンペーンを大きく展開していました。これは観光客が「密」にならないようにするため、場所や時間を「ずらす」観光スタイルを提唱したものです。コロナ禍の際は感染拡大防止を目的にしたものでしたが、このノウハウがオーバーツーリズム回避にも活きているというわけです。

 つまり、京都を深く知る人じゃないと行かないような観光地に誘導し、かつ、観光する時期も夏を打ち出しているわけです。京都の夏は暑いことで知られており、春や秋と比べて例年観光客数が落ち込む時期でもあります。

「ずらし旅」の一観光地として挙げていた愛知県新城市の乳岩峡
「ずらし旅」の一観光地として挙げていた愛知県新城市の乳岩峡

 JR東海の担当者も、筆者の取材に対しこう話します。

「これまで春や秋に大々的なキャンペーンを打つことが多かったのですが、今年は夏に注力しています。例年観光客が少なくなる時期に、まだ知られざる観光地を取り上げることによって、今京都でも問題になっているオーバーツーリズム対策に貢献したいと考えています」

「推し旅」も観光地分散に

京都駅に設置されている『響け!ユーフォニアム3』の等身大パネル
京都駅に設置されている『響け!ユーフォニアム3』の等身大パネル

 「そうだ 京都、行こう。」のキャンペーン以外でも、観光地分散に役立っている取り組みがあります。同じくコロナ禍の21年から展開している「推し旅」キャンペーンです。「推し旅」も、コロナ禍の観光客分散に期待して展開された性質もあります。

『響け!ユーフォニアム3』キービジュアル
『響け!ユーフォニアム3』キービジュアル

 JR東海では24年4月から6月末まで放送されていたTVアニメ『響け!ユーフォニアム3』とのコラボイベントを4月5日(金)から7月31日(水)まで展開しています。

JR東海グループが京都駅で展開しているコラボショップ「京都駅 ASTY京都 京アニグッズストア」
JR東海グループが京都駅で展開しているコラボショップ「京都駅 ASTY京都 京アニグッズストア」

 これは京都市内や宇治市内などを巡るスタンプラリーや、東海道新幹線車内限定で聞けるボイスドラマCDの配信をしているものです。JR東海グループは京都駅に、京都アニメーションとコラボした店舗「京都駅 ASTY京都 京アニグッズストア」を23年8月から開設しており、新たな観光拠点創出もしています。

「推し旅」では、『響け!ユーフォニアム』のグッズが貰えるスタンプラリーも実施している
「推し旅」では、『響け!ユーフォニアム』のグッズが貰えるスタンプラリーも実施している

 アニメ作品などの舞台地を巡る「聖地巡礼」は、仕掛け側の努力によって新たな観光地を創出することが可能です。そのため、オーバーツーリズム対策としても注目されています。

「推し旅」では京都タワーと『響け!ユーフォニアム3』のコラボも取り上げている。これも「ずらし旅」の一環にもなっている
「推し旅」では京都タワーと『響け!ユーフォニアム3』のコラボも取り上げている。これも「ずらし旅」の一環にもなっている

 全国各地でアフターコロナの新たな課題となっているオーバーツーリズム問題ですが、このように企業側の努力によっても対策が可能だと言えます。これまで注目されてこなかった場所が新たな観光地として盛り上がれることで、新たな経済効果を生み出していくことが期待されます。

(クレジットのない写真は全て筆者撮影)

※蓮華寺の写真は特別な許可を得て撮影をしています。二次利用及び転載禁止。

(C)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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