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豆・ナッツ類の誤嚥や窒息を予防するために

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2020年2月3日、保育園での豆まきの豆で幼児が窒息死した(参考記事:「また節分の豆で幼児が窒息死〜いつまで死亡事故が繰り返されるのか!〜」)。二度と同じ事故が起こらないようにしたい!そこで、豆・ナッツ類の包装袋に注意表示を入れてもらう要望書を作成した。

40年以上前から同じ報告

 資料を保管している私のファイリング・キャビネットから、30年ぶりに気道異物(ピーナッツ)のファイルを出してみた。1974年から1984年までに出された13編のレポートがファイルされていた。すっかり忘れていたが、自分でも、1歳児のピーナッツによる気道異物の4例を1988年の小児科臨床誌に報告していた。その最後には「ピーナッツなどの豆類、またはピーナッツを含んだせんべいやチョコレートは、少なくとも満2歳(~5歳)を超えるまでは与えてはいけないことを家人に周知させることが最も大切である」と書いていた。

 これらのレポートでは、死亡例があることも示され、予防が最も重要であり、そのためには「5歳以下の子どもにはピーナッツを与えないこと」をマスコミを利用して伝える、育児指導に加えるなどと書かれていた。

 ファイルの中に、周りが茶色く変色した新聞記事の切り抜きがあった。35年くらい前の新聞記事だ。「子供(原文ママ)クリニック」という記事で、表題は「ピーナツ(原文ママ)は要注意」、書いているのは国立小児病院(現在の国立成育医療研究センター)呼吸器科医長の雉本 忠市先生だ。最後に「子供(原文ママ)の気道異物は節分からしばらくの間、頻度が急上昇する。幼児に豆を食べさせるのは絶対にやめてほしいし、乳幼児のいる家では数を数えて豆をまき、後からすべて拾い集める配慮が必要である」と書かれていた。

 医学関係の雑誌では、30年以上前からピーナッツの危険性と予防法が何度も指摘されてきた。他の医学領域は、年々新しい治療法が発見され、対策が進歩しているのに、ピーナッツの気道異物は何も進歩がない!医学雑誌で事例を報告し、その考察で、乳幼児にはピーナッツを食べさせないことと指摘しても、それが社会に全く伝わっていなかったのだ。医師にアドボカシーの概念がなかったことにも問題があったと思う。

 最近でも、小児科関係の学会では、ピーナッツによる気道異物の症例がたびたび報告されている。例えば、「1歳8か月児が2か月間に発熱を3回繰り返し、毎回、肺炎と診断されていたが、3回目に気道異物が疑われ、ピーナッツが原因とわかって摘出した」などである。現在でも同じ事故が起こり続けているのは、これまで対策と思われていたことは無効であるということだ。このままでは、100年経っても変わらない!

豆の包装袋を見ると

豆入り米菓包装袋の表記例。筆者撮影。
豆入り米菓包装袋の表記例。筆者撮影。

 市中で販売されている豆の包装袋には、「お子様がのどに詰まらせないように必ずそばで見守ってあげてください」「お子様やご高齢の方は、のどに詰めないように注意してお召し上がりください」と表記されているものがある。一般社団法人 日本ピ-ナッツ協会の落花生製品の安全マニュアル(2015年版)には「のど詰め」の項があり、上記の注意文をすべての製品に表示することが望まれると書かれている。しかし、そばで見守っていても、残念ながら誤嚥を防ぐことはできない。注意して食べていても、一旦、ピーナッツが気道に入ると出てこない。

 

 乳幼児では、節分の豆も危険だが、豆まきは1年に一回である。頻度から言えば、日常的に食べるピーナッツによる気道異物が圧倒的に多く、ピーナッツの危険性に注目する必要がある。アメリカでは、幼児のいる家庭にピーナッツは持ち込まないことと指導していると聞いた。

 

 年齢を示して、「食べさせないでください」と瓶に表示している食品がある。それが、はちみつだ。ピーナッツも年齢を示して、食べさせないことを広く周知すべきと考えた。

 そこで、「4歳未満の子どもには、豆は食べさせないでください」と表記し、豆によって気道異物が発生するメカニズムもいっしょに包装袋に記載する要望書を作成した。ひとまず、Safe Kids Japanと子どもの事故予防地方議員連盟から、ピーナッツを扱う業界団体に対して、包装袋に表記してもらうお願いをすることとした。

以下が要望書である。

「豆類」の包装袋に乳幼児の誤嚥に関する注意喚起表示を配することについて(要望)

 日ごろより子ども達の事故予防活動に積極的に取り組んでおられることに対し、感謝と敬意を表します。私たちNPO法人 Safe Kids Japanと子どもの事故予防地方議員連盟は、子どもの事故による傷害(けが)の予防を目的として、協働して活動しております。

 さて、すでにご承知のとおり、本年2月3日、島根県松江市内の保育施設において「節分」の行事として豆まきをした際、その豆を口に入れた 4 歳園児の喉に豆が詰まり、当該園児が窒息して死亡するという事故が発生しました。伝統的な行事の最中にこのような重大な事故が発生し、未来ある園児が死亡したことは大きな損失であり、同じような事故が二度と起きないよう、社会全体で予防活動を進めていく必要があると考えます。

 乳幼児が、節分で使用する「福豆」やピーナッツなど乾燥した豆類によって誤嚥する可能性があることは、消費者庁の「子ども安全メール」(No. 274, 325, 386, 437, 487)等でも度々発信され、保育士を対象とした研修等でも繰り返し指導されています。保育施設等では豆の代わりに新聞紙を丸めたものを豆に見立てる、一般家庭では豆が入った小袋を撒く豆まきをするといった工夫がされ、乳幼児には豆に代わる食品(ボーロなど)を食べさせるケースも増えてきています。しかし今回、保育施設であっても豆類の危険を認識しておらず、結果として死亡という取り返しのつかない事態を招いてしまったことから、従来の消費者に対する啓発中心の予防策では不十分であることが明確になりました。

 「はちみつ」にはボツリヌス菌が混入していることがあり、これを食べると乳児の腸内でボツリヌス菌が毒素を産出し、呼吸が止まって死亡することがあります。このため、乳児にははちみつを食べさせないよう指導されており、さらに、はちみつの容器包装には「1 歳未満 の乳児には食べさせないでください」との文言を明瞭に記載することが定められています(「はちみつ類の表示に関する施行規則」より)。ピーナッツ等の乾燥した豆類も、今回の窒息死の例でわかるように乳幼児には危険な食品ですので、はちみつ同様、「4 歳未満の乳幼児には食べさせないでください」と包装袋に記載する必要があると考えます。

 すでに一部のピーナッツ等が含まれた豆製品の包装には、「のどに詰まらせないよう必ずそばで見守ってあげてください」と書かれていますが、見守っていても誤嚥を予防することはできません。繰り返しになりますが、上記の通り「4歳未満の乳幼児には食べさせないでください」と記載する必要があると考えます。

 長くなりましたが、具体的には、下記の再発予防策を実施していただきたいと考えます。

1. 一般に流通・販売される、乾燥した豆類が入っている袋には、下記の対応をお願いします。

 ●「4歳未満の子どもには、豆は食べさせないでください」と大きな文字で記載してください。

 ● 合わせて、 「子どもが泣き切った後や驚いたときなど大きく息を吸い込んだときに、口内にある豆が気管に入ります。子どもが泣いているときは、豆を食べさせないでください」と小さな文字で記載してください。

2.上記が実施された際に、プレスリリースをしてください。

以上、皆さま方にはお手数をおかけすることになり大変恐縮ですが、子ども達の誤嚥による重大な傷害を予防するため、どうぞよろしくご検討のほどお願い申し上げます。

 近日中にこの要望書を業界団体の代表に手渡す予定である。従来の消費者を対象とした注意喚起から一歩進め、製造する側自らが豆の危険性を示すことで、乳幼児の豆による重大な傷害を予防したいと考えている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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