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ノート(101) 検察捜査への不当な政治介入と締めくくりが見えてきた最高検の検証活動

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

~整理編(11)

勾留56日目

衝撃的なビデオ流出事件

 11月も中盤となったこの当時の報道は、ほんの2か月前にマスコミで大騒ぎしていた証拠改ざん事件など忘れたかのように、現職の海上保安官によるビデオ流出事件で埋め尽くされていた。

 9月に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件から派生し、11月4日に動画配信サイトにアップロードされ、インターネット上で一気に拡散されたものだった。テレビのない拘置所の自殺防止房では問題の動画を見ることなどできなかったが、ラジオの報道によれば、中国漁船が海上保安庁の巡視船に故意に激突している場面が録画されている、との話だった。

 4日後には最高検が福岡高検に検事複数名を派遣し、国家公務員法の守秘義務違反罪で捜査を始めた。ビデオにアクセスでき、アップロードできた人間を絞り込んでいけば、犯人が誰か容易に特定できる。

 動きは早く、実際に特定に至り、捜査着手から4日後であるこの日の前日には、警察との間で逮捕するか否かの協議に入っていた。くしくも亡き父と同じ海上保安官という役職だったし、僕と同じ年齢であり、やはり厄年には何か起こるんだなと痛感するとともに、特に気になって捜査の推移を見守っていた。

 そうしたところ、この日のニュース報道によると、検察が海上保安官の逮捕を見送り、懲戒処分の結果を踏まえ、起訴するか否か決めることにした、とのことだった。

 海上保安官の弁護人の話では、本人は「日本から遠く離れたところでどんなことが起こっているのかを広く国民に知ってもらい、考える契機にしてもらいたかった。間違ったことをやったとは思っていない」などと供述しているという。

明らかに不可解で弱腰な対応

 そもそも、わが国の領海を侵犯した中国漁船の船長を逮捕するのは当然の話だったし、検察としても公務執行妨害罪などで起訴し、裁判の場でその刑事責任を厳しく追及すべきだった。なぜ検察は船長を釈放し、帰国させたのか。那覇地検が福岡高検、最高検にまで決裁や指揮を仰いだ結果であり、三長官報告事件として法務大臣にまで報告が上がっている事案にほかならなかった。

 時の官房長官は、検察独自の判断で釈放が行われたもので、政治介入などなかった、という認識を記者会見で示していた。しかし、ここまで卑劣かつ悪質な犯行で、検察が船長の釈放に前向きだったとは考え難かった。

 自らの身を危険にさらして海域の治安と安全を守っている海上保安官にとっても、ビデオという確たる証拠があるにもかかわらず、船長を釈放した不可解な検察の対応など絶対に納得できなかったことだろう。ビデオの存在や内容を広く国民に知ってもらいたい、という気持ちもよく理解できた。

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元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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