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W杯代表引退を明言する本田選手が、静かに始めていた小さなメディア実験

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
本田選手がW杯の次に見据えるのは、選手とメディアの健全な仕組み作りかも。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 サッカー日本代表の衝撃のベルギー戦から、もうすぐ丸一日が経とうとしています。

 筆者も含めて、まだ結果をなかなか受け止められていないサポーターの方々も多いのではないかと思いますが。

 初の決勝トーナメントでの2ゴールをはじめ、アジア勢初の南米撃破など、日本サッカー界に新しい歴史を刻んだ今回のサッカー日本代表が、実はプレーの裏側で、もう1つ新しい取り組みを始めていたのをご存じでしょうか。

 その取り組みの名は「REALQ アスリートβ

 「ファンが一番知りたいことを選手に伝えるプロジェクト」と銘打たれたその企画は、本田圭佑選手の提案によりロシア大会限定で実施されているテスト的なプロジェクトです。

■選手が直接ファンの質問に答えてくれる

 このプロジェクトで実施されていることは、至ってシンプル。

 

 まずプロジェクト参加希望者が、税込み1080円のREALQアスリートβ参加権を購入すると、REALQアスリートβのFacebookグループに参加することが可能になります。

 そしてこのFacebookグループで、選手に対する質問を書き込んで、他のメンバーによる「いいね」が集まると、その質問に回答してもらえる確率が高くなる、という仕組みです。

(出典:REALQアスリートβウェブサイト)
(出典:REALQアスリートβウェブサイト)

参考:REALQアスリートβウェブサイト

 こうやって書くと、その取り組みの新しさがなかなか伝わらないかもしれませんが、日本代表サポーターの方々には、日本代表選手に直接自分の質問に回答してもらえる、ということの凄さは、きっと分かって頂けるのではないかと思います。

 しかも、このプロジェクトが始動したのはセネガル戦直後の6月25日。

 筆者自身がプロジェクトに参加したのはポーランド戦後の6月29日でしたが、選手達が質問に回答してくれたのは、まさにW杯開幕中の現在進行形の出来事なわけで、正直最初はあまりの新しい仕組みに、少し信じられない思いがありました。

 ウェブサイトにも本田選手のコメントが掲載されていますが「今回W杯で集まって、選手たちと話していたら、パッとあるアイデアを思いついたんです。」とのことなので、まさにW杯中に思いついて、W杯中に募集をはじめて、W杯中に集まった質問に、実際に代表選手達が回答してくれる、という現在進行形のプロジェクトです。

 ちなみに、このREALQアスリートβを設立したのは、スポーツライターの木崎伸也さん。

 スポナビで連載されていたサッカー小説「アイム・ブルー」の著者としてもお馴染みですが、本田選手のファンの方には、Numberでの本田選手の「オレのコメントなしの記事、楽しみにしてるよ」という逸話の人と言う方が分かりやすいかもしれません。

参考:3週間の密着取材で得られたのは「たったの一言」 本田圭佑選手の取材の舞台裏

 おそらくは長年の二人の関係値が積み上がっているから、こんな急な思いつきを形にすることができているのではないかと思います。

 

■既存メディアは本当にアスリートとファンのためになっているのか?

 当然、Facebookグループで出た全ての質問に全ての選手が回答してくれるわけではありませんが、既に多くの選手が練習の合間に質問に答えてくれていますし、特に印象的なのは、やはりこの企画の言い出しっぺでもある本田選手の積極的な姿勢。

 このグループでは基本的には、投稿された質問に対してREALQ編集部が選手の代理で回答する形式がとられているのですが、本田圭佑選手だけは、自らのFacebookアカウントらしきアカウントで、積極的に質問者にコメントしたり、グループ参加者全体に疑問を投げかけたりと、非常に積極的に参加者とコミュニケーションをとっているのが実に印象的です。

 REALQアスリートβのウェブサイトにも書かれていますが、本田選手の問題意識は、既存のメディアがアスリートやファンのための質問をできているのか?という点にあるようです。

 

 現実問題として、既存大手メディアとアスリートの関係は、時に乖離が大きくなることは良く指摘されています。

 象徴的なのは、サッカーワールドカップやオリンピックのような世界大会において、開催前から金メダル獲得を喧伝して選手に大きなプレッシャーを与えてしまったり、勝って当然という報道から一転して一斉にバッシングするような展開が多いことでしょう。

 特に国際大会におけるメディアの特ダネ獲得競争は、時にアスリートやファン、サポーターの思いとは全く違う次元の戦いを生んでしまうこともあります。

 例えば、今回のロシア大会でも、ポーランド戦の6人替えのスタメンが、正確に一部メディアに漏えいしてしまったという出来事がありました。

 この漏えいが、関係者によるものなのか、メディアによる覗き見なのかは、はっきりしていませんが、ポーランド戦後に本田選手や長友選手が明確にメディアに対する問題提起をしていたのは、非常に象徴的な出来事と言えます。

参考:長友が“スタメン漏洩問題”に言及「ちょっとした情報も命取りになりかねない」

 また、今回のロシア大会においても、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」に本田選手が出演した際、NHK側が予告で「ハリルホジッチ監督解任の舞台裏」という実態とは異なる文言で視聴を煽り、最終的に本田選手及び関係者に謝罪するという出来事もありました。

参考:NHK『プロフェッショナル』本田圭佑選手にお詫び「誤解を招く表現でした」

 NHKのような大手テレビ局においても、こうした視聴率欲しさのためのやり過ぎ行為が見られるわけです。

 セネガル戦後の本田選手は、叩かれるのを楽しんでる部分もあると明言していますが、一方で自分以外の選手の上げ下げを楽しむことを控えるように提言していたのも印象的でした。

参考:本田、自分以外は“叩かないで”「上げ下げ楽しむのは僕だけに」

■私たちは大きな革命につながる小さな変化を目撃しているのかも

 もちろん、REALQアスリートβは、まだまだ小さな実験ですし、これがメディアとアスリートとファンの関係をどのように変えていく可能性を秘めているかは今のところは全くの未知数です。

 ただ、既に今回の本田選手や長友選手のような積極的にSNSを活用する選手が、メディアとアスリートの関係を少しずつ変え始めているのは間違いありません。

参考:長友、平愛梨夫妻のW杯が最後まで最高すぎる

 REALQアスリートβは、SNSで「自分から自慢することが好きじゃなかったり、自分の活動を報告するニーズをわからなかったりする」大多数の選手達のための、価値のある質問を作ってぶつけるプラットフォームを模索している仕組みだそうです。

 アスリートとファンが直接コミュニケーションができる仕組みが増えるというのは、既存メディアにとっては存在意義を問われる出来事でもありますし、アスリートとメディアの間に良い意味での緊張感を生む結果につながるかもしれません。

 

 最近では日大の謝罪会見のようなネットで生中継される記者会見において、メディアの質問のレベルが低いことが視聴者側から厳しく指摘されることも増えてきましたし、こうした新しい仕組みが、スポーツ報道や中継のレベルアップにつながり、ひいては日本におけるスポーツ界全体のレベルアップに貢献することも十分あり得ると思います。

 本田選手は、今回のロシア大会を最後に日本代表を引退することを明言していますが、REALQアスリートβのインタビューでは「今後のスポーツアスリート、特にオリンピアンたちにとってすごく意義のあるプロジェクトになるんじゃないかなと思います」と、本人にとってこのプロジェクトが、今後のアスリート支援という意味でも重要なプロジェクトになる可能性があることを明言しています。

 そういう意味では、本田選手にとってこうしたアスリートとメディアの関係を見直すための取り組みは、今回のW杯を最後と公言している自分自身の次に注力するライフワークの1つとして、かなり本気で考えているプロジェクトなのかもしれないな、と感じてしまうのは私だけでしょうか?

 残念ながら、日本代表のロシアW杯は終わってしまいましたが、REALQアスリートβのプロジェクト自体は7月16日のW杯閉幕まで続くようです。

 本田選手によると「このテストで手応えがあれば、W杯後に本格的に始動させることを検討したい。まったく話にならないようなものになれば、ボツにして次の模索を始めたい。」とのこと。

参考:REALQアスリートβウェブサイト

 個人的にも、このロシアW杯をきっかけにして生まれた、本田選手の新しいプロジェクトが、どんな形で育っていくのか注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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