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一時は公開中止の危機もあった和歌山カレー事件を描いた映画『マミー』がついに全国公開!

篠田博之月刊『創』編集長
映画『マミー』より(C:2024digTV。以下同)

紆余曲折を経てついに公開!

 事件発生から26年を迎えた和歌山カレー事件をテーマにしたドキュメンタリー映画『マミー』が8月3日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムを始め全国公開される。

 和歌山カレー事件については、私も事件の起きた1998年夏から林眞須美さん、健治さんの自宅を何度も訪れ、お二人の手記を月刊『創』(つくる)に掲載してきた(それらは創出版刊『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』に収録)。最高裁に上告されてから故・三浦和義さんが始めた支援グループが活発に支援活動を展開するのだが、98年の事件当時からずっと追い続けていたのは私くらいになってしまった。

 事件当時小学生だった長男は今も母親を支え、映画にも登場している。長男や健治さんは眞須美さんのことを「マミー」と呼んでおり、映画のタイトルはそこからとった。その母親からの手紙なども映画の中で紹介されている。

 事件については2009年に眞須美さんの死刑が確定、同年以降、再審請求が行われてきた。事件についての本格的なドキュメンタリー映画は今回の作品が初めてで、しかも冤罪ではないかという視点からの映画だ。映画の公式サイトは下記だ。

https://mommy-movie.jp/

長男へのバッシング激化で一時は公開中止の危機に

 公開を前にして、長男へのバッシングもひどくなって、一時は公開中止という話も出たが、結局、映画に表現上の修正を加えるなどして無事公開にたどりついた。

 一時公開中止という声も出た経緯については、下記の記事に書いた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e77cdaaad1fc0af9a59a2c9d1b5808c55a4c8b2a

和歌山カレー事件の映画『マミー』めぐり林眞須美さん長男への中傷に配給会社が抗議した経緯

 林眞須美さんは今年2月から新たな再審請求を起こし、無実を訴えているが、当時のマスコミ報道の影響もあって、有罪判決を信じている人が多いから、この映画についてもいろいろな意見があると思う。しかし、公開されたものをきちんと見てから批評や議論をしなければ話にならない。監督の執念を感じさせる労作であるから、まず一人でも多くの人に映画館に足を運んでもらい、そのうえで改めて議論したらよい。

 そもそも事件から相当な年月を経て、なぜいま、和歌山カレー事件を描いたドキュメンタリー映画が公開されることになったのか。二村真弘監督に話を聞いた。

映画に出てくる林眞須美さんの手紙(『マミー』より)
映画に出てくる林眞須美さんの手紙(『マミー』より)

テレビではなかなか難しかったテーマ

――まずこの映画を作ろうと考えたきっかけからお話しいただけますか。

二村 最初のきっかけは、林眞須美さんの長男の浩次さん(仮名。映画ではこの名前で登場)が2019年に『もう逃げない。』という本を出して出版記念のトークイベントをロフトプラスワンでやった時に、そこには鈴木邦男さんや篠田さんもいたと思いますが、和歌山カレー事件に冤罪の可能性があると初めて知ったことでした。

 同時に、その時テレビカメラが取材で入っていて、ディレクターが冤罪の可能性についても取り上げる番組になると説明していたので、それがどういった形で放送されるのか楽しみにしていたんです。

 ところが、半年ぐらい経った時に、実は番組が放送に至りませんでしたと聞いたのです。どうしてそうなったのかと浩次さんに問い合わせたら、死刑が確定している事件について、テレビ局として冤罪の可能性を取り上げる番組はできないという判断が上の方からくだったらしいという話だったんですね。それを聞いた時に、おかしいなと思ったんですよ。

 僕もずっとテレビの番組を作ってきてメディアの端くれにいる人間として、冤罪の可能性があるのなら、少なくとも検証してその結果を出すのがメディアの役割じゃないかと思って、そこで取材を始めたのがきっかけでした。

二村真弘監督(筆者撮影)
二村真弘監督(筆者撮影)

 その後、浩次さんに連絡を取るようになり、取材した内容を「digTV」という僕のYouTubeチャンネルで流し始めたんです。僕は2001年からテレビ番組の制作会社で働き始め、11年からはずっとフリーランスですが、当初は発表の場をYouTubeにして撮り溜めたものをどんどん出していったのです。

 それが2020年から21年にかけてですが、ある程度撮り進めていく中で、やはりこれは冤罪の可能性が高いんじゃないかと思い始め、改めてテレビ番組にできないかと考えました。NHKを始めドキュメンタリーを放送している局に企画書を出したんです。でも、やはりテレビはなかなか難しいことがわかりました。海外の配信メディアにもアプローチしたし、映画祭のマーケットに持っていったりとかいうこともしました。 

 映画にしようと思ったのは2022年あたりでしょうか。事件当時の強烈な報道によって、林眞須美さんはもう犯人で間違いないというイメージが強い。それを覆すことはできないものかと考え、最終的により幅広い層の人たちに観てもらえる映画という選択肢をとったのです。

大阪拘置所に面会に訪れた長男と健治さん(映画『マミー』より)
大阪拘置所に面会に訪れた長男と健治さん(映画『マミー』より)

――この映画がなかなかすごいなと思ったのは、よく足を使って取材し、いろいろな映像を撮っていることですね。冒頭の眞須美さんの故郷の漁港をドローンで撮影した映像から始まって、ヒ素の鑑定をめぐる論争についても、有罪判決の鑑定を批判した京大教授の河合潤さんだけじゃなくて、論争相手である中井泉さんも登場している。こういう形で中井さんが出てきたのは初めてじゃないですか?

二村 初めてだと思います。ただ中井さんが言っていたのは、これまで問われなかったから答える場がなかったけれど、自分は間違った鑑定をしていないから、主張すべきことは主張したい、科学者として間違ったことはしてないということでした。

――林家から押収されたヒ素と事件で使われたヒ素が同一という鑑定の決め手となったと当時言われたのが、最先端の装置とされたスプリング8ですが、これまで議論の中でその名前はさんざん語られてきたけれど、今回の映画ではその施設にも訪れて映像を撮っていますね。

二村 スプリング8は国立研究開発法人である理化学研究所が運営する施設なので、申し込めば見学もできるんですね。面白いのは、見学者を案内する時に、いまも「これは1998年にカレー事件を解決するきっかけとなった、当時最先端だった機械です」という説明をしているんです。

  映画『マミー』ポスター(配給会社提供)
  映画『マミー』ポスター(配給会社提供)

当時の検事や裁判官を直撃した迫真の映像

――映像が豊富なことともうひとつ、この映画の特徴は、事件当時の検事とかに直撃する迫力ある映像が幾つも出てくることですね。これはその都度、撮っておいたのでしょうか。

二村 そうですね。健治さんの証言によると、検事に供述を強制された、しかも検察の主張に沿った話をしてくれれば刑期を短くするという取り引きめいたことも持ち掛けられたという。その健治さんの主張を確認するためにも双方の意見を聞く必要があると思ったので、当時の検事にも話を聞こうとしたのです。当時の捜査員や大阪高裁裁判長などにも直撃を行いました。

 裁判官とか検察とかは表に出てこないし、取材してもどうせ答えてくれないだろうからと最初からあたらない。そういう状態が許されてるみたいな感じになっているのにも疑問を感じて、取り調べや判決を出すことには責任も伴うはずだし、答えないなら答えないでいいけどこちらはちゃんと見てますよということを示したかったんですね。もし答えてくれたらもちろんそれは全然いいのですが。

――1998年8月25日に林さんたちがカレー事件に関わっているという趣旨の、スクープとされた報道を行った朝日新聞記者も登場してますね。よく出てきたなと思いましたけど。

二村 そうですね。

――圧巻なのは、検察の意向に応じて証言を行ったとされる、事件当時林家に出入りしていた男性にも直撃して、話を聞いている。当時親しかった林健治さんと長男が突然訪ねて行って話をしている。林さんたちも事件以来、26年ぶりの再会だったわけですね。会話がはっきりと記録されている。あれはいきなり訪問したのですか。

二村 調査していく中であの時間帯、あの曜日であれば確実に本人がいるというのが想定できたのです。男性が対話に応じてくれるかどうかまではわかりませんでしたけれど。

――当事者に直撃を行うという制作側の姿勢を示したシーンですね。一見前のめりとも言える取材姿勢が映像全体に迫力を与えていますが、一方で和歌山県警の取り調べを受けたことも映画の中で説明していますね。

 その話をわざわざ映画の中で取り上げるというのは、いろいろ考えたうえでの判断だったのですか。

二村 もちろんいろいろ考えましたけど、そもそもこの事件を取材し始めた理由のひとつが、映画の前半に描いているように、当時のマスコミのあり方とかメディアスクラムなどへの疑問だったのです。冤罪の可能性を産んだのはマスコミの責任も大いにあると思っていて、そういう視点でずっと取材していたので、自分は正義の側だというつもりでいたんだけども、結局やってることは同じじゃないかということに、その時に気づかされたんです。

 だから自分のやったことを隠して冤罪かどうか調べましたというのではあまりにも虫がいい話じゃないかと思ったのです。その部分も含めてこの事件を象徴している〝何か〟だと思ったので組み込んだということですね。組み込むことがこの映画にとってもいいと思ったのです。

――ドキュメンタリー映画はどういう映像が撮れているかということも大きな要素だから当然でしょうが、今回の『マミー』は貴重な映像がふんだんに含まれているし、制作者の気迫が伝わってくる映画ですね。

二村 僕自身、事件をテーマにしたのは初めてだったので、裁判資料から何から手元に何もない、特に絵になるものがないというのは本当に大変でした。

――まさに労作だと思います。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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