Yahoo!ニュース

さもしいパフォーマンス外交を見せつけた岸田総理の「なんちゃってウクライナ電撃訪問」

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(698)

弥生某日

 「岸田総理がウクライナを電撃訪問」というニュースが流れたのは、日本時間21日の正午前、テレビでWBC準決勝の「日本対メキシコ戦」が中継されている時だった。

 それを見た瞬間、フーテンは国民がテレビにかじりついているタイミングを見計らって政府の広報担当者が「電撃訪問」を発表したように感じた。

 その直後に正午のNHKニュースを見ると、トップで「岸田総理ウクライナ電撃訪問」を扱い、ポーランドで列車に乗り込む岸田総理の姿が映しだされた。さらにNHK記者が現地からその時の様子をレポートした。

 「電撃訪問」と報じられたが、岸田総理はまだウクライナに到着していなかった。到着の10時間も前に政府は「電撃訪問」を発表し、しかも岸田総理が列車に乗り込む姿をNHKに撮影させた。後に日テレ系列も撮影していたことを知るが、政府はNHKと読売だけに事前に情報を流した疑いがある。

 しかし事前に情報を流したと思われぬよう、列車に乗り込む映像は遠くから隠し撮りのようにして、いかにも独自の情報に基づいて撮影したように装っていた。だがテレビ・ドキュメンタリーを長年作ってきたフーテンの目にそれは「やらせ」に見えた。

 WBC中継の最高潮のタイミングで「電撃訪問」が発表されたのは偶然かもしれない。しかしともかく岸田政権はウクライナ到着の10時間も前に「電撃訪問」のニュースを流し、さらに列車に乗り込む映像を放送させる必要があったのだ。

 先月のバイデン米大統領の「ウクライナ電撃訪問」は、ウクライナに入国するまで一切報道されず、大統領が突如キーウに姿を現したことから「電撃訪問」と呼べるニュースになった。

 戦場に赴く大統領の安全を守る意味で米国は情報を「極秘」とし、しかしウクライナ訪問をメディアに確認させる必要があることから2名の記者だけを同行させた。当然ながら2人とも携帯電話は没収され、所属する社に報告することを許されず、現地に到着するまで情報は外部に洩れなかった。

 ところが岸田政権は異なる。このウクライナ訪問は「極秘」ではなく、最初から2つのメディアに事前に情報を漏らし、「電撃訪問」のように見せる「パフォーマンス」を行ったのである。

 そう思っていると、NHKがその証拠を放送し始めた。いかにして「電撃訪問」が実現したかについて、インドのモディ首相との首脳会談のため、岸田総理を乗せた政府専用機が羽田空港を出発したのは19日の夜11時ころだと報じた。

 そしてそれより3時間前にビジネス用のチャーター機が秘かに羽田を出発したと、NHKはそのチャーター機が飛び立つ映像も放送した。つまりNHKは岸田総理が日本を出発するより前に、岸田総理がインドから民間チャーター機でポーランドに向かうことを知っていたのである。

 だからポーランドでカメラと記者が待ち受け、列車に乗り込むところを撮影できた。しかしNHK記者が岸田総理に同行したわけではない。日本には米国のように「電撃訪問」の一部始終を取材した記者は一人もいない。

 つまり日本のメディアは岸田政権の「パフォーマンス」に利用されただけで、誰も「電撃訪問」の取材を行っていない。これがジャーナリズムと呼べるものなのか。今回の「電撃訪問」は、日本と米国における政治権力とメディアの関係の違いをまざまざと見せつけてくれた。

 念のため、出し抜かれた朝日新聞の3月24日朝刊に掲載された「ウクライナ訪問舞台裏」という記事を紹介する。それを読むと、まるで朝日の記者が見てきたように緊迫した「隠密行動」の様子が綴られている。

 岸田総理の一行がニューデリーのホテルを秘かに抜け出しバスで空港に向かう時、バスの中から3人ほどの記者らしき姿が見え、見つかったら計画は水泡に帰すと一行の中に緊張が走ったと書かれてある。

 一行の誰かに取材して裏付けもなしにそのまま書いたのだろうが、NHKはインドからポーランドに向かうチャーター機をすでに19日夜に羽田空港で撮影していた。それを知ってか知らずか、よくも間抜けな記事を書くものだと感心したが、記事にはポーランドで列車に乗り込む際、テレビカメラを向ける報道機関があったとも書かれている。

 それはNHKと日テレ系列のカメラだが、それがなぜなのかに朝日の記事は触れず、そこで岸田総理一行は、報道が先行すれば与党幹部から反発を招きかねないと考え、岸田総理が携帯電話で必要な連絡を終えると、全員が携帯電話の電源を切り、電波で位置が特定され襲撃されるのを防止する手段を取ったと書かれている。

 ポーランドでのNHKの映像は、あくまでも遠方からの隠し撮りで、岸田総理一行が気づくはずはないのだが、なぜか岸田総理はそこで撮影されたことに気付いたという。そして初めて情報が洩れていることを知り、与党幹部に連絡をしてから、携帯電話の電波で位置を特定されぬよう全員で携帯電話の電源を切ったというのだ。まるで三文芝居である。

 この時、連絡を受けたとして日本で取材に応じたのは、自民党副総裁の麻生氏でも幹事長の茂木氏でもなく、森山裕選挙対策委員長だった。「福島に移動中に総理から連絡があった」と森山氏は取材に答えた。これがフーテンには実に興味深かった。岸田総理の頭の最優先は選挙であり、さらに森山氏が二階俊博元幹事長に最も近い存在だからである。

この記事は有料です。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバーをお申し込みください。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

田中良紹の最近の記事