食通の常識 バイキングと東京五輪に関わりが深いあの偉大な料理人は誰?

鹿肉のノワゼット グランヴヌールソース/著者撮影

バイキングの生みの親

昨年2018年は<8月1日は生誕60周年を迎える「バイキングの日」 あなたのブッフェは時代遅れではないか?>でも紹介したようにバイキング生誕60周年でした。

そして、来年2020年には1964年以来2回目となる東京五輪が開催されます。

では、ここで質問です。

この2つのイベントに関わりが深い人物は誰でしょうか。

ヒントを加えるのであれば、日本でバイキングを生み出し、1964年に行われた1回目の東京五輪の選手村「富士食堂」で料理長を務めた、あの偉大な料理人です。

それは、帝国ホテルで第11代料理長および初代総料理長を務め、尊敬の念を込めて「ムッシュ村上」と呼ばれた村上信夫氏です。

村上氏のプロフィールは以下の通り。

村上信夫氏のプロフィール

第11代料理長/初代総料理長 (1921年~2005年)

  • 1921年5月27日 東京に誕生
  • 1939年 見習いとして帝国ホテル入社
  • 1955年 渡欧し、ベルギーの日本大使館、57年にはフランスのリッツ パリで学ぶ。
  • 1958年 日本初のブフェレストラン「インペリアルバイキング」の開店に尽力。
  • 1964年 東京オリンピック選手村食堂の料理長の一人として活躍。
  • 1969年 帝国ホテル11代料理長に就任
  • 1975年 英国エリザベス女王来日の際の午餐会にて、のちに帝国ホテルの名物料理の ひとつとなる「海老と舌平目のグラタン"エリザベス女王"風」を提供。
  • 1984年 黄綬褒章 受章
  • 1985年 現代の名工 受章
  • 1994年 勲四等瑞宝章 受章
  • 2000年 フランス農事功労章 シュヴァリエ 受章
  • 2005年8月2日 84歳で永眠

1933年の時に12歳で「浅草ブラジルコーヒー」で働き始め、18歳で帝国ホテルへ入社してからは、帝国ホテル一筋で料理の道を極めていき、多くの勲章を受賞しました。

数々の重要な食の歴史の舞台に立ち会った村上氏は、まさに日本におけるフランス料理の伝説です。

また、ホテル界やフランス料理界のみならず、テレビの料理番組出演によって、一般の主婦にまで大きな影響を与えました。

グルメの偉人

「村上信夫 史料や写真で綴る『人生はフルコース』」の褒章/著者撮影
「村上信夫 史料や写真で綴る『人生はフルコース』」の褒章/著者撮影

バイキングは現代ではブッフェともいわれて日本で確固たる地位を築いています。2020年東京五輪の「飲食提供基本戦略の検討メンバー」には村上氏の愛弟子であり、その哲学や技を継承した帝国ホテル専務執行役員 総料理長である田中健一郎氏が唯一の料理人として名を連ねています。

<村上信夫を知らずして食通を気取るな【グルメ偉人伝】>でも、グルメ偉人として詳しく紹介しましたが、村上氏は日本のフランス料理の黎明期を牽引してきただけにとどまらず、料理界の仕組みを改革し、新しい料理の味やスタイルを創造し、料理人のイメージを向上させてきました。

その村上氏が1969年に第11代料理長に就任してから、今年が50周年の節目にあたるということで、帝国ホテル 東京では多くのプロモーションが行われています。

料理長就任50周年を記念するプロモーション

「村上信夫 史料や写真で綴る『人生はフルコース』」/著者撮影
「村上信夫 史料や写真で綴る『人生はフルコース』」/著者撮影

帝国ホテル 東京で行われているイベントは以下の通りです。

  • インペリアルバイキング サール 「村上信夫とバイキング」

1958年「インペリアルバイキング」誕生に尽力した村上氏から受け継ぐ伝統の料理をブフェスタイルで提供

期間:2019年1月10日(木)~2月28日(木)

  • ラ ブラスリー 「村上信夫の"人生はフルコース"」

帝国ホテルに受け継がれる味をシェフがコース仕立てに仕上げる

期間:2019年1月15日(火)~3月14日(木)

  • ランデブーラウンジ・バー 「村上信夫オリジナルカクテル」

村上氏へ想いを馳せる2種類のカクテルを提供

期間:2019年1月15日(火)~3月14日(木)

  • ホテルショップ ガルガンチュワ 「ババロア」

村上氏が料理長を努めていた時代に、帝国ホテルの宴会場やレストランで提供されていたデザートメニューをアレンジして提供

期間:2019年1月7日(月)~2月28日(木)

どれも村上氏にゆかりのあるプロモーションばかりです。 

特に、村上氏による「インペリアルバイキング」の後継ブッフェレストランである「インペリアルバイキング サール」や、村上氏のレシピによるフランス料理が楽しめる「ラ ブラスリー」の料理は、グルメ好きとしては体験しておきたいものでしょう。

展示も実施

2018年12月26日から2019年10月31日(予定)にかけては、帝国ホテル 東京の本館1階にある展示スペース「インペリアルタイムズ(IMPERIAL TIMES)」で「村上信夫 史料や写真で綴る『人生はフルコース』」を開催しており、村上氏の偉大なる軌跡を辿ることができます。

展示会では直筆のレシピ本や着用したコックコート、勲章、さらには、1964年に開催された東京五輪と村上氏の写真が無料で鑑賞できるので、是非とも直接訪れて記憶に銘記しておきたいものです。

本館17階「インペリアルバイキング サール」の広いウェイティングスペースには、バイキングレストラン開店の歴史などが展示されているので、こちらも併せて鑑賞しておくとよいでしょう。

「ラ ブラスリー」で伝統の味を体験できるコース

帆立貝のムースリーヌスモークサーモン添え フヌイユ風味/著者撮影
帆立貝のムースリーヌスモークサーモン添え フヌイユ風味/著者撮影

村上氏の料理長就任50周年に関して様々なイベントが行われていますが、特に注目したいのが「ラ ブラスリー」のプロモーションです。

「ラ ブラスリー」で行われている「村上信夫の"人生はフルコース"」は、村上氏がフランス「リッツ パリ」で現代フランス料理の祖と呼ばれるオーギュスト・エスコフィエの直弟子であるアンリ・ル・ジュールのもとで修業し習得したレシピをもとにし、帝国ホテルに受け継がれる味を、「ラ ブラスリー」シェフの八坂繁之氏がコース仕立てにしています。

村上信夫の"人生はフルコース

  • アミューズブーシュ

帆立貝のムースリーヌスモークサーモン添え フヌイユ風味

  • 前菜

鴨とオレンジの美食家風サラダ

  • スープ

サツマイモのポタージュ アルジェリエンヌ

  • 魚料理

ソールのポシェ メッテルニヒ風

  • 肉料理

鹿肉のノワゼット グランヴヌールソース 又は 国産牛サーロインのグリエ 生姜風味 ニノン風ポテトを添えて

  • デザート

フランス風パンプディング

  • コーヒー

コースはアミューズから始まって前菜の次にスープが入り、魚料理、肉料理、デザートとオーセンティックなフルコースとなっています。

ムースリーヌやソール、グランヴヌールソース、パンプディングなど、これぞ王道のフランス料理といった食材、調理方法、料理が見受けられるので、しっかりとしフランス料理好きには嬉しいこと間違いありません。

注目料理

鴨とオレンジの美食家風サラダ/著者撮影
鴨とオレンジの美食家風サラダ/著者撮影

では、注目したい料理を詳らかにみていきましょう。

「鴨とオレンジの美食家風サラダ」はグリーンリーフにチコリ、厚い鴨肉のスライスに爽やかなオレンジから構成されています。「美食家風」メニュー名らしくたっぷりと散らされたキューブ状のフォアグラと細切りした黒トリュフがよいアクセント。

「ソールのポシェ メッテルニヒ風」は舌平目にオランデーズソースをかけて、蒸し焼きにした料理です。オランデーズソースの酸味が、舌平目が内包する旨味の輪郭をよりはっきりとさせています。定番の組み合わせですが、非常に余韻を残す味わい。

サツマイモのポタージュ アルジェリエンヌ/著者撮影
サツマイモのポタージュ アルジェリエンヌ/著者撮影

「鹿肉のノワゼット グランヴヌールソース」は、クラシックなレシピらしく鹿肉にしっかりと火入れしています。グランヴヌールソースの胡椒の香りや果実の酸味が、火がよく入った鹿肉の味わいを穏やかに包み込んでいます。トランペット茸など、キノコ類もたっぷりです。

「フランス風パンプディング」は、日本人でも思い浮かべられるクラシックなデザート。しっとりとしていながらも、しっかりとした歯応えのあるパンプディングです。上にはバニラアイス、周りにはラムレーズン入りのカラメルソースとメリハリが効いています。

イベントの回数

ソールのポシェ メッテルニヒ風/著者撮影
ソールのポシェ メッテルニヒ風/著者撮影

村上氏が逝去した2005年から既に約14年を経ていますが、村上氏のイベントは今回で何回目なのでしょうか。

最初に「オマージュ ア ムッシュ ムラカミ」というメニューを2005年に提供しました。2006年からは現在の「村上信夫の"人生はフルコース"」というタイトルでフェアを開催し、今年2019年で13回目を迎えます。

1年に1度の開催であると計算すれば2019年で14回目の開催となりますが、2016年からは村上氏の命日である8月から冬に開催日を変更しました。その理由は、村上氏が残した膨大なレシピの中から、是非とも紹介したい素晴らしい冬のメニューがあったからということです。

開催日を変更したため、2016年から2017年は年をまたいだ開催となり、1回少ない計算となっています。

背景

鹿肉のノワゼット グランヴヌールソース/著者撮影
鹿肉のノワゼット グランヴヌールソース/著者撮影

では、今回で13回目を迎えるコースは、昨年とどのように異なるのでしょうか。

八坂氏は「今年はジビエを取り入れているのが大きな特徴。村上のレシピの中にはジビエメニューも多く遺されているが、その中でも選りすぐりの鹿肉料理を取り入れた。一品でも多く村上が遺した素晴らしいメニューをゲストに体験していただきたいので、私がシェフに就任してからは、同じメニューを提供したことはない」と明快に答えます。

「本当に膨大なレシピが残っているので、選択肢が無限にある」と補足しますが、コースはいつくらいから考え始め、いつ決定したのでしょうか。

八坂氏は「構成は昨年の秋頃から考え始め、12月頃には決定していた。ただ、当時と現在とでは、食材の質や大きさなどが異なっていたり、機材などの関係で忠実に技法を再現できなかったりと課題もあった」と苦労があったとします。

続けて「そういう課題に直面するたびに、村上だったらどうするか、どうすれば村上の味を忠実に再現できるかと自問自答を繰り返し、試作研究を重ねていった。今もなお、日々微調整をかけながら、ゲストによりご満足いただける『ムッシュの味』を追求している」と、料理に妥協を許さない八坂氏らしい姿勢が感じられます。

ゲストの反応を尋ねると「期間中、2度いらっしゃる方もいるほど好評をいただいている」と話しますが、この理由は、「村上のレシピは古さを感じさせず、時代を超えても風化しないので、現代のレストランで提供されていても全く違和感がない」と八坂氏自身が述べるように、村上氏の料理が当時からひとつもふたつも先をいくフランス料理だったからではないでしょうか。

村上氏の思い出を尋ねると「入社した当時から既に雲の上の存在であった。海外研修から戻り、当時『レ セゾン』で行われていたイベント『フランス料理の夕べ』で一緒に厨房に立つことはあったが、緊張してしまい、とても話しかけられなかった」と述懐する八坂氏が「来年も研究を重ねて同じ時期にフェアを開催したい」と力強く述べる様子をみると、来年は村上氏のレシピの中からどの料理が紡がれることになるのかと、今から大きな期待がもたれます。

料理は愛情

フランス風パンプディング/著者撮影
フランス風パンプディング/著者撮影

私には、村上氏が遺した言葉の中で、特に印象に残っている言葉があります。

それは、サインやメニューによく記していた「料理は愛情」です。「今まで食べたものの中で、一番おいしかったものは、お母さんが作る手料理。なぜかと言えば、よい材料がなくても、よい道具がなくても、子供においしいものを食べさせたいという気持ちが詰まっているから」と村上氏は理由を述べています。

今日のガストロノミーでは、様々な調理器具が登場し、真空調理や減圧調理が当たり前となっています。分子調理や単音調理といった分野が確立され、ジャンルもますます融合しているといってよいでしょう。

このように料理は確実に科学の領域に内包されるようになっていますが、村上氏の「料理は愛情」という言葉を反芻してみると、料理のおいしさの根源はどこにあるのかと、いつも改めて気付かされるのです。