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不登校の当事者団体、家族会、支援者、専門家、教職経験者が板橋区に公開質問状/スダチ連携騒動

加藤順子ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士
不登校関係者らが区に公式回答を求めた(Photo by Yoriko KATO)

 不登校児の再登校にこだわり、「不登校を3週間で解決する(平均)」メソッドを掲げる株式会社スダチ(東京都渋谷区、小川涼太郎代表)が、板橋区と連携して不登校支援を強化する内容をプレスリリースや広告に掲載し、区教委も、「一部学校で試行」としていた説明を13日に一転して否定したことをめぐり、混乱が続いている。

リンク:不登校支援で官民連携のプレスリリースは、なぜ突然取り下げられたのか? / スダチ・板橋区(2024年8月14日|Yahoo!ニュースエキスパート 加藤順子)

 連携を区が否定してから2日が経った15日、様々な形で不登校やひきこもりに向き合い続ける各分野の団体と有志が連名で、区長と区教育長宛の公開質問状を提出した。

 5ページにもわたる質問状を取りまとめたのは、NPO法人多様な学びプロジェクト(神奈川県川崎市)とNPO法人登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク(東京都北区)、NPO法人フリースクール全国ネットワーク(東京都港区)、林恭子氏(一般社団法人ひきこもりUX会議代表理事)の3法人と1個人。このほかに各地の親の会、ピアサポート実践者、居場所主宰者、精神科の医療職、心理職に加え、元学校長も有志として名を連ねている。

 質問は5項目。まず最初に、前提となる「登校という結果のみを求めた支援はしない」「不登校を問題としない」としてきた区の方針について変わりはないか改めて確認し、その後の質問で、具体的なことを尋ねている。

8月15日に有志団体・個人が連盟で板橋区に提出した公開質問状で質問した項目(冒頭のみ掲載)
【1】板橋区の不登校児童・生徒の支援方針を再確認させてください。
【2】事実関係を確認させてください。
【3】保護者が適切な選択を行うための区の環境整備について教えててください。
【4】保護者の費用負担についてお考えを確認させてください。
【5】不登校解決の責務と魅力ある学校づくりの努力について確認させください。
回答期限:8月22日(木)
参考;https://www.tayounamanabi.com/single-post/20240815pressrelease (多様な学びプロジェクトウェブサイト)

 有志団体や個人メンバーのもとには、これまでの一連の過程で、区内の当事者家族不安の声が寄せられているという。そこで、質問状を公開形式にした理由を次のように記している。

不安を抱いているご家族や関係者、また全国の不登校支援に取り組む組織や人々に、しっかりとした正確な情報をお伝えし、安心していただきたいと願っているからです。

 事実関係の確認の項目では、スダチとの連携に関して、区の変遷した説明ではわからなかった点を次のように具体的に尋ねている。

スダチの支援・サービスを学校から保護者に紹介したり、伝えた事実はあったのでしょうか。あったとしたら、どの学校で、どのように紹介または伝えられたのでしょうか。そのなかで、既にスダチの支援・サービスを受けることを開始している事例はあるのでしょうか。(【2】事実関係を聞かせてください。 から抜粋)

 さらに、スダチに限らず、学校や行政から民間事業者を紹介された場合、「リスク」の説明や、利用してもしも状態が悪化した際の「相談窓口」の設置の必要性を指摘し、体制整備を検討するかを尋ねている。

保護者が学校・行政経由で、民間事業者の支援・サービスを紹介され、利用した場合において、(略)支援・サービスを受ける「効果」だけでなく、「リスク」について必要な説明を受けるなどの環境を整えていくことについて検討はされているのでしょうか。また(略)、相談窓口を設置されることはご検討されているのでしょうか。(【3】保護者が適切な選択を受けるための区の環境整備について教えてください。 から抜粋)

 この「リスク」の説明については、過去の事件を引き合いに出してもいる。

 1991年に発覚した「風の子学園」(広島県小佐木島)事件だ。保護者が教育委員会に紹介され、預けた民間施設で、10代の子ども2人が監禁死させられた。

■ 事例から見えてきた孤立する被害者像「再登校支援の事業者を利用するリスク知って」

 こうした質問状提出に至った危機感を、起案者の一人、多様な学びプロジェクトの生駒知里代表理事は、次のように話す。

「早期の登校復帰や高い復帰率を宣伝して、保護者から高額のお金を取るビジネスを、業界では『不登校ビジネス』と呼び、注意を呼びかけています。子どもの状態が悪化したり、保護者自身も被害を受けた相談が寄せられていますが、私たちには守秘義務があるので表にすることができずにいました。今回、声を上げることにしたのは、登校復帰のみを目的とした支援は国や区の方針とは矛盾するうえ、行政が紹介や連携したところとなると、そうした民間事業者にお墨付きを与えることになります。市民がリスクに対して正しい知識で判断ができなくなる可能性があると考えたからです」

 今回の一連の騒動を受け、改めて3団体に寄せられている、いわゆる不登校ビジネスの被害談を集めてみたところ、こんな被害者像が見えてきたという。

「被害を受けた人たちが、二重三重に声を封じ込められている姿です。

 保護者が高額な費用を払ってしまったことや事態を悪化させてしまったことを人に言えず、孤立しているだけでなく、費用や内容を口外禁止されている例もありました。

 また、子どもからしても、学校に行かない家庭で大きな傷つきがあり、さらに親が良かれと思って受けた支援によって家庭が安心できる場所でなくなっていくことで、心の健康を失っていく。

 その状態から親子で回復していくのには、ものすごく時間がかかります」(生駒代表)

 早期の学校復帰を掲げる民間事業者の利用には、こうしたリスクがあることを、社会の側が知識として身につける必要があるという。

 「そもそも不登校ビジネスの被害は、不登校の支援が行き届いていないから起きている。教育と福祉の狭間に出てきた構造的な問題です。高い費用で再登校を促すサービスを提供する民間事業者の利用には、リスクがあることを知ってほしいと思っています。

 また、本人と家族に原因を求める支援手法や言説が間違っていることは、これまでの不登校をめぐる50年間の運動の歴史のなかで、何度も証明されてきました。文部科学省の今の施策は、それを踏まえていることを、新たに参入した業者もきちんと学ぶ必要がある。学校が合わない子どもが、どこで育っても、自分を肯定して生きていけるセーフティネットを作っていかなければいけない」(生駒代表)

■ 区教委「保護者支援と聞いて、区内の2校を紹介してしまった」

板橋区教育委員会には15日現在、20件ほどの問い合わせが来ているという。担当する指導室長が取材に対応し、改めて経緯についてこう説明した。

「今年5月、区議から紹介があったスダチさんをお呼びして、教育委員会としてお話を聞かせていただいたのが最初です。どのような背景の会社なのかや、実態についても何も知りませんでした。

 話を聞けば、保護者支援ということでした。我々も保護者へのアプローチは考えていたところで、ニーズのありそうな2つの小学校を紹介し、校長に連絡もしました。その後7月18、19日になり、スダチさんがその2校に行ってプレゼンテーションをしたようです。その時に交わした、その後どう進めていくかの会話については、わからないところがある。ただ、実際に保護者とは繋げていないと聞いています。

 8月5日のプレスリリースについては掴んでいなかった。9日になって様々な方面からの指摘で知りました。スダチさんから事前に相談がなかったので、『連携』という言葉に驚きましたし、9日のうちに、区教委として、「連携して強化」という表現はおかしいのでプレスリリース削除してほしい」と確認と依頼はしていますが、文書等での抗議はしていません。

 我々がお会いしたのも、一連の対応も、相手はすべて小川代表ひとりでした」

 一部の区の教育関係者からは、「各学校にも連絡が届いていない。話を聞いた校長から数件の保護者に紹介済みといった話も聞いている」という声も聞こえてくる。教育委員会指導室から様々な現場に至るまで、混乱が続いているようだ。

 質問状を提出した生駒代表は、こうした疑念について、「区からの回答が来たら、私たちは公開します。もし事実と異なる説明があれば、保護者の方から『違うよ』という声が出てくるかもしれないですね」としている。

(申し出により、一部を正しい表現や意図に修正しました。2024/8/16)

ジャーナリスト、フォトグラファー、気象予報士

近年は、引き出し屋と社会的養護を取材。その他、学校安全、災害・防災、科学コミュニケーション、ソーシャルデザインが主なテーマ。災害が起きても現場に足を運べず、スタジオから伝えるばかりだった気象キャスター時代を省みて、取材者に。主な共著は、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)、『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)、『下流中年』(SB新書)等。

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