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専門家が病名「タバコ肺」を提唱するワケ〜歌丸師匠を苦しめた「COPD」原因の90%は「タバコ」だった

石田雅彦科学ジャーナリスト
画像作成筆者:素材:いらすとや

 COPD(慢性閉塞性肺疾患)という病気がある。かつて慢性気管支炎、肺気腫と呼ばれた病気の総称だ。だが、COPDというアルファベット4文字では病気の本質が伝わりにくいと考える専門家も多い。では、何と呼べばいいのだろうか。

発見が遅くなりがちなCOPD

 毎年11月の第3水曜日は世界COPDデーだ。今年は11月20日となっているが、COPDと聞いて、すぐに何のことかわかる人はそう多くないだろう。

 COPDは「Chronic Obstructive Pulmonary Disease」という英語の病名の頭文字だ。前述したように、以前は慢性気管支炎、肺気腫と呼ばれていた。慢性閉塞性肺疾患という病名もわかりにくいが、慢性気管支炎や肺気腫というほうがまだ通じそうな気もする。

 日本にはCOPD患者が約530万人いると推定され、進行が遅いため、高齢で発症が確認されることが多い。加齢によって咳や痰、息切れなどが起きるが、COPDと紛らわしいために発見されにくい。はっきり症状が出てCOPDと診断されたときには、すでに病気がかなり進行しているケースも少なくない。

 COPDの最も大きな原因は、受動喫煙を含むタバコの煙だ。2018年7月に亡くなった落語家の桂歌丸師匠は、喫煙者だったせいで発症したCOPDに苦しみ続け、禁煙推進とCOPDの啓発活動を続けた。その姿を記憶している人も多いだろう。

 喫煙者の5、6人に1人は60歳くらいからCOPDにかかるリスクがある。また、受動喫煙でも発症することもある。男性の場合、つい10年前まで喫煙率は40%程度だったから、過去の高喫煙率の影響が今になって出てきてCOPDに苦しむ患者が増えているというわけだ。

 タバコのせいで一度、低下した肺の機能はもとに戻らない。息が苦しくて動けないので仕事にも支障が出て、経済的な困窮状態になることもある。

 苦しいので食欲もなくなり、体力や免疫力が低下する。その結果、肺がんや動脈硬化などの合併症にかかりやすくなる。活動的でなくなり、閉じこもりがちになって社会とのつながりが希薄になる。つまり、COPDが進行すると、患者のQOL(生活の質)が極端に落ちてしまうリスクもあるのだ。

 だが、前述したように加齢のせいとと混同し、COPDなのに治療を受けていない患者も多い。そうした高齢の患者は、重度のCOPDになってしまっている危険性も高い。筆者が以前、取材したCOPDの患者は、タバコを吸えば確実に肺をやられてしまうが、そうした情報が正しく喫煙者に伝わっていないと言っていた。

肺がつぶれて壊れてしまう

 なぜ、COPDの治療が遅れてしまうのだろうか。その理由は、COPDという病名が一般に広く知られていないことが大きい。

 日本でのCOPDの認知度は25%前後だ。日本政府が掲げる健康日本21(第二次)では2022年までにCOPDの認知度を80%にするという目標を掲げているが、高齢化が進む日本では今後、COPDの患者が増えていくと考えられている。

 では、COPDという病気を特に喫煙者や元喫煙者に知ってもらうためにはどうすればいいのだろうか。COPDを「タバコ肺」という病名で広く周知したらどうかと提唱しているのが津田徹(つだ・とおる)医師だ。そのため、以降、COPDはタバコ肺(COPD)と表記する。

──なぜ、タバコによってタバコ肺(COPD)のような状態になってしまうのでしょうか。

津田花粉などの30ミクロンくらいの大きい粒子は鼻などで捉えられてアレルギー性鼻炎を起こすのですが、タバコの煙は1ミクロンの小さい粒子で、ちょうど肺の一番奥の肺胞や細気管支といったところに貯まっていきます。人間には異物を排除しようとする働きがあり、タバコの煙の粒子をマクロファージ(白血球の一種)が食べるのですが、細菌を食べたのと勘違いして、細菌を殺す好中球(白血球の一種)を呼び寄せてしまいます。細菌はタンパク質でできていますので、そのタンパク質を溶かす(分解)酵素を肺の奥にばらまいてしまいます。自分の肺もタンパク質でできていますので、分解酵素を中和することができない場合には自分の肺が壊れてしまうのです」

──タバコ肺(COPD)になった肺はどのような状態になってしまっているのでしょうか。

津田「肺の一番奥の肺胞が壊れ(溶け)、一番細い気管支がつぶれやすくなります(肺気腫)。また、空気の通り道の比較的大きな気管支にも、痰を出す細胞が増えてきます(慢性気管支炎)このため、一番細い気管支がつぶれやすくなり、吸った空気は吐き出すことができず、空気の通り道も痰が貯まって空気の出し入れができなくなるのです」

──なぜ、タバコ肺(COPD)は気づきにくいのでしょうか。

津田「肺は、1日1晩で壊れるわけではなく、30年も40年もかかってじわじわと壊れていくため、症状に気付かず、タバコを吸い続けることになります。肺機能(1秒量=最初の1秒間で吐き出した量)を車の排気量に例えると、男性であれば、若い頃は大型普通乗用車の4.5Lくらいあるのですが、それがじわじわと下がっていきます。タバコを吸い続けると1秒量は毎年60ml下がっていきます。喘息を合併している人では年間に100mlも下がる場合もあります。タバコをやめても肺の中に貯まったタバコ煙の粒子を排除するため、前述のマクロファージは働き続け、肺を破壊していきますので、非喫煙者の1秒量減少スピードに戻るのには時間がかかります。このようにして1秒量が下がっていき2L程度になります。この時、まだ息切れを自覚してない方が多数おられるのです。車でも2Lの車と、3Lの車を比較しても市街地では、そんなに差がなく走れるのですが、高速道路などでは差が実感できます。喫煙者はCOPDと診断される前から活動量が落ち、知らない間に階段を使わなくなり、エスカレータばかり利用するようになってきます。また、呼吸困難の感じ方には個人差が大きく、1秒量が1Lを下回って低酸素血症になっても、長い期間で次第にその状態に慣れていき、息切れを自覚できない方もおられるのです」

COPDを「タバコ肺」に

──COPDをタバコ肺と呼ぶ場合、この病気を引き起こす原因のほとんどは明らかにタバコということでしょうか。

津田「COPDの原因は喫煙、大気汚染、職場での粉じんや化学物質などの吸入、石炭や木材、家畜の糞の燃焼による煙(バイオマス)などを長年吸入することが原因とされています。しかし、日本では発展途上国のように、バイオマスの影響ほとんど考えにくく、COPDの90%が喫煙者であり、幼少時からの家庭内受動喫煙を考慮するとほとんどがタバコによると考えられます」

──タバコ肺(COPD)という病気についての知識が広がらない理由は、やはり病名のわかりにくさにあるのでしょうか。

津田「日本にも横文字の病名が多数あります。例えばメタボ、ロコモ、などは言いやすく、メタボリックシンドローム、ロコモティブシンドロームの略であり、わかりやすく国民の周知が進んできたのですが、病名の頭文字をとったC(Chronic)O(Obstrative)P(Pulmonary)D(Disease)は日本人には言いづらく、何の略かはすぐには答えられません(※1)。以前、『肺気腫』と呼ばれていた時期のほうが『タバコで肺が壊れて空気だらけになってふくらむ』病名の本質を理解するのには良かったのかもしれません。しかし、肺年齢は肺機能検査を行わないと測定できませんから、肺機能検査も普及しない今、COPDの啓発について根本から考え直す時期にきています。『たばこ事業法』という世界に稀にみるタバコを擁護する法律がある日本で、健康日本21の目標『2022年までにCOPD認知率80%を目指す』に到達させるためには、タバコによる健康への悪影響を全国民に周知してもらい、将来の国民の健康を守るために今一度、COPDの病名について喫煙対策とカップリングした『タバコ肺』として、国民で運動を行う必要があるのではないでしょうか」

──なぜ、COPDというわかりにくい病名になっているのでしょうか。

津田「COPDは国際的に医学用語としては広く受け入れられていますので、日本呼吸器学会ほかの関連諸団体でもこれを広く国民に周知したいと考えてきました。2010年の厚生労働省 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の予防・早期発見に関する検討会では、患者団体代表からCOPDはわかりにくく、慢性閉塞性肺疾患(COPD)は通称『タバコ病』であり、『COPD』の名称として『タバコ病』や『肺タバコ病』を検討してはどうかとの意見がありました。『COPD』という言葉についてはわかりにくい言葉だけども、学術的には確立された世界に共通した言葉で、医療従事者を始めとした健康に関わっている関係者には『COPD』という言葉を正しく理解してもらい、一方、患者を始めとした一般の方に対しては『肺年齢』という言葉を用いた普及を行っていくことになりました。

 しかし、肺年齢は肺機能検査を行わないと測定できませんから、肺機能検査も普及しない今、COPDの啓発について根本から考え直す時期にきています。『たばこ事業法』という世界に稀にみるタバコを擁護する法律がある日本で、健康日本21の目標『2022年までにCOPD認知率80%を目指す』に到達させるためには、タバコによる健康への悪影響を全国民に周知してもらい、将来の国民の健康を守るために今一度、COPDの病名について喫煙対策とカップリングした『タバコ肺』として、国民で運動を行う必要があるのではないでしょうか」

 タバコ肺(COPD)はかつて治療法が少なかったが、最近になり有効な薬物療法が開発されている。また、運動や呼吸リハビリテーションといった身体活動も治療やQOLの向上に効果的ということがわかってきた。

 いずれにせよ、40歳以上で喫煙歴のある場合、呼吸器科を受診して肺年齢(肺機能)を調べてみることをお勧めする。特に息切れを感じたり、咳をしたときに痰などが出たことのある60歳以上の場合、かなり前にやめた元喫煙者でも要注意といえる。タバコ肺(COPD)は早期発見、早期治療が肝心なのだ。

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津田徹(つだ・とおる)プロフィール

1982年、久留米大学医学部卒業、1988年、産業医科大学大学院修了、1990年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校 心臓血管研究所研究員、1993年、産業医科大学産業生態科学研究所講師、呼吸病態生理学・助教授を経て1998年、医療法人社団恵友会 霧ヶ丘つだ病院 院長、2009年、久留米大学医学部 臨床教授 兼任。所属学会・活動:呼吸器学会COPDガイドライン第4、5版作成委員、在宅呼吸ケア白書WG、 2018呼吸リハビリテーションステートメント作成委員、大気・室内環境関連疾患予防と対策の手引き2019作成委員、禁煙推進委員、呼吸ケア・リハビリテーション学会理事 慢性呼吸不全の緩和ケア検討会委員長 財務委員、呼吸リハビリテーション委員、睡眠学会代議員。映画・CM:周防正行監督映画『終の信託』医療指導・看護指導(2012年)、禁煙外来CM、2014年・2016年

※1:宇野友康、佐藤英夫、「慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)の 認知度調査および普及向上の検討」日呼吸誌、第2巻、第5号、2013

※「たばこ事業法」以外は「たばこ」は「タバコ」と表記した。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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