【引き出し屋問題】集団訴訟中のワンステップスクールが湘南校を退去 事実上の事業撤退か
大人のひきこもりや不登校の教育支援を掲げる全寮制のフリースクール「ワンステップスクール(以下、ワンステ)」が今年7月末、8年にわたり本拠地としてきた神奈川県中井町の「湘南校」から退去した。
ワンステをめぐっては、元生徒5人が、強引な手法による入寮や抑圧された生活の被害を訴え、各770万円の損害賠償を求めた集団訴訟が横浜地裁で進行中だ。事業者の一般社団法人若者教育支援センター(東京都世田谷区、廣岡政幸代表)が、所有していた不動産を手放したことも判明した。
■ 「教育」の仕事をやめることは、裁判で宣言していた
21日に更新された登記情報によると、湘南校として利用されていた建物と土地は、7月31日付で所有権移転となっていた。法人については、存続している。
ワンステ退去の噂を聞いた8月上旬、確認のため現地に赴いた。湘南校の建物には人の気配がなく、ゴミ置き場には、各部屋で使用していたものと思しきカーテンが詰められた袋が転がっていた。
事情を知る複数の関係者の見立てでは、退去は事実上の事業撤退だという。同じ建物に同居していたもう一つの自立支援施設「チャレンジスクール湘南校」(株式会社学びLab=静岡県御殿場市、佐野雄司代表)も、近隣に転居していたことを直接確認した。同社の佐野代表は、長年ワンステ湘南校などで施設長を務め、校長でもある廣岡代表に同行して連れ出しを行なっていた人物で、集団訴訟の被告の一人だ。
ワンステの集団訴訟は、提訴からまもなく4年を迎える。今年5月には被告側の証人尋問があり、証言台に立った廣岡代表は、「裁判が終結した時点で、僕はこの教育の仕事から離れる」と宣言していた。
今回の湘南校退去にまつわる確認と、裁判での宣言との関連を代理人弁護士を通じて廣岡代表に尋ねたが、期限までに回答はなかった。
■ 絶えなかった生徒の離脱
ワンステップスクールは、10代の頃に荒れた生活を送っていた廣岡代表自身が、立ち直った経験を下地に2008年に始めた全寮制のフリースクールだ。当初の校長の名前を付した「伊藤学校」という名義でも知られている。「湘南校」は、千葉県内から神奈川県中井町に移転した2016年夏からの本拠地だった。
廣岡代表は、大人のひきこもりに関する書籍を出し、「お助け人」などとしてテレビでも盛んに取り上げられる形で名声を高めてきた。しかしその陰で、ワンステからの生徒の離脱は絶えなかった。
相次ぎ抜け出した生徒たち計10人が、福祉施設に保護されていた事実を共同通信が記事として配信したのは2018年12月のことだ。その後も、自らの意思で脱する生徒は続出し、連行や支援実態を証言する被害者や関係者が増えていった。
被害を訴える元生徒たちの多くは、ある日突然現れた廣岡代表らスタッフに、長時間にわたり居座られて説得されたり、行政の強制的な執行や措置であるかのように勘違いさせられたりして入寮していた。貴重品や身分証、携帯電話等は預かられ、家族や外部との連絡や通信は、自由に行えなかった。入寮したその日から「考査部屋」に監禁状態にされ、連日反省文を書かされた人もいた。
ワンステがいわゆる「引き出し屋」と呼ばれた所以は、こうした強引な連行手法や支配的な支援手法にある。
廣岡代表の書籍でも、ワンステ側が必要と判断すれば、基本的に支援対象者を訪問したその日のうちに入寮させてきたと書かれている。「ピック」とスタッフが呼んでいたこの手順について、廣岡代表はこれまでの取材に、本人に丁寧に説明し、説得し、同意を得ていたと説明してきた。しかし、多くの離脱した被害者たちは異なる認識だった。
■ 支援を拒絶したかつての生徒たちに届く説明を
ワンステが、このタイミングで本拠地としてきた湘南校を退去した本当の理由は何か。ワンステはこのまま消滅するのか、続くのか。廣岡代表は本当に「教育」事業を止めるのか。
廣岡代表の介入やワンステのおかげで立ち直れた人もいるだろう。ただ、脱走など、様々な形でワンステの支援を拒絶した元生徒たちは、ワンステの行く末や廣岡代表の身の振り方を知りたいはずだ。
彼ら、彼女らにも届く何かの形で、廣岡代表自身が説明する機会があればと願う。それが本当の「救う」という仕事ではないか。
裁判での原告や被告を含む証人尋問の様子は、改めて記事にしたい。
<引き出し屋>
家族からの依頼を受け、様々な名目の支援と称し、要支援対象者とみなした人を寮などの施設へ強引に連行し、管理生活を強いる宿泊型の自立支援業者。引き出し業者とも呼ばれる。福祉施設とは異なり設置基準や規制はなく、数や被害実態は把握されていない。
2019年以降、被害者や契約者が起こした民事訴訟が相次いでいる。業者側に賠償を命じた判決だけでなく、賠償責任が、本人に相談なく引き出し屋と契約した親に及んだ判決や、引き出し屋と連携して医療保護入院させた精神科病院が被告で、被害者への賠償を命じた関連訴訟での判決も出ている。
最近は、自前で宿泊施設を持たないブローカーや、退寮者の身柄を引き受ける業者も存在し、被害が複雑化する傾向にある。