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シリア:中国がシリア紛争に直接介入する?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 中国共産党・中華人民共和国に対するイスラーム過激派の武装闘争の担い手としては、「トルキスタン・イスラーム党」が挙げられる。同派は、2020年末にアメリカ政府によるテロ組織指定を解除され、ウイグルの同胞のための活動に邁進できる環境を手に入れた。しかしながら、現在「トルキスタン・イスラーム党」はシリアのイドリブ県の一角を占拠し、現地のシリア人民の土地や財産を収奪して家族ぐるみで「安住の地」への入植に励んでいる。同派は、シリア紛争に乗じてトルコやアル=カーイダの活動家の便宜供与・誘導を受けてシリアに侵入し、シリアにおけるアル=カーイダであるヌスラ戦線(シャーム解放機構)と連携してイドリブ県のジスル・シュグール市や、ラタキア県カバーナ村のような交通の要衝を占拠し、4000人程度の兵力を擁していると考えられている。

 シリア政府としては上記のような要衝はぜひとも解放したいところであろうが、最近、イドリブ県を占拠するイスラーム過激派諸派と対峙するシリア軍の部隊に、中国が機材を提供したという情報が流布している。それによると、シリア軍に対しレーダーや電子戦に必要な機材が供与されたとのことであり、機材の供与は「トルキスタン・イスラーム党」の存在と関連付けて考えられている。また、「トルキスタン・イスラーム党」をはさんで、シリアを舞台にアメリカと中国との角逐が展開されるとの解釈もあるようだ。

 落ち着いて考えると、中国はシリアにとっては伝統的な武器調達先だし、近年は中国製品の市場としてすっかり席巻されているので、中国がシリアに軍事機材を供給したり、中国の存在感や影響力がシリアで高まったりすることはそれほど不思議ではない。そのような中で、「トルキスタン・イスラーム党」の討伐に関連して中国がシリアに部隊を派遣する云々との情報は度々取り沙汰されてきたことだ。中国軍のシリアでの活動は、少なくとも公式には一度も確認されていないので、そうした経緯に鑑みると中国がシリア紛争に大々的に介入したり、シリアを舞台にアメリカと「代理戦争」を演じたりする可能性はあまり高いとは思われない。

 そもそも、シリア紛争にはすでにロシアやイランがシリア政府側に立って強力に介入し、それに対してトルコやアメリカがイスラーム過激派やクルド民族主義勢力に肩入れしている。ここに中国が新たに「参戦」するとなると、いずれの側のものにせよ「既得権益者」との連携や調整が必須となり、中国が単独で自らの利益を追求することは容易ではない。また、「参戦」の結果得られるかもしれない経済的権益にしても、やはり先行の諸国によって大方獲得されつくされており、そうしたところに敢えて割り込む利益は乏しい。第一、シリアの経済的権益の質や規模に鑑みると、先行の諸国と競合してまで得るものは見当たらない。

 となると、中国がシリア紛争に介入するならば、「トルキスタン・イスラーム党」の存在が同国にとって本当に生死にかかわるくらい有害なものと認識された場合となる。ただし、こちらも「トルキスタン・イスラーム党」自身は広報上の言辞とは裏腹に、中国を攻撃した実績に乏しく、また、イスラーム過激派の間でも世界中いたるところにあるはずの中国権益に対する攻撃実行機運は全くと言っていいほど盛り上がっていない。「トルキスタン・イスラーム党」自身も、現在はシリアで獲得した「安住の地」でのんびり暮らすことの方を優先しているかのような活動ぶりである。中国もそうした事情はよく承知している模様で、「トルキスタン・イスラーム党」やその支援者・提携者に対し真剣に対策をとっているようには見えない。筆者自身もシリア紛争での軍事衝突が激しかった時期に、某国際会議で「トルキスタン・イスラーム党」を支援しシリアに送り込んでいるはずのトルコと中国との連携について報告した中国人研究者に対しこの問題を質問したところ、まさに「笑ってごまかした」という場面に遭遇したことがある。「トルキスタン・イスラーム党」については、中国にせよ、トルコやアメリカにせよ、何らかの「レッドライン」があってそれを逸脱しない限り放任するということになっているのかと邪推したくもなる。また、最近では「トルキスタン・イスラーム党」の提携者であるヌスラ戦線が、その指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーがアメリカの報道機関との会見に笑顔で応じるなど、本当に「気持ち悪い」宣伝活動に勤しんでおり、「トルキスタン・イスラーム党」もアメリカをはじめとする西側諸国の世論に好印象を与える活動に取り組む可能性がある。

 要するに、現時点での諸般の状況を考慮すれば、中国がシリア紛争に介入する可能性も高くはないということにある。その上、現下の社会・経済情勢に鑑みれば、イドリブでのシリア政府軍とイスラーム過激派との戦闘が激化する可能性も高いとは言えない。となると、「トルキスタン・イスラーム党」がシリアの一角を占拠し、シリア人民の権益を害しながらのんびり暮らすことは、各国が同派を「放任する」許容範囲内だというとても悲しい状況が続くということになる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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