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政治とカネで騒ぐことほど日本の政治を悪くするものはない

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(746)

卯月某日

 安倍政治を一つずつ消すことに注力している岸田総理は、「アベノミクス」を支えた日銀の異次元の金融緩和政策の転換に続き、8日に安倍元総理以来9年ぶりとなる国賓待遇での米国訪問に出発した。

 ワシントンでは安倍総理に続いて米議会の上下両院合同会議で演説を行う予定である。それによって安倍元総理の議会演説を上書きする立場に岸田総理は立った。こうして岸田総理は一つずつ安倍政治を消していくのである。

 9年前に安倍元総理は国賓訪米から帰国すると、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案を閣議決定し、野党や国民の反対運動が国会を包囲する中、9月には国会で法案を強行成立させて政権のレガシー(遺産)とした。

 一方の岸田総理は、自民党安倍派を中心とする政治資金パーティ裏金事件で支持率を落とし、低空飛行から上昇する見込みがないのに関係議員39人の処分を急ぎ、その4日後に国賓として米国に向けて出発した。

 この処分はさらに支持率を下落させる。なぜなら裏金事件の真相を解明せずに下した処分だからだ。野党だけでなく与党の中からも批判の声が上がり、その批判の矛先は裏金事件を起こした側ではなく、処分を下した岸田総理に向けられている。

 そのため岸田総理は国賓訪米で支持率アップを狙っているとの見方もあるが、フーテンは岸田総理がそれほど甘い見方をしているとは思わない。真相を解明しないままの処分が支持されないことは百も承知で処分を急いだと見ている。

 岸田総理が狙っているのは、訪米によって与党からは支持されるが、野党からは強い批判を浴びる外交成果を持ち帰り、野党と国民の批判を更に高める一方で、野党の批判を裏金問題から分散化させる。

 続いて速やかに政治資金規正法の改正に着手し、野党の要求を受け入れる姿勢を見せれば、与党は不満でも野党と国民の不満を抑えることができる。野党と国民の目を罰則強化に向けさせるのが、訪米前の処分を急いだ理由で、岸田総理は厳罰化を急ぎたいのだ。

 つまり日米同盟強化の外交成果と政治資金規正法の罰則強化の合わせ技で、外交成果で与党の不満を、罰則強化で野党の不満を抑え、そのバランスで乗り切る策を練っているとフーテンは見ていた。

 すると岸田訪米の翌9日に国会は、与野党が自民党の裏金事件で衆参両院に特別委員会を設置することで一致した。それによって収支報告書に虚偽記載をすると国会議員も責任を負う「連座制」の導入や、収支報告書のデジタル化など罰則強化と透明性向上が検討されることになる。

 想像通りの展開にフーテンは「よくも野党は特別委員会の設置に応じたな」と思った。なぜなら裏金事件は真相が解明されていない。それなのに処分が下され、それに誰もがすっきりしない。そして野党は真相が分からないままさらに法改正までやろうとしている。

 この事件で権力を持つ側は最初から事件の真相を解明しようとしていない。東京地検特捜部は正月を返上し、地方の検察庁にも応援を依頼して、大がかりな捜査体制で「やる振り」をしたが、結果は「大山鳴動鼠一匹」だった。

 誰がこの裏金還流の仕組みを作ったか、いつから、何を目的に始めたのかを特捜部は解明せずに捜査を終わらせた。仕組みを作ったのが森喜朗氏であることは野党も国民も薄々感じているが権力側はそれを断定しない。主犯が表に出ないまま共犯だけが氏名を公表され、野党とメディアに叩かれている。

 岸田総理も真相解明に前向きでない。「刑事責任の追及は終わった。あとは政治的道義的責任を追及する」と言い、裏金を受け取った議員の一部を政治倫理審査会に呼んで弁明させ、誰が仕組みを作ったかは「知らぬ、存ぜぬ」にさせた。

 これによって岸田総理は自民党総裁選で敵に回られては困る森喜朗氏が後ろ盾の旧安倍派に貸しを作った。さらに茂木幹事長を無力化すれば、秋の自民党総裁選挙は乗り切れる。再選を阻止しようとする議員がいれば、そのスキャンダル情報が検察によってメディアにリークされる可能性がある。

 岸田総理が「派閥の解消」を打ちだした時、頭越しの決定に麻生太郎副総裁は激怒した。すると読売新聞に麻生氏の右腕である薗浦健太郎氏が政治資金を家賃や税金の支払いに使っているという記事が掲載された。だから与党政治家は岸田総理に逆らうと同じことが起きると肝に銘じたはずだ。

 問題は「政治とカネ」のスキャンダルが発覚すると、野党が決まって規制と罰則の強化を強く要求する。ところが規制と罰則を強化しても「政治とカネ」のスキャンダルはなくならない。それが繰り返されてきたのにまたそれを繰り返そうとしていることだ。

 なぜなくならないか。それは適切な処方が行われてこなかったからである。病気に例えれば、医者は病気の原因を見つけ、その原因に効果のある薬を処方しなければならない。ところが原因を究明しない医者は、他の病気に使われている薬を手あたり次第に処方して、病人の家族を安心させる。

 しかし病気の原因を突き止めていないため、薬が効くことはなく、しばらくするとまた病気が再発する。すると医者は家族を安心させるため、原因を究明するより薬を与えてその場をしのぐ。その繰り返しが「政治とカネ」の騒ぎだったのではないか。

 国会での野党の追及を見ていたら、共産党の議員が「先進国の中で企業・団体献金を禁止していないのは日本だけだ」と言った。フーテンはすべての国の政治資金制度を知っているわけではないが、「本当にそうか?」と疑問を持った。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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