38歳で400名の一流料理人トップとなる帝国ホテル 東京料理長に就任した杉本雄氏は何者なのか?

帝国ホテル 東京料理長に就任した杉本雄氏/帝国ホテル提供

シェフは料理人のトップ

以前、シェフは料理人を意味しているのではないと述べたことがあります。シェフは料理人のトップのことなので、全ての料理人がシェフではありません。

残念ながら、メディアやジャーナリストの方でも間違えていることは多く、全ての料理人に対してシェフと呼びかける方もいます。

シェフの正式名称はシェフ・ド・キュイジーヌですが、おそらく飲食業界に詳しい人でなければ、あまり聞いたことがない言葉でしょう。

組織化されたシェフ

それぞれのレストランにシェフがいますが、大きなレストランでは、二番手シェフであるスーシェフ、部門シェフであるシェフ・ド・パルティエ、製菓製パン部門トップのペストリーシェフなども置かれます。

場合によってはプロデュースを主に行うエグゼクティブシェフを設け、その下にシェフがいることもあるでしょう。

ひとつのレストランではこのような組織となっていますが、ホテルとなるとまた少し事情が異なってきます。

ホテル料理長や総料理長

ある程度大きなホテルでは複数のレストランを擁しており、それぞれにシェフがいます。そして、そのシェフたちを束ねる料理人として、ホテル料理長や総料理長がいるのです。海外ではヘッドシェフやエグゼクティブシェフと呼ばれます。

ホテル料理長や総料理長といえば、調理技術と創造性が優れていることは当然のことながら、大きな組織をまとめるためのリーダーシップや統率力、人間性やコミュニケーション能力も重要です。

したがって、外資系を除く大きな日本のホテルでは、50代以降の料理人がその職に就いています。

最近の例外として挙げられるのは、2018年9月1日に浦和ロイヤルパインズホテルの総料理長に就任した1978年生まれの竹下公平氏ではないでしょうか。

こういった業界の傾向がある中で、日本を代表するあるホテルで大きな動きがありました。

新しい東京料理長が就任

その大きな動きがあったホテルとは、1890年に開業した伝統と格式のある帝国ホテルです。

1980年生まれの杉本雄(すぎもとゆう)氏が2019年4月1日から帝国ホテル 東京料理長に就任しました。誕生日を迎える前なので、驚くことに38歳という若さになります。

東京料理長とは、帝国ホテルのフラッグシップである帝国ホテル 東京において、約400名にもなる優秀な料理人たちを率いるトップの料理人を意味するのです。

帝国ホテルは東京五輪と関わりが深い

専務執行役員総料理長を務めていた田中健一郎氏は特別料理顧問に就きました。

田中氏は、2015年に厚生労働省認定「現代の名工」、2017年に文化庁長官表彰を受賞しており、2020年の東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の「飲食戦略検討会議」委員を務めたり、五輪・パラリンピックの飲食メニューを有識者が助言する「アドバイザリー委員会」座長に就いたりと、日本の食文化に大きく寄与している料理人です。

<食通の常識 バイキングと東京五輪に関わりが深いあの偉大な料理人は誰?>で紹介した村上信夫氏は、帝国ホテルで第11代料理長および初代総料理長を務め、尊敬の念を込めて「ムッシュ村上」と呼ばれました。

村上氏は1964年の東京五輪で「富士食堂」の料理長を担い、全国から集まった300人もの料理人をまとめあげ、選手たちに最高のコンディションで競技に望めるようにと、各国の料理を研究して提供しました。

このように帝国ホテルは東京五輪に大きく関わってきただけに、2020年の東京五輪・パラリンピックを目前にした今、杉本氏が東京料理長に就任したことは、より大きな注目に値するのです。

異色で輝かしい経歴

帝国ホテル 東京料理長に就任した杉本氏/著者撮影
帝国ホテル 東京料理長に就任した杉本氏/著者撮影

では、東京料理長に就任した杉本氏とは、どのような料理人なのでしょうか。まずは経歴から紹介しましょう。

杉本雄氏のプロフィール

  • 1980年11月7日 出生
  • 1999年3月 学校法人後藤学園 武蔵野調理専門学校卒業
  • 1999年5月 株式会社帝国ホテル 入社
  • 2000年4月 調理部レストラン調理課 レ セゾン
  • 2004年4月 退職し渡仏
  • 2004年 ホテル・レクラン(Hotel L’Ecrin)
  • 2006年 ホテル・ドゥ・キャランテック(Hotel de Carantec)
  • 2006年 ホテル・ル・ムーリス(Hotel Le Meurice)

※ ヤニック・アレノ、アラン・デュカスのもとシェフを務める

※ 同ホテルのレストラン(3つ星)にて責任者の役割を担う

  • 2014年 レストランレスペランス(2つ星) 総料理長
  • 2016年 レストランスクエア(ロンドン)総料理長
  • 2017年 4月 株式会社帝国ホテル 再入社

調理部宴会調理課支配人

  • 2019年4月 東京総料理長就任

帝国ホテルに入社してフランス料理を学んでから渡仏し、フランスの名だたるレストランで今を代表する料理人のもとで研鑽を積んできました。

特筆するべきところは、ホテル・ル・ムーリスの在籍時に、最初はヤニック・アレノ氏のもとで、2013年からは後を引き継いだアラン・デュカス氏のもとで働いたことでしょう。

アラン・デュカス氏はいわずと知れたフランス料理界の至宝であり、史上最年少でミシュランガイド3つ星を獲得した料理人です。ヤニック・アレノ氏は現在最も注目されている料理人のうちの1人で、フランス国内で唯一ミシュランガイド3つ星レストランを2つも擁しています。

おそらく杉本氏は、この2人の希代なる天才のもとで、その哲学や調理技術を直に学んだ数少ない料理人ではないでしょうか。

フランスのミシュランガイドで3つ星を獲得するレストランで要職を務めるだけでも驚くべき快挙です。しかし、それにもまして、その後日本へ帰り、再び帝国ホテルへ入社したことは思い切った選択と決断、そして慧眼であったといってよいでしょう。

一流ホテルの料理人は結束が固く、組織化されているだけに、料理人の出戻りはほとんど例をみません。物事の流れが早い時代に合わせて、フレキシブルに対応できる帝国ホテルは懐が深くて素晴らしいと思います。

突出した実績

次に杉本氏の実績を紹介しましょう。

杉本雄氏の実績

  • 2012年2月

「プロスペール・モンタニエ料理コンクール」優勝(日本人初)

  • 2012年9月

「ル・テタンジェ・国際料理コンクール」フランス大会 優勝

  • 2012年11月

「ル・テタンジェ・国際料理コンクール」インターナショナル 2位

「プロスペール・モンタニエ料理コンクール」はフランスでも歴史の長い料理コンクールで、今年2019年2月4日に第69回目が開催されました。世界中から参加者が集まりますが、日本人で初めての優勝者となります。

ちなみに、杉本氏の優勝を皮切りにして、2014年にホテルメトロポリタンエドモントの隈元香己氏、2019年に大阪のレストラン「プレスキル」の林啓一郎氏が優勝しました(フランスレストラン文化振興協会<略称APGF>に確認済み)。

日本でも知名度の高い「ル・テタンジェ・国際料理コンクール」においては、日本大会ではなく、フランス大会で優勝しているところが注目です。フランス大会に出場した日本人は全部で3人いますが、優勝したのは杉本氏だけです(フランス文化を識る会<略称ACF>に確認中)。そして、その年の決勝大会であるインターナショナルで2位を獲得しました。

インターナショナルの日本人優勝は1984年第18回の堀田大氏、そして2018年第52回の関谷健一朗氏だけしかおらず、入賞するだけでも非常に栄誉なことなので、準優勝を果たしたのはとても素晴らしいことです。

こういった経歴を鑑みれば、杉本氏が世界レベルの料理人であることが容易に理解できるのではないでしょうか。

杉本氏のインタビュー詳細

盛り付けをする杉本氏/帝国ホテル提供
盛り付けをする杉本氏/帝国ホテル提供

では、杉本氏はどういった考えや哲学をもっているのでしょうか。

正式なアナウンス後、東京料理長に就任する直前にインタビューする機会をいただけたので、詳しく紹介します。

Q:なぜ帝国ホテルを辞めてフランスへと渡ったのですか?

杉本氏:帝国ホテルに入社して「レ セゾン」に配属となりフランス料理を学びました。フランスからシェフを招聘するフェアが行われた際に、来日したシェフがもつ集中力とパワーを目の当たりにし、フランスで学んでみたいと思うようになりました。

ただ、ホテルに在籍しながら研修の機会を得ることも考えましたが、フランスでじっくりと働いてみたいと考えて、退社する決意をしました。

Q:どういった経緯で、フランスから帰り、帝国ホテルに戻ったのですか?

杉本氏:フランスへ渡った時には、お世話になった帝国ホテルを退社して申し訳ないという気持ちがありました。もう二度と帝国ホテルの敷居はまたげないと思っていました。

しかし、後にフランスへ研修等で訪れた帝国ホテルの料理人の先輩方にフランスを案内するなどして改めて関わりを深めていく中、ある時、田中健一郎特別料理顧問(元総料理長)がパリへいらした際、食事をともにする機会をいただきました。

それ以来、連絡を取らせていただくようになり、帝国ホテルに戻ってくる運びとなりました。

Q:フランスでやり残したことはありませんか?

杉本氏:フランスでは、2012年にプロスペール・モンタニエ料理コンクールに出場して日本人で初めて優勝したり、ミシュランガイドで星を獲得したりしましたが、やりたいことはまだたくさんありました。日本人で初めてとなるM.O.F.(フランス国家最優秀職人章) も取得したかったです。

しかし、海外でやり残したことと帝国ホテルに再び戻ることとを考えた時、非常に思い入れが深く、自分のルーツである帝国ホテルで再びチャレンジしたいという気持ちの方が勝りました。日本に帰ってくる、というよりも「帝国ホテルだから」帰ろうという決心でした。

Q:ご自身では、東京料理長に選ばれた点をどのように考えていますか?

杉本氏:帝国ホテルは130年を迎えようとしており、素晴らしい先輩方がたくさんいらっしゃいます。そして、これからますます発展していかなくてはなりません。私が選ばれたのは、海外での様々な経験や、新しい時代への「挑戦」に求められる若さや感性が理由ではないかと考えています。

Q:帝国ホテル 東京料理長にはどのようなイメージをもっていますか?

杉本氏:日本を代表するホテルの料理長であり、帝国ホテルの顔にならなければならないと思っています。しかし、シンボルになるだけではいけません。調理技術や実務能力があることはもちろん、多くの人に信頼される人間でなければならないと考えています。

Q:料理人として大切にしていることは何ですか?

杉本氏:一言でいえば「リスペクト」でしょうか。食材やそれをつくった生産者、サービススタッフや調理スタッフを尊敬・尊重する姿勢が大切です。

愛情も重要であると思います。愛情がなければリスペクトすることはできないからです。家族につくる時と同じように、いつも愛情を注いで料理をつくれば、その気持が料理に伝わり、おいしく食べていただけると考えています。

Q:尊敬している料理人は誰ですか?

杉本氏:まず田中特別料理顧問です。帝国ホテルの調理部門を20年も引っ張ってきたことは並大抵のことではありません。人間としても非常に尊敬できる方で、私がこれから東京料理長の役割を担うにおいて、まさに手本となる料理人です。

また、パリを代表するホテルの一つであるホテル・ル・ムーリスでヤニック・アレノ氏とアラン・デュカス氏のもとで働き、そのお二人も尊敬しています。

ヤニック・アレノ氏には憧れています。ダイナミックでパワーがみなぎっており、強いリーダーシップがあります。他人の真似はせず、自分たちは常に真似される側であるという自負のもと、新しい料理を創り出し続けています。

アラン・デュカス氏は卓越した調理技術をもっており、それまでの私の考え方を大きく変えてくれました。メディアやトレンドに惑わされず、料理の本質が全くぶれません。ビジネスマンとしての才覚もある類まれな方です。

Q:帝国ホテルの何を守り、何を新しくしていきたいですか?

杉本氏:これまで引き継いできた味を守っていきたいです。ぱっと思いついてすぐに作れるようなものではなく、帝国ホテルには後世に引き継がれていくべき味があると考えています。

しかし、レシピは時代によって変えていかなければなりません。食材の切り方や置き方、皿の種類や向きなど、プレゼンテーションの仕方も時代に合わせていく必要があります。ホテル内の様々な部署とも連携して、プロモーションの手法も新しくしていきたいですね。

守ることと新たな挑戦の双方を通じて、帝国ホテルが継承してきた味、そして生み出し続けている料理の魅力を伝えていきたいです。

特別フェアを開催

左から田中氏、杉本氏、ヴォワザン氏/帝国ホテル提供
左から田中氏、杉本氏、ヴォワザン氏/帝国ホテル提供

杉本氏が東京料理長に就任するにあたり、帝国ホテル 東京では特別フェアが行われます。

2019年4月16日に「レ セゾン」で、田中氏と杉本氏と「レ セゾン」シェフのティエリー・ヴォワザン氏が揃い、3名の感性を集結した一夜限りのガラディナー「GALA: Nouvelle Ere(ヌーベル エル)」を開催します。

※現在は既に満席でキャンセル待ち

2019年4月1日から5月31日にかけて「ラ ブラスリー」のランチとディナーでは、杉本氏のレシピによる「帝国ホテル東京料理長 杉本雄就任 特別メニュー」が提供されます。

どちらとも杉本氏の料理を体験できる絶好の機会なので、是非訪れてみるとよいでしょう。

料理に気持ちが伝わる

杉本氏のインタビュー全体を通して印象に残っていることは、これだけの輝かしい経歴や実績を築き上げながらも、どうしてフランスを離れたのかという問いに対して、帝国ホテルに戻って恩に報いたかったと答え、その思いがひしひしと伝わってきたことです。

近代料理における最高の巨匠アントナン・カレーム、その後継者となる飾り付けのスペシャリストであるユルバン・デュボワの愛弟子であり、フランス料理を近代化に導いた功労者であるオーギュスト・エスコフィエは「おいしい料理は真の幸福の基となる」という金言を遺しました。

これに杉本氏が語った「気持ちが伝わる料理はおいしい」という言葉を、カレームが考案したとされるミルフィーユのフィユタージュのようにぴたりと重ね合わせてみたならば、おいしい料理とは気持ちが込められた料理のことであり、気持ちが込められた料理とは幸福の礎になることが理解できるのではないでしょうか。

愛情が人に幸せをもたらすことは極めて自明なことですが、食を通した愛情もまた人に幸せをもたらすことを、100年もの時を隔てた2人の非凡なる料理人が示唆したことは、デュボワが食味の観点から導入したロシア式サービスのように、調理技術が極めて発展した時代においては、人々にとって本質的な気付きとなるのではないかと私は思うのです。