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天才シェフによる1人6万円の高級店が「顔面モンブラン」で賛否両論! なぜこんなに炎上したのか?

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

天才料理人のレストラン

つい先日、「ミシュランガイド東京2023」の発表会が行われました。飲食店にとって年に一度の極めて重要な発表であり、今年は3年ぶりにリアルな発表会となっています。

そのため大きな話題となっており、私も記事を書きました。

話題の「ミシュランガイド東京2023」を読み解く 発表会に参加したグルメジャーナリストの視点(東龍)/Yahoo!ニュース

ミシュランガイドは、素晴らしい料理が食べられる、美食レストランのガイドです。実はこれと前後して、美食で名高いあるレストランが炎上しました。

そのレストランとは、世界最高峰ともいえるフランス人シェフの薫陶を受け、若くして総料理長を任された、天才と呼ばれる料理人の店。東京と大阪に店舗をもち、どちらとも予約困難店として非常に有名です。

ゲストが投稿した動画で炎上

炎上の発端となったのが、ゲストによって撮影された件の料理人の動画。

その動画の内容は次の通りです。

常連客に対して、モンブランを調理器具でゲストの顔の上に搾ったり、生ハムを直接ゲストの口に入れたり、品のない言葉を投げかけたりしました。こういった行為が、1人6万円を超えるファインダイニングとしてはありえないと批判を受けたのです。

ただ一部からは擁護も見かけられます。そもそもこういった性格の料理人であること、料理のおいしさとは関係がないこと、内輪のことなので部外者が口を出すべきではないということが述べられていました。

件の料理人は炎上を受けて、誤解があったこと、批判を真摯に受け止めることを、SNSに投稿しています。

今記事では、件のシェフを糾弾するつもりはありません。このようなことが起きた背景について考えていきます。

提供方法は問題ない

前提として述べておきたいことがあります。

それは、モンブランを顔に搾ったり、生ハムを直接口に入れたりする提供方法は、食品衛生法や飲食店営業許可の観点からは、特に指摘されるべきものではないということです。どちらとも料理人からゲストへダイレクトに食べさせているというだけであり、什器や手が衛生的でありさえすれば問題ありません。

もちろん、これが食品衛生法や飲食店営業許可の観点から問題がないとしても、上品であるか下品であるか、よいプレゼンテーションであるかどうか、快であるか不快であるかとは別問題です。

カウンターガストロノミーの発展

現在の美食では、カウンターガストロノミーがとても人気です。以前であれば、料理は皿の中だけが評価されるべきものであり、料理人は裏=厨房にいて、一皿を完璧に仕上げることに心血を注いでいました。

しかし、ミシュランガイドで星を獲得したり、対話やプレゼンテーションを通してゲストをより楽しませたり、SNSで映えたりすることから、カウンターガストロノミーが全盛となっています。

日本でも、グランメゾンなどのファインダイニングでシェフを務めていた料理人が独立し、自身のレストランをオープンする際に、カウンターを中心としたレストランをつくるのは珍しいことではありません。この潮流は8年ほど前からであるといってよいでしょう。

昨今では、つくり手と食べ手の双方が近しい距離に位置しています。同じ空間で共に食体験を紡ぐことによって、緊密的かつ印象的なレストランシーンを創り出し、大きな価値が生み出されているのです。

飲食店の観点

日本には非常に多くの飲食店があります。参入障壁が低い業態であること、多くの日本人が食に興味があって飲食店を経営してみたいと思っていることから、たくさんの飲食店が誕生しているのです。

総務省統計局が集計した2016年の経済センサスによれば、全国にある飲食店は453,541店。データが古いので、現時点での実情を最もよく表している食べログで調べてみると、2022年11月時点で全国に844,308店あり、東京に関しては132,559店、大阪に関しては66,828店もあります。

東京は「ミシュランガイド東京2023」でも星を獲得したレストランが200軒と、世界ナンバーワンの美食都市。大阪では、94軒もの飲食店が星付きレストランとして掲載されています。

飲食業界は、オープンから1年で20%が廃業するとも、5年続くのが10%ともいわれている、苛烈な業態。そのため、生き残るためには、他の飲食店との差別化が非常に重要となります。ミシュランガイドでも、5つある評価基準の中で、4番目に挙げられているのが独創性です。

飲食店はクリエイティビティが重要となり、ゲストに大きなインパクトを与えなければなりません。そのため、より刺激的でより印象的な料理やプレゼンテーションが誕生することがあります。そして時には先鋭化してしまい、一部の人にしか理解されない状況が生まれるのです。

客の観点

会員制、紹介制、予約困難、星付き、食べログ4点以上など、特別感のある飲食店に価値を見出す客は少なくありません。飲食店やスタッフと仲良くなり、贔屓にされたり、簡単に予約がとれたり、シェフやマネージャーに名前を覚えられたりすれば、優越感が生まれ、同席者にも自慢できるというもの。そして、食通であればあるほど、より新しいもの、より刺激的なもの、つまりは、これまで体験したことのないものを求めがちです。

その結果、他にはない過激なものを期待することがあり、飲食店はそれを敏感に察知し、特別なものを提供することがあります。なぜならば、飲食店にとって常連客は非常に大切な存在であり、喜んでもらいたいと思うからです。飲食店からすれば、常連客は気心が知れており、自身を理解してくれ、応援してくれる、楽しくて頼もしい客人となります。そのため、他の客とは区別して対応することがありますが、それが他の客からは奇異に映ってしまうことが少なくありません。

また特別な体験をした客が、これを発信して自分が特別な客であると誇示することもあります。

炎上した理由

では、今回炎上した理由は何でしょうか。

現代ではSDGsが広く認知されており、食品ロスに関して厳しい目が向けられています。最高の部位だけしか使われずに食材が無駄に廃棄されたり、食べ物が粗末に扱われて無為に消費されたりすることは、許されないと糾弾されるでしょう。フカヒレやフォアグラのように、食材となる生き物が残酷に扱われることも拒否感をもたれるかと思います。

件の行為は、食材をぞんざいに扱っていると認識されるおそれがあるでしょう。実際その場にいれば、店内の雰囲気やサービスの様子から、シェフが本当に食材や生産者をリスペクトしているかどうかわかります。しかし、一部を写した動画だけからでは、シェフが食材や生産者を敬っているかどうか、ゲストが本当に喜んでいるかどうかは、わかりません。

昔は王侯貴族でしか体験できなかったようなことが、現代では、王侯貴族ではなくても体験できます。予約の困難さはさておき、おそらく日本にいる多くの人は、10万円以内の飲食店であれば、一生のうち一度は訪れることができるのではないでしょうか。

多くの人が特別な食体験を得られるようになった一方で、食に興味がない方は、引き続きファインダイニングに一切関心がありません。しかし、食に関心がない方でも、インターネットを通じて、飲食店の情報が容易に入手できます。その結果、ファインダイニングに興味がない方が、件の行為をSNSで過剰に批判しているという背景もあるのではないでしょうか。

もちろん、ファインダイニングや予約困難店によく訪れる方であったとしても、件の行為に眉をひそめる方は少なくありません。実際に私の周りでも、好ましく思わない方が多いです。ただ、そういった方は飲食店への造詣が深いだけに、炎上に加わることがないと感じます。

飲食店が意識するべきこと

常連客との内輪ネタであったとしても、常連客以外の方が見れば、それは内輪ネタではなくなります。

現代のレストランは、おいしいのが当たり前。しかし、ただおいしい、ただ予約が取れない、ただ調理技術が高い、ただ高い食材や希少な食材を使っているだけでは、客を満足させられません。これらに加えて、料理人の人格や立ち居振る舞い、さらには、人生や哲学をも、人々は消費しているのです。

SNS時代にあっては、いかに世界的なスターシェフであったとしても、どんなに常連客で占められていたとしても、飲食店での様子が部外にいるあらゆる人に見られ、評価されている可能性があることを、意識しなければならないと感じます。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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