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ゼレンスキー大統領の国会演説に米国の影を感じたこれだけの理由

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(639)

弥生某日

 米国大統領がアジア諸国を歴訪する時、例えば日本、韓国、中国を訪問する時、必ず最初の訪問地は日本になる。米国はそうすれば日本がアジアの中で最も尊重されている証だと喜ぶことを知っているからだ。

 日本人には最初に会いに行くのが最も大事な人間で、それほどでもない人間は後回しというメンタリティがある。そのせいか「アジアで最初」に喜ぶ。しかし冷静に考えれば、外交的に最も重要な国を訪れるのは最初ではなく最後の方が望ましいかもしれない。

 米国にとって外交的に重要なのは対立関係にある中国だ。日本とは外交問題などないに等しいので、何でも言うことを聞く日本を先に訪問して環境を整え、その成果を持って本命の中国と相対する。

 そう考えれば最初に訪問されたと言って喜ぶのは、軽く見られていることを喜んでいる訳で、日本の外交官の中には最初に訪問されたことを喜ぶべきではないと苦言を呈する人もいる。しかし米国の外交関係者のメンタリティは「アジアで初と言えば日本は喜ぶ」というままだと思う。

 そんなことを思い出させたのは、23日に行われたウクライナのゼレンスキー大統領の国会演説だった。ゼレンスキー大統領は演説の中で「アジアで初めてロシアに圧力をかけたのは日本」と言って日本への謝意を表明した。

 これまで各国議会で演説してきたゼレンスキー大統領の背後には宣伝のプロがいて、それが各国の国民感情を揺さぶる演説草稿を書いていると思ってきたフーテンは、「アジアで初」の言葉に米国のメンタリティを感じた。演説の背後に米国の影を感じる。

 ワシントンには200を超える政治専門の広告代理店があり、世界各国の政治家の選挙運動を請け負っている。そうしたところと米国の外交専門家が組んでゼレンスキーの演説を作成している可能性があるとフーテンは思った。

 そういう目でゼレンスキー演説をチェックすると、米国の関与を思わせる内容がちりばめられていた。ゼレンスキー演説は東日本大震災の「津波」と「ロシアによるウクライナ侵攻」をダブらせ、福島原発よりも前に原発事故を起こしたチェルノブイリ原発をロシア軍が武力で占拠した恐ろしさを語り、経済制裁への更なる強化と復興への協力を求めた。

 東日本大震災と福島原発事故は、米国が日本政府と同等かそれ以上に深刻に捉えた出来事である。米国が投下した原爆により世界で唯一の被爆国となった日本に「反核運動」が起きたのは、敗戦から9年後に遠洋マグロ漁船第五福竜丸が米国の水爆実験で「死の灰」を浴び、乗組員が被爆したことからだった。

 米国は「反核運動」が「反米運動」になることを恐れ、読売新聞社主であった正力松太郎に働きかけ、原子力平和利用の大キャンペーンを行った。その後、衆議院議員に当選した正力は、初代の原子力委員長として原子力発電所建設を打ち上げ、原発推進の旗を振った。

 米国が主導した日本の原発が事故を起こしたのだから米国にとって他人事ではない。またそれより前に東京で起きた「地下鉄サリン事件」に米国は並々ならぬ関心を抱いた。米国上院のサム・ナン軍事委員長が、オウム真理教のサリン攻撃に21世紀型の戦争を予感したからである。

 米国議会はオウム真理教の拠点があった世界各地に調査員を派遣し、その情報をもとにCIAやFBIを証人に呼び、3日間にわたる公聴会を開いた。日本の警察が知らない情報も公開され、その結果、米国には「シーバーフ」と呼ばれる生物・化学・核戦争対策の特殊部隊が誕生した。

 ゼレンスキー演説もロシアの生物化学兵器として「サリン」に言及したが、「地下鉄サリン事件」から生まれた米国の「シーバーフ」は東日本大震災の福島原発事故に派遣されてきた。しかしこの時、「シーバーフ」が日本でどのような活動を行ったのかはまったく公開されていない。

 いずれにしても米国にとって日本の東日本大震災と福島原発事故、そして「地下鉄サリン事件」は一大関心事だった。また米国の外交関係者なら誰でも知っているのは日本政府が国連改革を悲願としてきたことだ。ゼレンスキー演説はそのことにも言及した。

 第二次大戦後にできた国際連合はドイツと日本に勝利した連合国が作った組織だ。つまり米国、英国、フランス、ソ連、中国の5か国が安全保障理事会の常任理事国として特別の権限を持ち、ドイツと日本は敵性国家の地位に置かれていた。

 しかしジョージ・ケナンの「ソ連封じ込め戦略」によって西ドイツと日本は経済大国に上り詰め、G7の一員として先進国入りを果たすことができた。それなのに国連では常任理事国になれない。日本外務省の悲願は常任理事国入りだったが、いまだにそれは実現していない。

 今回のプーチン大統領のウクライナ軍事侵攻は、国連の常任理事国が第二次大戦後の国際秩序を壊すことをやったことになる。もはや国連は国際秩序の中心機関として機能することができなくなった。

 だからゼレンスキー演説は日本の悲願である国連改革の好機が到来したと日本に訴えた。ロシアを打ち負かす側につけば、日本は悲願である国際秩序の中心に座ることができるという意味だ。

 こうして内容を点検すると、これはウクライナ大統領というより米国から日本に向けられた演説のように思えてくる。米国は自分は武力行使をしないと言いながら、ゼレンスキーをプーチンから攻撃されている被害者として世界にアピールし、世界のヒーローに仕立てることでプーチンの失脚を狙っている。演説を聞きながらフーテンはそう思った。

 だとすると米国はゼレンスキー演説に託して日本に何を要求しようとしているのか。まずは経済制裁の強化である。貿易の禁止とロシア市場からの企業の撤退をゼレンスキーは日本に要求した。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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