問われる引き出し屋の自立支援(2) 心までも搾取されていく
「あそこには、人権なんてないっすよ。」
神奈川県中井町議の加藤久美さん(52歳)は2017年の秋、あるセミナーで出会った若者から、入所している自立支援施設「ワンステップスクール湘南校」(神奈川県中井町)での扱いをこう聞いた。「やっぱりそうなんだ」と思った。
(リンク:問われる引き出し屋の自立支援(1) 脱走者が「捕獲」される町で)
彼は、「従順にしていたから、信用されてセミナーに来られた」ということと、「スタッフに抗うと、このような外出が認められない」という話もしていた。
そこで今度は、街なかにボランティアをしに来ていた生徒にも、聞いてみた。やはり、こんな回答だった。
「(ボランティアは、)したくてやってるんじゃありません。早くここを出るためです」
彼は、ある日突然、湘南校に連れてこられたことに納得していない一人だった。卒業するにはスタッフに認めてもらう必要があり、その手段として、強制的なボランティアでも嫌がらずに参加しているという話だった。
話を聞けた何人かのなかには、「親も大金払って大変だろうから、早く出られるよう自分もがんばらなきゃ」と、親の気持ちを慮りつつ、自らに言い聞かせるように話す子もいた。
加藤さんは長年、里親として家庭的養護に取り組んでいる。ワンステにいる生徒たちの姿は、これまで出会った児童養護施設の子どもたちの姿に重なった。
「虐待で措置になった子が入れられる一時保護施設は、次の行き先が決まるまで、子どもたちに登校も外出も外への連絡も一切させません。もちろん安全のためですが、子どもにとっては、激しく不当なことです。どんなに幼くても、保護施設には、『二度と行きたくない』『次に同じようなこと(=虐待)があっても、妹や弟は僕が守る』などと言うくらい、辛いんです。人権が侵害されているってそういうことなんですよ」(加藤さん)
■ 施設の中で一体何が行われているのか
ひきこもりや無職、不登校等の状態にある人を支援対象とするワンステでは、主に、親の依頼を受けて本人を施設まで連れてくる。このプロセスは通称「ピック」と呼ばれており、その際、本人を予告なく訪ね、「説得」をしてその日のうちに連れ出すという手法を用いている。
ちなみに、広岡政幸校長(一般社団法人若者教育支援センター代表理事、港区)が筆者の以前の取材に語ったところによれば、ピックは「お迎え」の意味なのだそうだ。しかし、そんな丁寧なイメージの言葉とは裏腹に、筆者のもとには、意に反した連れ出しだったと被害を訴えるワンステの元生徒たちの声が届いている。
問題は、ピックだけではない。加藤さんが町で出会った生徒たちから聞いた話は、施設での扱われ方についてだった。「人権がない」などと、穏やかでない表現を使ったのだ。
ワンステ側は集団生活の目的をどう説明しているのだろうか。広岡氏は自著で、こう述べている。
そして、その寄宿型の集団生活が、「決して自由な生活ではない」理由を「決まったタイムスケジュールに沿って暮らすため」と結んでいる。
しかし、加藤さんが農業セミナーで出会った若者が言っていたのは、こうしたスケジュールによる不自由さの話ではなかった。
彼は「スタッフに抗うと(自分に必要な)外出ができない」と言った。これは、支配関係をうかがわせる表現だ。さらに、ワンステから早く出たくて、ボランティアをしていたもうひとりの若者の気持ちの裏にも、スタッフが本人の生殺与奪を握る関係があるのではと、加藤さんは感じたという。
書籍にはこんな事も書かれている。
ここでうたわれているのは、まさに寄宿型支援の理想的な効果だ。対等な人間関係や、自律的な選択が尊重される生活があるかのように読める。助けを求めて脱走する生徒が続出している現実や、街なかで生徒たちが語った支配的な雰囲気とはかけ離れている。
内部で一体何が行われているのか。加藤さんはもう少し本当のことを知りたくて、主婦スタッフたちの情報も集め始めた。
小さな町のことだ。主婦コミュニティの中で「どんな愚痴を言っていたか」まで、あっという間に伝わってきた。わかったのは、支援の手法を目の当たりにし、生徒たちとも実際に接してきた主婦スタッフたちが、それぞれ、ワンステのやり方に疑問に感じながら悩んでいる様子だった。それでも、家庭の事情で働き続けないといけない状況だったり、やはりおかしいと思って辞めてしまったりしているということだった。
■ 誰も彼らに労働の対価を払おうとしない
2018年6月、町の大きな公園にカフェができた。指定管理者が掃除を任せたのは、ワンステの生徒たちだった。2.5キロほどの距離がある寮と公園の間を、毎日夕方になると、ゾロゾロと連れ立って歩く生徒たちの姿が見られるようになった。
生徒たちのボランティア姿は、すでに町のあちらこちらで見かけるようになっていた。
しかし、同年12月に集団脱走からトラブルになっていることを伝える記事と、翌年7月に脱走者の一人の告発記事が出た。するとカフェの掃除ボランティアを除き、町の人たちは、ワンステとの関係をやめていった。
「潮が引くようでした。『実は、頼まれたが断り方がわからなかった』とか、『断る理由がなくて受け入れていた』とか、後になってから言い出す人たちがいました。私は、『ただの労働搾取じゃないか』と思ったんですが……」(加藤さん)
ボランティアを買って出たのはワンステ側だが、あちらこちらで繰り返し働かせておきながら、施設側も、町の人達も、誰も生徒たちに対価を支払おうと努めたようには、加藤さんには見えなかった。
「こうなってしまった背景には、社会的に必要な施設だと信じて、生徒たちを受け入れようした地域の心があったはずなんですが、悲しいことに、その形は歪んだままでした。搾取は労働だけではありません。ワンステでの生活は嫌だけれど、迷惑をかけた親のためにと我慢を続ける子の心。ワンステを支援のプロ集団と信じて託した、子の自立を願う親の心。それぞれのそんな良心までも搾取するのが、彼らのビジネスモデルなのかなって……」(加藤さん)
ワンステの自立支援は金のかかるビジネスであることを、広岡氏は著作で認めている。しかし、本当の原資は、突然「支援」対象者にさせられた人たちの犠牲なのではないか。そんなワンステ流の介入を受け入れ、「自立」に至った人の「成果」だけで、ワンステを評価してはいけないのではないか。加藤さんの疑念は、ますます深まっていった。
■ 元生徒たちを支援して
町で生徒たちの声を聞ける機会が減ったため、加藤さんはいま、地域の人たちと、「こんな子が入ってきたようだ」「非常に心配な様子の子がいる」などと情報交換している。ここ1年ほどで気になっているのは、長期入寮者や、専門的なケアが必要そうに見える子が増えている傾向だ。
「広岡さんの『本人を矯正することで治して、悩んでいる親を救う』というやり方で、みんなが本当に救済されているならいいんです。でも、とてもそうは見えてこない」(加藤さん)
そう感じるのは、実際に、ワンステを出た2人の若者たちを、個人的に支援しているからだ。
ひとりは、関東地方出身の30代の男性。今では「ピックは外に出るきっかけだった」と振り返る彼も、「ワンステには、まともな支援がないことが大きな問題だ」と話す。
湘南校では、スタッフから数々の妨害に遭いながら、時間を掛けて自らの知恵を使って、寮からうまく出られた。経済的にも精神的にも自立した今も、「これ以上の被害が出ることを食い止めたい」という思いは持ち続けている。ピック当時は、精神疾患の症状が悪化していて、親に迷惑をかけてきた自覚はあるが、ワンステに入れた親とはギクシャクした関係のままだ。
加藤さんはそんな親子の間に入り、やりとりすることがある。ワンステを脱出した後に国家資格を取得するなど、努力家で聡明な彼を、知り合いの経営者に紹介したところ、採用が決まった。就労前に運転免許を取得する際も、加藤さんは、親との交渉役を担った。
加藤さんが支えるもうひとりは、沖縄から連れてこられ、ワンステから身ひとつで脱走したハタチの若者だ。関東で初めての冬を越えようとしていた彼に、加藤さんは暖かい上着を用意し、関東に身寄りのない若い彼が孤独に襲われていないかなどと心配しながら、一定の距離から見守っている。その一方で、母親ともやりとりを続けている。
この親子は、以前は、普通の会話ができていた。しかし、ワンステの介入後、関係がさらに悪化し、ともに苦しんでいる。
「どうしてあんなところに入れたんだ」「ただ存在を認めてほしいだけなのに」という思いが強い本人と、「そうでもしないとあなたは自立しようとしなかった。だから自分は正しい」と、つい支配的に振る舞ってしまう母親。加藤さんには、両者は表裏一体に見える。二人には、「しばらく、直接会わない/話さない」ことを提案しているところだ。
■「施設なくせ」では解決しない
結局、ワンステが受け止めきれなかった事案を、町の個人が引き取っている。加藤さんは、個人的に支援を続ける理由をこう話す。
「現実的な問題として、ワンステに連れてこられる人は、家に居場所がない状態の人なんですよね。ならばせめて、自分の意志で生活を切り替えたり、行き場所を見つけたりできればいいんですが、何人の生徒に聞いても、どうやらそんな支援ではない。私が彼らの『ワンステ後』に寄り添うのは、単に、『施設をなくせばいい』とか、『引き出し屋を町から追い出せ』という単純な話で、済まないことだからなんです」
地元の中井町も、法的規制がないことから見守るしかない立場だ。湘南校から徒歩圏内にある町役場は、被害を認識する生徒たちが助けを求める先の一つでもある。こうした経緯から、役場はワンステの問題はある程度は把握している。
ある職員は、こうため息をつく。
「手続きなどで、まれに、役所の方から親御さんに連絡を入れることがあるのですが、『子どものことで電話をしてこないでください』などと、拒絶されることも多いんです。まるで、『姥捨て山』ならぬ『子捨て山』といったらいいでしょうか。それが、お医者さんや学校の先生などの、地域で尊敬されたり偉い立場の方だったりすることも多くて、本当に驚きます」
家庭の中で弱い立場の本人が居場所を奪われてしまう背景には、親子関係のもつれと、人権を軽んじる社会の価値観があると、加藤さんは言う。引き出し屋が、こうした構造に加担する時、新たな被害が生み出されてしまうことがあるのだ。
「やっぱり、一方的に押しかけて、追い込んで自立を迫るあのやり方は、ダメ」
加藤さんはそう言って、自ら何度もうなづいた。
筆者は本稿掲載にあたり、広岡氏に対し、支援等に関する質問を送ったが、期限の22日までに回答はなかった。本人の意に反する「ピック」を続ける理由については翌23日深夜、代理人弁護士から、「支援対象予定者の背景事情は千差万別で、マニュアルに沿って画一的に対応できものではございません。その時々の個々の対応は一般論としてご回答できるものではございません」との回答があった。その他の質問に関するやり取りも順次紹介していく。ちなみに、広岡氏は、筆者の過去の取材や自著、これまでの各社報道では、意に反する引き出し行為そのものを否定している。