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和歌山カレー事件の映画『マミー』めぐり林眞須美さん長男への中傷に配給会社が抗議した経緯

篠田博之月刊『創』編集長
映画『マミー』より林眞須美さん自筆の手紙(C:2024digTV。以下同)

配給会社が異例の抗議声明

 2024年7月11日、映画配給会社「東風」が下記のような見解を発表した。8月3日、渋谷のシアターイメージフォーラムを始め全国公開予定の、和歌山カレー事件をテーマにした映画『マミー』についてだ。

《映画『マミー』の公開について

8月3日(土)から予定しているドキュメンタリー映画『マミー』の公開について、配給会社の東風より以下のとおりお知らせいたします。

このたび、本映画に登場する林眞須美さんのご親族から、本映画の公開に関連する誹謗中傷や嫌がらせを予想以上に受けており、日常生活が脅かされる不安が日に日に増しているとのご相談がありました。

 そのため、本映画の製作者、配給会社、ご親族の三者で協議した結果、善後策として本編の映像の一部に加工を施したものを上映することにいたしました。

 公開の中止や延期はいたしませんので、ぜひ映画館のスクリーンでご覧ください。

 なお、本映画に関連する誹謗中傷や嫌がらせに対しては、法的措置を含め、厳正に対処します。  映画『マミー』配給 合同会社 東風》

 この2~3日前から、林眞須美さんの長男のX(旧ツイッター)を見て、とても気になっていた。例えば7月9日のこういう投稿だ。

《映画の公開を承諾したのは僕自身なので本当に申し訳ないのですが、平気だと思ってやり過ごそう、心して立ち向かおうと何度も自分に言い聞かせてきましたが、精神的に保ちそうにないです。

 明日、映画「マミー」の公開中止の申入れをさせていただきます。損害賠償等があれば借金をしてでもお支払い致します。すみませんでした。》

 この映画ではこの長男と父親の林健治さんが重要な登場人鬱で、そこから公開中止の要求が出るというのはかなり深刻な事態といってよい。

映画『マミー』で長男が健治さんと大阪拘置所に面会に訪れたシーン
映画『マミー』で長男が健治さんと大阪拘置所に面会に訪れたシーン

 既にマスコミ試写も行われ、公開へ向けたキャンペーンが始まっている映画だから、製作・配給側には衝撃だったろう。一部映像加工というのも制作者にとっては大きなことだが、とりあえず公開中止は回避されたようなのでほっとした。

 そもそも長男が誹謗中傷を受けていることを明らかにした投稿は同じ日の早い時間で、その内容は以下だ。

《僕の実名、パーソナルな情報が流布されているようです。 映画の情報が公開されてから、 誹謗中傷が悪化し 警察に相談しましたが、それらを止める権限がないとの事。 苦渋の選択となりますが 私生活、精神面を守るため 決まっているすべての トークイベントや講演等は一旦中止とし、映画の公開の内容変更等を 母、監督、配給会社と相談させていただきます。 よろしくお願いします。》

母親の眞須美さんにも面会で報告

 母親と面会した時には、こういう会話がなされたという。

《長男「反響が大きいぶん、賛否の否も沢山くるよ、それでちょっと落ち込んでるねん、人から悪意向けられたり、誰だってイヤやん?そこまでリスク背負ってやるべきかな?」

母「あんたがイヤな思いするんやったらせんでいいよ、映画なんて、どれだけ頑張っても、裁判官が『棄却』って二文字言うだけで終わらされるんやから」

長男「一回監督に相談してみるわ、ふとな、周りみたら普通の36歳はみんな子育てしたり休みの日流行りの飲みもんのんで流行りの映画見たりしてるわ、僕ヤバいわな?(笑)ネットひらいたらさ、親早く殺せって書かれてる息子の気持ちらわからんやろ?」

沈黙、、、》

 7月12日、その長男と電話で話した。映画の話題が広がって、攻撃も増えており、6月28日に行ったトークイベントのアンケートなどでもひどい書き込みをしていた客がいたという。その後もSNSなどで誹謗中傷が寄せられているという。

 映画公開について「被害者のことを考えろ」「どうせ金儲けだろ」といった非難のようで、映画が和歌山カレー事件について冤罪ではないかと主張をしていることへの攻撃もあるという。それが長男の話を聞いて父親の健治さんも心労ゆえか体調が悪化し、11日に入院したそうだ。

映画の公式ホームページは下記だ。

https://mommy-movie.jp/

ここに掲げられた長男のメッセージも攻撃対象とされているらしい。

 映画『マミー』公式ホームページより
 映画『マミー』公式ホームページより

 これまでももちろん、長男などへのネットでの誹謗中傷はなされてきたが、映画公開の話題が広がったことでそれが激しくなったようだ。映画では長男ら家族は撮影に応じただけで、映画についての批判なら製作・配給サイドにすべきだし、そもそも長男は1998年のカレー事件当時、まだ小学生だった。マスコミ報道の影響で眞須美さんが犯人だといまだに信じている人も少なくないのは想像できるが、そうだとしても家族や子どもを攻撃するのは全くの筋違いだろう。

 私は事件当時から林家に関わり、眞須美さんの手記を月刊『創』に相当掲載し、それをまとめた『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』も編集・出版している。そんな私のところへも「死刑囚を『さん』付けで記事にしているというのはどういうことだ」と電話で抗議してくる人もいた。確かに眞須美さんは死刑が確定してはいるが、再審請求をずっと続け、本人は無実を主張しているのだが、その彼女の主張を記事にすること自体非難する人もいる。

 私が「眞須美さん」と「さん」付けで表記するのは、まだ逮捕前からのつきあいでそう呼んできたからだが、そのことにわざわざ抗議の電話をかけてくる人もいるのには驚いた。ちなみに眞須美さんは林眞須美死刑囚というマスコミの表記をとても嫌がっている。

事件当時の1998年より林家とつきあい

 映画『マミー』については二村真弘監督インタビューを『創』8月号に掲載しているが、なかなか迫力あるドキュメンタリー映画だし、よくこんな映像を押さえたと感心するくらい取材している労作だ。批判するにしてもきちんと映画を見てからにしてほしいと思う。

 前述したように世間では、もう眞須美さんの有罪を疑わない人も多いのだが、実は一般に思われている以上に、この裁判の有罪判決は脆弱だ。逮捕前からマスコミ特に週刊誌報道によって眞須美さんが犯人というイメージは多くの人に刷り込まれてしまっているのだが、実は決定的な証拠はなく、状況証拠で有罪認定がなされたものだ。検察が起訴に踏み切る大きな要因で、裁判所が有罪の決め手としたらしいスプリング8を使ったヒ素鑑定も、後にかなり危ういものだったことが明らかになっている。

 私が最初に眞須美さんに会ったのは1998年9月初めだった。当時、林家が四六時中取材陣に取り囲まれるという異常事態に、日本弁護士連合会も集団的過熱取材の典型だとして批判をし、現地調査に乗り出すなどしていた。眞須美さんはそうしたメディア対策として大阪の弁護士に相談しており、私も以前からの知り合いの弁護士だったこともあって、その弁護士事務所での話し合いに同席したのだった。

 その後、改めて和歌山市の林家を訪ねたおり、眞須美さんに言われて二階から缶ジュースを運んできたのが、当時小学生だった長男である。林夫妻には4人の子どもがいたのだが、当時、報道陣が自宅を取り囲んで、人が出入りするたびにフラッシュをたいてマイクをつきつけるという状況で、眞須美さんは、これでは子どもたちが学校に行けないと心配していた。

当時の林家には報道陣が張り付いていた(筆者撮影)
当時の林家には報道陣が張り付いていた(筆者撮影)

 なぜそういう状況が続いたかといえば、この事件は状況証拠だけで立件が簡単でないとして、和歌山県警の逮捕への動きに検察庁が待ったをかけていたらしい。約1カ月の間に何度も、いよいよ逮捕かという情報が駆けめぐっては延期となり、報道陣が振り回される状況が続いていた。証拠構造そのものがかなり危ういものであることが、事件の捜査にも最初から影を落としていたのが実態だったのだ。

 実際に逮捕された1998年10月4日の前日も、私は眞須美さんと電話で話したが、実は翌日は長男の学校の運動会だった。その準備に眞須美さんは気を配っていたのだが、実際はそれどころではなく、早朝、林家に警察が大勢踏み込んだのだった。夫妻が別々に車で連行されるシーンはテレビに映しだされた。上空を報道のヘリコプターが何機も舞うという、林家周辺は早朝から大騒動となった。

林夫妻逮捕当日の自宅周辺(筆者スタッフ撮影)
林夫妻逮捕当日の自宅周辺(筆者スタッフ撮影)

 その時、最初に心配したのは4人の子どもたちのことだった。後になって児童養護施設に引き取られたことがわかるのだが、子どもたちにとっては、突然、大勢の警察官がやってきて両親が逮捕されるという驚天動地の事態だった。

 その後の子どもたちの様子については、長男が2019年に出版した著書『もう逃げない。』に詳しく書かれている。実は今回の映画『マミー』は、二村監督が、新宿のロフトプラスワンで行われたその出版記念トークに来ていたことがきっかけで撮影が始まったのだった。  

 最高裁に上告されてから、故・三浦和義さんを代表に眞須美さんの支援グループが発足し(三浦さんの死後は鈴木邦男さんが代表を継いだ)、関西で何度も市民集会が開かれたのだが、その集会で夫の健治さんや、子どもたちも発言する機会が何度かあった。

 その後、主に長男がテレビや動画配信にも顔を隠して登場するようになり、接見禁止で隔絶された眞須美さんと社会をつなぐ役割を果たしてきた。Xで時々、母親からの手紙などを公開もしてきている。

 母親の面会には月1~2回行っているという。眞須美さんは健康状態に問題はなく元気にしているという。「今は50キロくらいに痩せて、本人はそのことを喜んでいます」。今回の映画『マミー』のことももちろん話しており、6月23日に長男はXにこう投稿していた。

《母は映画(マミー)について、ジャーナリストの安藤優子さんに見て欲しいと言っていました。安藤さんは事件が起きた当時、うちに来て、母にインタビューしているんです。「あの時、女同士でしゃべった安藤さんが今でも私のことをヒ素で何人も殺した犯人だと思っているのかを聞いてみたい」とのことです》

 映画は8月3日に公開されるが、今回のような例も含めてまだ紆余曲折は予想される。映画に対しての賛否、また再審請求が続いているカレー事件についても、いろいろな見方があるのは当然だ。しかし、家族を攻撃するといった間違ったことはやめるべきだろう。

 事件当事者とその家族の区別もつかないままバッシングがなされるこの社会の歪んだ構造については、2023年秋に関東弁護士会連合会が加害者家族支援を掲げ、問題提起を行うなど様々な動きがある。

 事件の被告ばかりでなく、その家族にまでバッシングを行うというのは、「個」が確立していないと言われる日本特有の現象と言われるが、改めてそういう風潮についても、社会的議論がなされるべきだと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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