フーテン老人世直し録(614)

神無月某日

 19日に公示された総選挙は序盤戦から中盤戦に入った。各メディアが報ずる序盤の情勢は、野党の選挙協力が一定の効果を上げ、立憲民主党と共産党が議席を伸ばし、与党は議席を減らすものの安定多数は確保するというものだ。

 これは当初から予想されていた選挙結果そのものである。だが注目すべきはNHKの世論調査で、総選挙に突入する時点での岸田内閣の支持率は下降傾向、政党支持率でも野党が軒並み上昇しているのに、自民党と公明党だけが下がっていることだ。

 15日から17日に行われたNHKの世論調査で、岸田内閣の支持率は前の週に比べ3ポイント下がって46%、不支持率は4ポイント上がって28%だった。岸田政権誕生直後の支持率49%は、麻生政権を除くどの政権よりも低く、厳しい船出を印象づけたが、それがさらに下降したのである。

 一方、政党支持率をみると、自民党が前の週より2.4ポイント減、公明党も0.2ポイント減だったのに対し、立憲民主党0.5ポイント、共産党0.1ポイント、維新0,5ポイント、国民民主党0.3ポイント、れいわ新選組0.4ポイントとわずかではあるがそれぞれ上昇している。政党支持率で与党以外が軒並み上昇するのは珍しいことだ。

 すると19日の選挙公示日に、岸田総理と松野官房長官が選挙活動で官邸を留守にしているのを見計らったかのように、北朝鮮がSLBM(潜水艦発射ミサイル)を日本海に向けて発射した。それによって岸田政権の危機管理能力の欠如が国民に印象づけられた。

 これは一見岸田政権に不利に働くように見えるが、逆に安全保障環境の厳しさを国民に意識させることで、野党共闘に疑問を抱かせる効果をも生む。さらには安倍元総理が主張した「敵基地攻撃論」が自民党の中で勢いづく可能性もある。

 フーテンは、日本の総選挙のタイミングで発射された北朝鮮のミサイルに、かつて「森友加計問題」で追い詰められた安倍政権が、野党の要求する臨時国会の開催に応じず、3か月後に臨時国会を開催するや、その冒頭で「国難突破解散」を断行した前回2017年の総選挙を思い出した。安倍政権は「国難」として北朝鮮のミサイルを挙げていたからだ。

 国会を開かず与野党の議論がまったくない中で、国民には何が「国難」なのかさっぱり分からず、しかし安倍政権は北朝鮮がミサイルを発射する度に、「Jアラート」を発して交通機関を止め、学校の子供たちに机の下の隠れるよう指導していたから、国民は北朝鮮のミサイルに不安を感じ、それが政権に都合の良い時期の解散の下敷きにされた。

 しかし北朝鮮のミサイル発射の狙いは日本にあるのではない。米国を交渉に引きずり出し朝鮮戦争を終わらせるためにある。そのためミサイル実験で日本に脅威を与え、日本をより米国に従属させ、米国の兵器を日本に買わせることで米国を喜ばせる。日本の富を米国に吸収させるのが米朝双方の共通の狙いだ。

 米国に従属することを政権延命の秘訣と考える安倍政権は、それに協力することに力を入れ、次々に米国製兵器を買わされた。前回の「国難突破解散」はそうした姿勢の延長上にあった。

 今回の北朝鮮のミサイル発射の影響は2017年当時と同じではない。その後の2018年にトランプ前大統領と金正恩委員長との米朝首脳会談が実現し、米朝関係は以前と異なるフェーズに入り、安全保障問題の焦点は今や台湾を巡る米中衝突にある。

 従って与党候補者は野党共闘を批判するため安全保障の危機を強調するが、その中心に北朝鮮の脅威が語られることはない。ただフーテンはこれらの動きから、2017年の「国難突破解散」を思い出し、それを命名した今井尚哉元総理首席秘書官が、今回の解散総選挙でも中心にいることを思った。

 いや今回の解散総選挙だけではない。岸田総理誕生からこの解散総選挙まで、安倍元総理を操った今井元秘書官が今度は岸田総理を操っている。これまで報道されてきた事実を繋げると、まず今井元秘書官は自民党総裁選挙で岸田陣営の参謀になり、「岸田ノート」を手にして「聞く力」をアピールするよう進言した。

 「令和版所得倍増計画」も今井元秘書官の進言で、そして何よりも政策の中心となる「分配と成長の好循環」は、安倍政権時代に「アベノミクス第二幕」を主導した今井元秘書官が、「一億総活躍社会」と名付けて賃上げに力を入れた時のフレーズの復活である。

 そしてフーテンが最も注目するのは、岸田総理が10月4日に国会で首班指名される直前に飛び出した衆議院解散総選挙の「前倒し」だ。11月上中旬の選挙を考えていた岸田総理が、突然「奇襲戦法」のような10月19日解散、31日投開票を表明した。

 誰がそれを進言したか。その人物こそ、総理就任からわずか10日後に解散させることで、選挙後は一から政策を作り上げる課程に決定的な影響力を持ち、選挙後も岸田総理を操る可能性がある。それを探るとそれも今井元秘書官だった。

 政治の世界には必ずシナリオライターがいる。並の政治家や官僚はそのシナリオによって動かされる将棋の駒だ。将棋の指し手が権力者として政治に君臨する。その指し手は一人か二人、あるいは数人しかいないのが政治の世界だ。

 フーテンが現役記者の時代は「闇将軍」と呼ばれた田中角栄一人だけがシナリオライターだった。中曽根元総理は田中のシナリオ通りに政権運営するしかなく、その田中を打倒するシナリオを書いたのは金丸信だが、そのシナリオは田中が病で倒れるまで田中のシナリオに勝てなかった。

 田中が病に倒れると、金丸と中曽根のシナリオが激突する。そこに竹下登も加わって3者が激しい権力闘争を繰り広げた。そんな時代を見てきたせいか、フーテンは昨今の政治家に物足らなさを感じていた。それが7年8か月続いた安倍政権をみて、安倍元総理が他の人間のシナリオで動かされているのが見えた。

 つまり安倍政権は顔が安倍元総理で、頭脳も手足も顔の見えない別の人間なのだ。そのためフーテンは安倍政権を「二人羽織政権」と名付けた。その頭脳部分が今井元秘書官である。シナリオライターがついに政治家ではなく、経産省出身官僚になったかとフーテンは複雑な心境になった。