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「保育園落ちた日本死ね」が生んだ新しい空気は、保育園反対運動を変えられるか

境治コピーライター/メディアコンサルタント
週刊朝日4月19日発売号26Pの見開き記事

週刊朝日が世田谷区の反対運動を記事に

昨日(4月19日)発売の週刊朝日に、「保育園は”迷惑施設”か」と題した記事が掲載された。今号は当然震災の記事がメインで大特集が組まれている中、保育園の記事は見開き2ページに過ぎない。だがかなりのインパクトだ。あらためて紙メディアの重みというか手に触れることの強さを感じた。

そしてこの記事は次の見出しで反対運動に元防衛庁長官の政治家と、流通企業の経営者の名前も、と伝えている。

デジタル版でも配信され、Yahoo!にも掲載されている。

→保育園は迷惑か 反対運動に元防衛庁長官、スリーエフ社長の名も〈週刊朝日〉

これもインパクトある情報だ。実は私がこのところ気にかけて取材をしていた町の話だ。地元のみなさんとかなり関わってきたので、あまり騒ぎになってはと触れるかどうか悩んでいた。

私が3月に書いたこの記事を読んだ方もいるかもしれない。

→「日本死ね→書いたの誰だ?→ #保育園落ちたの私だ → 国会前スタンディング」絶望の不思議な連鎖

その中で、私はこんなことを書いた。

私は保育園開設への反対運動を、首都圏のいくつかの現場で取材している。その中の2つの現場では、反対運動の中心に、かなり社会的立場が高い人物がいることがわかっている。私の想像では、地元の人びとから担ぎ上げられて義務感でやっているのだと思う。彼らもわかっているはずだ。ほんとうはその町にも保育園を建てるべきだと。

願わくは、頼ってくる町の人びとに柔らかく保育園の必要性を説き、賛成の空気を作ってもらいたいものだ。昔からなじみの町内の人には言いにくいかもしれないが、いまのこの波の中なら、言いやすいのではないか。この問題がこれだけ注目されている中、反対運動を続けることはその町の人びとにとって良くない影響をもたらしかねない。町内で賛成のムードを作ることが結果的に、町の人びとのためにもなるはずだ。

ここで書いた「社会的立場が高い人物」が、今回週刊朝日で名前が登場した二人だ。私は彼らへの願いを文章にした。もちろんここで私なんぞが書いたところで何の効力もなかったのだろうが、この記事はヤフトピに出たので反対派の人びとが読んだ可能性はあると思う。少しの影響もなく週刊朝日の報道に至ったのは残念だ。

保育園問題について”空気”が変わってきている

週刊朝日の記事を読むと、短い期間でよく調べたものだと感心した。私が半年くらいの間に取材したことはほとんど網羅されている。それにかなり客観姿勢で書いていると思う。賛成反対、双方の言い分をきちんと書いている。だが保育園問題のここまでの流れの中で受けとめるとどうだろう。反対派の言い分は社会的に評価されるだろうか。

「空気」というものがある。日本人は空気を気にしすぎるとよく言われ、空気で物事が動くのはよくないと考えられている。そうとわかっていたとしても、人びとは空気で判断してしまい、空気が時に世の中を動かす。

そして「保育園落ちた日本死ね」のブログをきっかけにした空気の流れ、巻き起こりつつある新しい空気は、保育園問題に大きな具体的影響を及ぼしはじめていると思う。

私はここまでの空気の流れを以下のようにとらえている。

●少し前までの無関心期

去年までは、保育園の問題、保活の悩みなどは当事者だけが悩み、社会全体の問題にはならなかった

●「日本死ね」が人びとに問題提議

2月15日に匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね」が登場。人びとの間で話題になる。強く共感する保活中の親たちの一方、”日本死ね”とは何事かと反論も巻き起こりネット上の話題に。テレビでも「ネットでこんなことが話題になっている」と取りあげられる。

●国会での質疑から大きな話題に

国会でブログが質疑の対象になり、安倍首相の反応と自民党議員の野次がニュースに出る。それを見て奮起した主に女性たちが国会前でスタンディング、署名を集めて提出。野次のことやそうした活動をテレビなどマスメディアが取りあげて一般の人の話題になる。

●市川市の保育園が反対運動で断念

4月になり市川市が保育園開設を断念。それを4月11日に毎日新聞が報じて各メディアも取材し一斉にとりあげた。現地の交通状況を知って反対もやむなしとの声も出るものの、反対運動への批判も聞こえてくる。マスメディアは両論尊重、もしくは反対やむなしとのニュアンスが多い。

こうして見ていくと、保育園が足りない問題を世間が認知し、大きな社会問題としてクローズアップされ、保育士不足の問題も浮上する中、反対運動にスポットライトが当たりはじめた、というところだろう。

そして市川の例では、反対するとは何事か、という声と、あの道路なら反対するのは当然だ、という声とが拮抗した。これはどういうことかと言うと、反対運動が妥当かどうか、社会的に問われる”空気”がいまできつつある、ということだ。保育園に反対するなら、社会がどう受けとめるか、よく考えたほうがいい。そんな状況が先週から生まれつつあるのだ。

2つの町の2人のリーダーは何をなすべきか

今回の週刊朝日の記事がこれからどう広がるのかはわからない。だが市川市の例で言うと、11日に毎日新聞が報じてから一斉に各メディアが取りあげた。マスコミは、どこかが取りあげると「うちも取材してこい!」となるのだろう。そして週刊朝日が取りあげた2つの町は、少し前から各社取材を進めていたとの情報もある。一斉に取りあげる可能性は高い。

そうなった時、この2つの反対運動をメディアがどう報じ、人びとがどう受けとめるか。

私はこの町のみなさんに、ここで考えてほしいと思う。自分たちの反対理由は人びとにどう思われるか。空気はいま変化している。日々動いている。そのことをよく考えたほうがいい。

そして、記事に出た2つの町の2人のリーダーは、町の人びとをどう導けばいいか。これもよく考えたほうがいいのではないかと思う。

私は、この2つの町の反対派の人びとに、意見を変えてほしいと思っている。賛成してほしいと思っている。それはまた、保育園問題を取り巻く空気をワンステップ変えると思うからだ。

保育園を新しくつくることは、たんに保育園を増やすことではない。この国の、子どもを育てやすい空気を増やすことでもあるのだ。2つの町の反対派の人びとがもし考えを変えたら、必ずよい影響をもたらすと思う。

逆にこのまま反対を主張し続けることが、社会の中でどう受けとめられるか、よくよく考えたほうがいいとも思う。2つとも立派な町だ。素晴らしい住宅街だ。せっかくの良い町がどんな印象を持たれるか熟慮し、良い町として受け継がれるよう思いをはせてもらいたい。

大袈裟かもしれないが、この国が子育てについて考え直すかどうか、いま瀬戸際ではないかと思う。いまこの流れで変われなかったら、どうなってしまうか。私は自分の子どもたちのためにも、見守っていきたいと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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