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拝啓 観光庁さま:感染再拡大とGoToトラベル停止にあたって

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:西村尚己/アフロ)

コロナ禍の折、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。さて昨日、政府よりGoToトラベルの全国一斉停止の方針が発表されました。以下、東京新聞より。

GoToトラベル、全国一斉停止へ 28日から1月11日まで 東京、名古屋は27日までも停止、自粛

https://www.tokyo-np.co.jp/article/74272

政府は14日夜、新型コロナウイルス感染症対策本部を首相官邸で開いた。感染拡大を受けて、菅義偉首相は、観光支援事業「GoToトラベル」について、「年末年始において最大限の対策を取る。12月28日から来月11日までの措置として、GoToトラベルを全国一斉に一時停止する」との方針を示した。

それ以降の扱いについては「その時点での感染状況などを踏まえ、あらためて判断する」と述べた。また札幌市と大阪市に加え、感染者数が増加傾向にある東京都と名古屋市については、12月27日まで到着分は停止、出発分の利用を控えるよう求める考えも明らかにした。

私自身はそもそも本「GoToトラベル」施策の実施の決まった、今夏の時点でGoToトラベルというのは「振り戻し」があるのが前提の施策として見ていたので、本件に関しては特に驚きは御座いません。以下、7月16日のエントリからの引用。

GoToトラベル:変わらなきゃいけないのは観光産業

http://www.takashikiso.com/archives/10261280.html

今回政府が取った「GoToトラベル」施策は、これまで地震や水害などの自然災害を受けて観光低迷した地域に対する支援策として使われてきた「ふっこう割」を下地としたもので、これまでの「ふっこう割」に関しては一定の効用があったと総括されています。ただ、今回のコロナ禍と依然の自然災害との違いは、自然災害は一旦被害が発生した後は基本的に経済回復に向かって上向いてゆくのみであるのに対して、今回のコロナ禍はいつ何時、再びパンデミックが始まるかは判らず、「回復」路線に乗るのは先述の通りワクチンの普及が終わった時のみということ。

(※太字は筆者)

一方で、上記エントリのタイトルにも表れている通り、私自身はこのコロナ禍にあたって必要なのは、GoToトラベルそのものの実施よりも、むしろ観光産業がこの産業の危機にあたって急速に変容してゆくことであり、行政はむしろその変化を強力に支援してゆくことが必要であると主張しておりました。また特にwithコロナ期を我々観光産業が何とか生きて乗り越える為に必要な施策として、私は以下の様なことも述べて来ました。以下、今年の7月28日のエントリから。

この国の観光政策には絶望しかないんだな、という話

http://www.takashikiso.com/archives/10266631.html

そもそも、常に感染拡大と隣り合わせで生きて行かなければならない「withコロナ」期は、ワクチンの開発/普及が終わるまで数年単位で明けないワケで、いつ感染拡大が発生して再び「自粛」に反転するか判らない遠方の大都市からの需要に、各観光地は頼ってゆく事はできないわけです。「withコロナ」時代の観光は、同一圏域内の近距離で発生する小グループ観光でベースの需要を確保しつつ、状況によって変わる大都市圏からの需要をボーナス的に受け止める様な営業スタイルに転換して行かざるを得ない

(※太字は筆者)

ここで私が述べた「同一圏域内の近距離で発生する小グループ観光」というのは、星野リゾートの星野佳路さんなどが「マイクロツーリズム」という非常にキャッチーなフレーズで世にアピールし、それこそ6月、7月あたりのマスコミではこの用語を見ない日がない程の一時的な流行語となりました。ところが、観光庁さまはそのマイクロツーリズムという概念自体を、自身でその後にまとめるコロナ期における観光施策の中で一切無視し、行政文書の中では見事にマイクロツーリズムの「マ」の字も出てこないという異常事態が発生しておりましたね。当時私はこれを「この国の観光政策には絶望しかない」と評し、以下の様に書きました。以下、上でご紹介したエントリの続きからの転載。

じゃあ、何でそういう本質的なお話が政府による戦略レベルで語れないのかというと、そういう近距離圏&小グループ観光に需要の軸足を移しましょうという話をすると、「俺達を一体どうしてくれんだ」と息巻く業者群が旅行代理業や公共交通業あたりにわんさか湧いてくるわけです。私はこういう業者群を、観光地側で営業を営む業者ではなく、そこに向かって旅客を「運ぶ」ことを生業としている業者群として「観光ロジスティクス」業者と呼んでいるワケですが、我が国の観光業界では伝統的にこの種のロジ側を担う業者の声が圧倒的に大きく、政府施策が常にそこに引っ張られるわけです。

(※太字は筆者)

そして、これらマイクロツーリズムの代わりとして、観光庁の皆様が「withコロナ期における観光振興策」として打ち出したのがワーケーションという、労働者が遠方観光地で仕事を行うという「謎施策」でありました。以下、GoToトラベルの開始にあたって今年の7月30日に行われた政府施策に関する報道。

政府 観光産業の回復に向けてワーケーションや休暇の分散化などに意欲

新しい旅行スタイル普及を目指す

https://www.yamatogokoro.jp/inboundnews/pickup/39343/

日本の観光の課題として、GW、お盆、正月休みなど特定の期間に一斉に休暇を取得することや、 1泊2日、2泊3日の旅行が8割を占めるなど宿泊日数が短いこと等による観光消費額の伸び悩みがある。大企業を中心にテレワーク等が普及し働き方の多様化が見られ、また、感染リスクを避けるため混雑を回避する傾向が生まれており、休暇の分散化に取り組む絶好の機会だと捉えている。

具体的にはGo to トラベルキャンペーンの広報の中で、感染リスクを避けるための休暇の分散化を呼びかける。テレワークを活用し、リゾート地・温泉地等で余暇を楽しみつつ働く「ワーケーション」や、出張先で滞在を延長し余暇を楽しむ「ブレジャー」などの新しい旅行スタイルの普及を図る。(※太字は筆者)

この観光庁が打ち出したワーケーションという施策には全国自治体が飛びつき、6月・7月には「マイクロツーリズム」という用語が席巻していた観光業界が、その後「ワーケーション」一色になりましたね。11月には観光庁さま自身が、ワーケーション普及に向けて実証実験を行うなどという報道もなされましたが、その実績は如何でしたでしょうか?以下、日経新聞からの報道。

ワーケーション普及へ、観光庁 11月から実証事業

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65411580T21C20A0EA4000

観光庁は11月から、旅先で仕事をする「ワーケーション」の実証事業を始める。企業10社程度の参加を募り、受け入れ環境が整っている地域に仲介する。新型コロナウイルス禍で落ち込んだ旅行需要の回復に役立てる狙いだ。実証事業では仕事の生産性に関するデータを収集するなどして本格導入への課題を洗い出す。旅費の税務処理や、旅先でけがをした場合の労災の適用範囲など実務的なマニュアルも作成する。

不祥私めには、このコロナ禍に息も絶え絶えな観光業界を目前にして、やっと11月に実証実験が始まるというのは何とも気の長い話に見えてしまったわけですが、その辺はやはり優秀な頭脳の集まる観光庁さまでありますから、これから再び起こる感染再拡大期の対策として、この「ワーケーションの推進」なるものがさぞかし役に立つのでしょうね。書き入れ時である年末年始を失い、世の観光業者は文字通り「死の淵」に直面している状況でありますから、このワーケーションの推進なる皆様「肝煎り」の施策が、お釈迦様が地獄に向かって吊るした一縷の「蜘蛛の糸」として機能する事を心からお祈りするところであります。

ということで聡明なる観光庁さまのお導きにより「マイクロツーリズムの振興」ではなく、「ワーケーションの振興」でここ数ヶ月のGoToトラベルによるブースト期を走り抜けて来た我が国の観光業界でありましたが、これから再び始まる感染再拡大期において我々は何を光明として生きて行けば良いのでしょうか。これは7月のGoToトラベル開始時に私が書いたエントリのタイトルでもありましたが、改めてここで申し上げたい。この国の観光政策には絶望しかないんだな、と。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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