ウクライナのがん患者ケアに取り組む欧米のがん学会
戦争下のがん患者を忘れない
2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻が始まってから4月15日現在で、すでに500万人以上がウクライナから避難したという。戦争で家を離れ、先の見えない生活に追いやられるのは、さぞ不安が大きいことだろう。それががん患者であれば、なおさらだ。
医学誌ランセット・オンコロジーによれば、ウクライナはがん発症件数が多く、2020年だけでも新たにがんの診断を受けたのは16万人以上にのぼる。先進国においては小児がんは適切な治療により大部分の患者が治癒するが、ウクライナは世界でも小児がんによる死亡率が高い。戦争開始前に少なくとも1500人以上の子供ががんの治療中だったが、3月半ばの段階ですでに多くの医療機関が攻撃を受けており、がん治療の継続は難しくなる一方だ(注1)。
米国臨床腫瘍学会(ASCO)は3月2日、「命を救うがん医療の中断は、戦争による無益な苦しみにさらなる痛みをもたらすもの。世界のがん団体と協力して、ウクライナ国内外のがん患者、がん医療を支援する」との声明を発表した(注2)。欧州がん機関(ECO)とともに、ウクライナ対応運営委員会を設置し、欧州と米国の多数のがん関連組織、患者支援団体の協力を得て、ウクライナのがん患者と医療者、近隣受入国医療機関への支援ネットワークを立ち上げている。
3月18日には、ウクライナおよび近隣諸国でがん医療にあたる医師らと、オンライン上で現状報告と対応に関する意見交換が行われた。その中ですでに約270万人ウクライナ難民を受け入れているポーランドのヤセック・ヤセム医師は、機能している数少ないウクライナ国内の病院も医療品不足でがん治療が中断されている状況もあると報告。①深刻な医薬品不足にあえぐウクライナの医療機関への支援、②国内で治療できないがん患者の他国への移送、③ウクライナから避難したがん患者が受け入れ国で適切な医療サービスを受けるための情報提供――などが緊急課題だと話した。
役立つ情報を必要とされる言語で
ECOには欧州の様々ながん学会やがん患者支援団体が参加しており、すでにウクライナから避難してくるがん患者向けに特設ウェブページを設け、受入国別に各国におけるがん医療情報、支援団体連絡先などの必要な情報をウクライナ語やロシア語など多言語で案内している(注3)。
またアメリカがん協会(ACS)とASCOの協力で、患者およびケアギバー向けの情報をウクライナ語、ロシア語、ポーランド語でウェブサイトからダウンロードできるようにしたほか、ウクライナおよび近隣諸国から直接アクセスできる電話、チャット、Eメールによるがん関連の24時間ヘルプラインを設けた。こうした問い合わせには、ボランティアの医療従事者が対応している。ボランティア医療従事者、支援情報、ウクライナ緊急支援向け寄付も随時受け付けている(注4)。
さらに全米を代表するがんセンターが結成したがん治療ガイドライン策定組織のNCCNも、乳がん、子宮頸がん、大腸がん、ストレス管理、肺がん、前立腺がんなどについてウクライナ語に翻訳した無料の患者とケアギバー向けの治療ブックレットを提供しはじめた(注5)。
前述のオンラインミーティングでは、WHOの緊急委員会のメンバーでもある英国キングズ・カレッジのリチャード・サリバン医師が、「今はまだ受入国のがんセンターに余裕はあるが、これからがん治療が必要な難民の数は大きく増えていく。たとえウクライナの戦争が終わっても、同国内のがん治療体制の再建には長い時間がかかる。長期的なコミットメントとして難民のがん医療について費用面を含めて考える必要がある」と話していた(注6)。
関連リンク
注1 ウクライナ侵攻とがんケアに与える影響(英文リンク、The Lancet Oncology March 11, 2022)
ASCO:ウクライナと近隣諸国のがん患者と医療者のための情報ページ(英文リンク)
注3 ECOのウクライナがん患者向けの特設ウェブページ(多言語リンク)
注4 アメリカがん協会のウクライナ支援 ヘルプライン ウェブページ(多言語リンク)
注5 NCCN ウクライナ語の各種がん治療ブックレットダウンロードページ(英文リンク)
注6 ASCO:3月18日のウクライナ対応オンラインミーティング(英文動画 Cancer Care During the War in Ukraine)