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ウクライナと共にあると言いながら、ウクライナの悲痛な要求を受け入れない欧米の欺瞞

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(636)

弥生某日

 テレビでは連日ウクライナ国民の悲惨な状況が映し出され、見た者には悪逆非道なロシアのプーチン大統領と、劣勢にもかかわらず命を懸けて国を守ろうとするウクライナのゼレンスキー大統領の英雄的行為が印象づけられる。

 しかしテレビ番組を作ってきたフーテンに言わせれば、テレビの映像ほど問題の本質を見誤らせるものはない。映像の強烈さに目を奪われると人間は理性で考えるより感情で物事を判断する傾向があるためだ。

 テレビは本能的に見る人間を刺激し感情に訴えることを優先する。一人でも多くの人間に見てもらおうと思えば必ずそうなる。そして刺激的な映像を繰り返し放送することは、視聴者に現実を見る理性的な判断を失わせる。

 特に戦争になれば戦争当事者の双方が偽の情報を拡散するので、視聴者は騙されやすくなり、感情を揺さぶる映像や言動によって騙されてしまう。だからすべての情報は割り引いて考えないと危ないというのが、半世紀近くテレビを作ってきたフーテンの経験則だ。

 例えばイラク軍がクウェートに侵攻した湾岸戦争の時、米国のCNNテレビは油にまみれた水鳥の映像を流し、独裁者サダム・フセインの仕業だと思わせたが、まったく湾岸戦争とは無関係の映像を意図的に流したことが後に暴露された。

 またクウェートの少女が、イラク兵が病院で生まれたばかりの赤ん坊を床に投げつけて殺したのを見たと涙ながらに証言したのもすべて「やらせ」だった。少女はクウェートに行ったこともない外交官の娘であることが後に暴露された。

 後に暴露されても、その時は多くの人がそれを信じて独裁者サダム・フセインの暴虐に怒ったのだから、それで偽情報を流した側の目的は達せられた。ところがサダム・フセインの存在がイスラムの宗派対立を微妙にバランスさせていたのが、米国が彼を抹殺したためバランスは崩れ、さらに過激な集団を生み出した。

 米国の世界一極支配はそこから崩れていき、その間隙を縫ってロシアと中国の影響力が増す結果になった。今から思えば、あの時の偽情報はそれを見通す理性的判断をも抹殺したことになる。

 従ってフーテンは連日のウクライナ戦争報道を感情的に受け止めず、可能な限り理性的に判断しようと努めている。すると気が付くのは「ウクライナと共にある」とエールを送る欧米が、ウクライナの悲痛な要求を全く受け入れないという事実である。

 ウクライナの悲痛な要求とは、「NATOに加盟したい、EUに参加したい、ロシア軍の空爆から身を護るためウクライナ上空に飛行禁止区域を作ってほしい」ということだ。しかし欧米はそれらの要求をすべて受け入れず、それをすれば欧米がロシア軍と戦争になり、戦争が拡大してしまうと説明する。

 つまり自分たちはロシアと戦争しない。ウクライナには経済的にも軍事的にも最大限の支援を行うから、ウクライナだけが「頑張れ」というのだ。この戦争がどういう形で決着するか、フーテンにはまだ見通せないが、欧米はウクライナを「捨て駒」にし、ロシアのプーチン大統領の力を削ぎ、ロシアを崩壊させようとしているように見えて仕方がない。

 この戦争で損害を受けるのはウクライナとロシアで、ロシアのエネルギー資源に頼る欧州には痛みが伴うかもしれないが、ウクライナには兵器を、欧州にはエネルギー資源を売れる米国にとってはすべてが利益になる話なのだ。

 アフガン撤退とインフレによって中間選挙の負けが確実だったバイデン政権にとって、国民からアフガン撤退の記憶を消し、インフレもウクライナ戦争のせいにして自分の政策的失敗と思わせないようにすることができる。だから世界最強国家でありながらバイデンは戦争をやめさせようとはしない。

 そもそも事の起こりは、ウクライナのゼレンスキー大統領が「ミンスク合意」を反故にしようとしたことだ。「ミンスク合意」は2014年のロシアによるクリミア併合の際、東部地域の親露派勢力が支配する地域も住民投票を行って独立を宣言した。そのためウクライナ軍と親露派武装勢力との戦争が起きた。

 それを停止させるためフランスとドイツが仲介し、独立を主張する「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立は認めないが、「特別の地位」を与えることを条件に停戦を合意させた。「特別の地位」が与えられれば、ウクライナがNATOに加盟しようとしても東部地域が反対して加盟はできないことになる。

 だからロシアに有利な条件と言える。それがゼレンスキー大統領には不満だった。しかも支持率は20%台に落ち込み大統領再選も絶望的だった。米国と交渉しても相手にされず、そこでトルコから輸入したドローンで東部地域の攻撃を始める。これにプーチンは激怒し、国境地帯に演習を名目に軍を集結させた。

 つまりこの時点まで米国も欧州もウクライナの要求であるNATO加盟を認めようとしていない。認めれば第三次世界大戦になると思っていたからだ。プーチンは核のボタンを押してでもウクライナのNATO入りを認めないことを欧米は認識していた。ゼレンスキーはそれを認識していなかったのか、欧米はウクライナ寄りだと思っていたのか、とにかく欧米にすり寄れば要求は通ると考えていた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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