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今年は「自然派ヌーボー」が注目

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
解禁日に店頭に並ぶボージョレ・ヌーボー(2017年、東京・銀座)(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

今月21日に解禁を迎えるフランスワインの新酒「ボージョレ・ヌーボー」。かつてのお祭り騒ぎはすっかり影を潜め、販売量も減少傾向が続いている。そうした中、にわかに人気を集めているのが、基本的に有機栽培ブドウを原料とし、酸化防止剤をできるだけ使わずに醸造した「自然派ヌーボー」だ。大手ワインショップは販売量の大幅増を見込み、自然派ヌーボーを提供するレストランも増えている。

前年比13%増

ボージョレ・ヌーボーは、フランス・ブルゴーニュ地方のボージョレ地区で生産されるフレッシュでフルーティーな味わいが特徴の赤ワイン。11月の第3木曜日が世界共通の解禁日となっている。日本では1980年代後半のバブル景気をきっかけにブームとなり、各地で派手なカウントダウン・パーティーが開かれるなど一世を風靡した。

しかし、その後は、長引く景気低迷や消費者のし好の変化などで、人気がジリジリと後退。輸入量も2004年の104万ケース(1ケースは12本)をピークに右肩下がりで、昨年はピーク時の約4割、44万ケースにまで落ち込んだ。

今年も、若者のアルコール離れや消費者の倹約志向が続いているのに加え、10月の消費税引き上げの影響もあり、人気回復の兆しは見えない。そうした中、一人、気を吐きそうなのが、自然派ヌーボーだ。

大手ワインショップのエノテカは昨年から、酸化防止剤無添加をうたうジル・ド・ラモア社のボージョレ・ヌーボーの取り扱いを始めた。ジル・ド・ラモアは自然な栽培や醸造にこだわる生産者で、甘めの華やかな香りと心地よいほのかな酸味が特徴という。エノテカは、予約の状況などから今年の販売数量を前年比13%増と見込んでいる。引き続き市場全体の苦戦が予想される中、目を見張る数字だ。

ワイン製造販売大手のメルシャンも、昨年初輸入したアルベール・ビショー社の酸化防止剤無添加ボージョレ・ヌーボーを、今年も輸入する。

自然派ヌーボーを置くレストランも、今年は一段と増えそうだ。昨年11月にオープンした東京都渋谷区の人気フレンチレストラン「小泉料理店」は、ボージョレ・ヌーボーの解禁に合わせ、自然派ヌーボーを3種類ほどワインリストに載せる予定だ。

オーナーの小泉洋さんは、「自然派ヌーボーの中でも、人気ブランドは卸業者に早めに予約しないと手に入りにくい。今年は予約が出遅れてしまい、予定していたうちの1種類は無事納入されるかどうか、わからない」と苦笑いする。ちなみに、同店ではワインはすべて自然派で、一般的なボージョレ・ヌーボーは置いていない。

自然派ワイン人気が背景

完成間近の新国立競技場近くに店を構える自然派ワイン専門店「ウィルトスワイン神宮前」は、毎年、様々な種類の自然派ヌーボーを仕入れている。オーナーの中尾有さんは「メーンの飲食店向けは、予定していた数量をほぼ完売」と話し、「自然派ヌーボーが注目されるのは、最近の自然派ワイン人気の高まりを見れば、全然不思議ではない」と冷静だ。

自然派ヌーボーが脚光を浴びる最大の理由は、中尾さんが指摘するように、自然派ワイン人気の高まりだ。

自然派ワインは、有機ワインのような法律による定義はない。だが、一般には、化学肥料や農薬を使わずに栽培した有機ブドウを原料とし、市販の培養酵母ではなく、ブドウの果皮や醸造所内などに常在する天然酵母を利用してブドウを発酵させ、さらには、ワインの製造には不可欠とされている酸化防止剤を全く添加しないか、添加しても極少量に抑えたワインを指す。

有機ブドウから造る有機ワインを自然派ワインと呼ぶこともあるが、有機ワインは必ずしも天然酵母の使用や酸化防止剤の添加量にはこだわらないため、両者は区別するのが一般的だ。

「体調がよくてびっくり」

自然派ワイン人気の理由として、多くの自然派ワイン愛好家が挙げるのが、一般のワインに比べて体への負担が少ないことだ。

キャリアアドバイザーとして働く藤井佐和子さんは、1年ほど前、ワインに詳しい知り合いに勧められて自然派ワインを初めて飲んだが、「意外とおいしく、しかも、翌朝体調がよくてびっくりした」と話す。藤井さんはワインは昔からよく飲んでいるが、飲んだ翌日は体調が優れないことも多く、「ワインを飲む時はいつも賭けをするような気分だった」という。今では「ワインを買う時はできるだけ自然派を選び、会食する時は必ず自然派ワインを置いてあるレストランを探す」と言うほど、すっかり自然派だ。

自然派ワインが体への負担が少ない原因は科学的に証明されているわけではないが、多くの専門家が指摘するのが、酸化防止剤の有無だ。酸化防止剤の正体である亜硫酸塩は、ワインの味わいの劣化の原因となる酸化や雑菌の繁殖を防ぐ機能がある。いわば保存料だ。しかし、毒性が強いため、食品衛生法で、添加量はワイン1キログラムあたり0.35グラムまでと決まっている。

ワイン業界内には、規定内の使用量であれば健康には問題ないとする意見が多いが、ワインの世界的な権威「マスター・オブ・ワイン」の資格を持つフランス人のイザベル・レジュロンは、亜硫酸塩にはアルコールが体内で分解され無毒化するのを妨げる効果があると指摘し、少量でも体調に影響を与えると主張する。

人気のもう一つの理由は、その独特の味わいだ。自然派ワインはよく「うま味がある」と表現されるが、これは、酵母など有用な微生物の死骸がアミノ酸に分解され、ワインに溶け込むためとも言われている。一般のワインは「用済み」の微生物はろ過などによって取り除いてしまうため、微生物の効用は少ない。自然派ワインは「のど越しが良くスルスル飲める」という感想もよく聞く。

映画も公開

自然派ワイン人気は、日本だけでなく、世界的な現象だ。今月初めには、自然派ワインを題材にした海外のドキュメンタリー映画が、2本同時に東京都内の映画館で公開され、現在も上映中だ。一つは、ワイン発祥の地とされるジョージアでロケした米映画「ジョージア、ワインが生まれたところ」。もう一つは、南フランスで自然派ワイン造りに情熱をかける人々を追った仏映画「ワイン・コーリング」。

「ジョージア、ワインが生まれたところ」のエミリー・レイルズバック監督は、「現在、日本で自然派ワインを造っている人たちを取材した映画を制作中」と話す。すでに北海道などでのロケを終了しており、来年にも公開予定という。

自然派ワイン人気は、食の世界全体で起きている「有機」「無添加」「自然志向」などの流れとも一致している。自然派ワインや有機ワインの生産者は世界的に増えており、飲み手だけでなく、造り手の意識も変わりつつある。

5月に出版された『ナチュラルワイン』(誠文堂新光社)では、全国48軒のワインショップと126軒のレストランを、自然派ワインを置いている店として紹介している。今年のボージョレ・ヌーボー解禁日は、いつもとちょっと趣向を変え、自然派ヌーボーで祝うのも一興かもしれない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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