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真珠湾と9・11とハマスの奇襲攻撃を同列に並べると湧いてくるのは

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(720)

神無月某日

 10月17日、米国のバイデン大統領がイスラエルのネタニヤフ首相と会談するため米国を飛び立つ直前、イスラエルのガザ地区にある病院が空爆され、約500人が死亡したと中東の衛星テレビ局アルジャジーラが伝えた。

 バイデンはネタニヤフとの会談後にヨルダンを訪問し、パレスチナ自治政府のアッバース議長やヨルダンのアブドラ国王、エジプトのシシ大統領とも会談してバランスを取る予定だったが、病院爆撃で「喪に服す」と言うアッバースの申し出により、訪問を延期せざるを得なくなった。

 ネタニヤフとの2人だけの会談は、まもなく始まる地上戦に米国がお墨付きを与える形になりかねない。しかしバイデンにはイスラエルの行動を押さえる選択肢もない。イスラエル支援を表明しない大統領候補者はいないのが米国政治の現実だ。それに逆らえば落選が確定する。

 バイデンはネタニヤフに対し、イスラエル支援を改めて表明すると共に、病院空爆を行ったのはイスラエルではなく「他の勢力」だと言い、イスラエル当局が主張する「イスラム聖戦の誤射」に沿う見解を示した。これによって中東地域では「反米」の声が一斉に上がり、各地で反米抗議運動が展開され始めた。

 時を同じくして中国の北京では「一帯一路」の10周年フォーラムが開かれ、ロシアのプーチン大統領が招かれて「中露蜜月」を演出した。習近平国家主席とプーチンの2人は米欧との対決を念頭に連携を強化する姿勢を示し、イスラエルとハマスの衝突についても米国のバイデン政権とは一線を画しパレスチナ寄りの立ち位置を鮮明にした。

 一方で国連安全保障理事会はブラジルが提案した「人道支援のための一時停戦案」を採決したが、15カ国のうち日本、フランスなど12カ国が賛成し、英国とロシアは棄権した。反対は米国だけだったが、常任理事国である米国の拒否権で「停戦案」は否決された。

 フーテンの目から見るとバイデン外交はまたしても失点を重ねた。英国のスナク首相やフランスのマクロン大統領がイスラエルを訪問し、地上戦開始の時間稼ぎをするようだが、それが終わればいよいよ凄惨な地上戦が始まる。

 空爆で破壊されたガザの映像を見ると、ウクライナでのロシア軍以上の破壊力が行使された。それは次に始まる地上戦闘の激しさを予感させ、その映像が世界に配信されれば「反米」のうねりが中東以外の地域にも拡大していく恐れがある。バイデン外交はそうした状況に道を開いた。

 ところで今回のハマスの奇襲攻撃について、イスラエルや西側世界は「第二次大戦時の日本軍による真珠湾奇襲」と「アルカイダによる9・11同時多発テロ」と同列視する。それだけ事前には察知できない衝撃的事件だと言いたいのだろう。

 しかしフーテンが最も引っかかるのは、イスラエルが本当に知らなかったのかという疑問である。「真珠湾攻撃」や「9・11」と並べられるとますます疑いたくなる。「真珠湾」も「9・11」も米国政府は知らなかったとされているが、実は知っていたという見方が存在するからだ。

 まず今回のハマスの奇襲攻撃である。報道によれば2年前から計画されていたが、極秘に準備されて少数の幹部しか知らなかったと言われる。大量の武器は部品のまま持ち込まれ、ガザで組み立てられたと言う。

 それにしても武器の量の多さは半端ではない。それを組み立てる武器工場のようなものが狭いガザにあったことになる。イランや北朝鮮が支援していたとも言われるが、それがイスラエルやエジプトに気づかれずに海や陸から運び込まれたのだろうか。どうやってという疑問が残る。

 イスラエルの諜報機関は「世界最強」と言われる。対外工作を行うモサド、国内治安を担うシンベト、軍事情報を担当するアマンの3機関があり、周囲を敵国に囲まれていることからイスラエルは諜報に国家の命運をかけている。現地人を情報提供者に仕立てるのは勿論、通信傍受や監視体制も万全にしていたはずだ。

 それがなぜ気付かなかったのか。言われているのは情報をある程度は掴んでいた。しかし軽く見ていたというのだ。これは2001年の「9・11」の時にもあった。アラブ人が米国内で飛行機の操縦訓練を繰り返していたことをFBIは掴んでいた。しかしその情報は軽く見られて置き去りにされた。

 米国内の飛行学校でアラブ人が操縦訓練していることと、その男たちが飛行機をハイジャックして建物に体当たりすることを結び付けるのは難しいかもしれない。だから軽く見られた。しかしガザで大量の武器が製造され、備蓄されている情報を軽く見ることはあり得ない。

 さらに攻撃のためには訓練が必要だ。ハマスはそれを白昼堂々と行い、9月12日にその映像をSNSで公開していた。実はハマスは2020年以降毎年12月に攻撃訓練を行い、それを公開していたという。今年はそれを前倒しし、10月7日の決行前に公開していた。

 それは戦闘員たちが分離壁のレプリカを爆発物で破壊し、ピックアップトラックでイスラエル側に侵入し、実物大の建物の間を移動して人間の形をした紙の標的に自動小銃を発射、イスラエル兵に扮した男たちを人質に取る訓練の映像だった。

 その訓練を2020年から毎年12月に3回行い、4回目の今年だけはなぜか9月に前倒ししたのだ。前倒しの意味をイスラエルは考えなかったのだろうか。攻撃の日取りは50年前の第四次中東戦争と1日違いの10月7日である。第四次中東戦争は連戦連敗のアラブ側がイスラエルに一矢報いた戦争だから、それを意識している。

 エジプトから警戒するよう情報提供もあった。しかしイスラエルはそれも無視したという。こうなると実は知っていてそれを次の展開に利用しているのではないかという気になる。「真珠湾奇襲攻撃」と同列視されるとその考えが浮かんでくる。

 フーテンたちの世代は学校の教科書で、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領の「ニューディール政策」の素晴らしさを教えられた。大恐慌で失業と貧困に苦しむ米国民を救うため、政府がダムを作り、道路を建設するなど公共事業を行った話である。

 しかしその後、いろいろな本を読み、人の話を聞くうちに、それが「眉唾」だと思うようになった。ニューディール政策で経済が上向くことはなかった。米国経済が上向いたのは第二次大戦に参戦し軍需産業に力を入れたからである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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