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不思議な不思議な不思議な国の不思議な不思議な不思議な選挙が終盤に入った

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(615)

神無月某日

 先週公示された衆議院選挙は瞬く間に終盤戦に突入した。日本の選挙は本当に期間が短い。1年がかりで行われる米国の大統領選挙を見てきたフーテンには、この短さが不思議に思えて仕方がない。しかし周囲を見ると誰もそれを不思議に感じていないからなお不思議になる。

 理由として考えられるのは、選挙期間を長くすれば選挙にお金がかかり、選挙にお金がかかれば、政治家はお金を求めて良からぬことをやるようになる。政治腐敗を起こさせないためには金のかからない選挙にするのが一番で、選挙期間を短くする方が腐敗は生まれないと国民が信じているからだ。それ本当だろうか。そう信じ込まされているだけではないか。

 実は戦後すぐの占領下の日本では、衆議院、参議院、都道府県知事、都道府県議会議員の選挙はいずれも選挙期間が30日間だった。そして市長と市議会議員、町村長と町村議会議員の選挙は期間が20日間だった。

 ところが日本が主権を回復した1952年から選挙期間の短縮が始まる。その年に衆議院と都道府県知事の選挙が25日間、市長と市議会議員の選挙が15日間と5日短くなり、町村長と町村議会議員は10日短い10日間になった。

 それからは短縮化が次々進む。衆議院選挙は1958年に20日間、83年に15日間、92年に14日間、94年に12日間と短縮された。参議院選挙も56年に25日間、61年に23日間、81年に18日間、92年に17日間と短くなった。

 今では衆議院選挙の選挙期間は、参議院選挙の17日間、政令指定市長選挙の14日間より短く、町村長や町村議会議員の選挙は戦後すぐの頃の4分の1に当たるわずか5日間である。いずれも短縮することに国民が反対しないのは政治腐敗を生まないためだと信じているからだろう。

 それでは金のかからない選挙と選挙期間の短縮は関係しているのだろうか。金のかからない選挙を実行しているのは英国である。しかし英国が金のかからない選挙をやるために選挙期間を短縮しているかと言えばそうではない。解散から投票日まで5週間35日間の選挙期間が設けられている。

 英国が金のかからない選挙のためにやっているのは「マニフェスト選挙」である。マニフェスト選挙とは、候補者ではなく政党の作るマニフェスト(選挙公約宣言文)を選ばせる選挙である。つまり政党は国家をどの方向に導くのかを説明するマニフェストを作り、候補者がそれを配って説明して歩くのが選挙だ。

 そのため候補者は選挙事務所を持たない。宣伝カーも要らない。自分をアピールするポスターも作らない。マニフェストを配るだけなので「候補者は豚でも良い」と言われる。要するに英国の選挙は「人ではなく政策」を選ばせる選挙である。その結果、金のかからない選挙が実現された。

 日本でもそれを真似て「マニフェスト選挙」をやろうとした時期がある。小泉政権下の2003年に行われた衆議院選挙で、民主党の菅直人代表は「マニフェスト選挙をやる」と宣言しマニフェストを作った。自民党もこれに対抗してマニフェストを作り、日本でもマニフェスト選挙が始まるかと思わせた。

 しかしその時フーテンは日本のマニフェスト選挙を批判した。なぜなら「マニフェストの・ようなもの」でしかなかったからだ。それ以前から日本でも政党は国政の課題を羅列した「選挙公約」を作っていた。

 しかし政策を羅列した選挙公約など読んでも、それでこの日本がどの方向に向かうのかが分からなければマニフェストの意味はない。政策の羅列など国民には理解できないし、政策の良い面ばかりを羅列されても国民はそれを信ずる気になれない。大事なことは将来の方向を指し示すことだが、それが日本の「マニフェスト選挙」になかった。

 さらに問題は、日本の選挙制度が「マニフェスト選挙」に合致していないことである。日本では公職選挙法で候補者のポスターが掲示板に貼られ、候補者は名前の書いたたすきをかけて演説を行う。そして宣伝カーで名前を連呼して歩く。つまり「政策よりも人」を選ばせるのが日本の選挙である。

 そして日本の選挙に金がかかるのは、ポスターを貼ったり、宣伝カーで名前を連呼するために人手が要り、事務所も構えなければならない。そこのところを変えないで「マニフェスト選挙」をやると言っても、まるで英国とは違う。金のかからない選挙にならない。

 つまり日本の選挙制度は政策よりも人を選ばせようとしているのに、学者やジャーナリストが選挙では政策が大事とか言うから国民は訳が分からなくなる。政治家を選ぶのにそれほど政策が必要なのだろうか。

 政策ではなく人を選ばせる選挙をやっているのは米国である。米国の選挙にマニフェストはないし、政策を重視した選挙などやっていない。米国の選挙で重視するのは、候補者がどのような人間かを分からせることである。英国と対照的なのが米国の選挙だ。

 米国では、候補者が何をやってきた人間か。どのような実績があるか。何を考えているか。そして自分たちの地域を国家をどのような方向に導く人間か。そうしたことを国民に分からせようとする。

 そのため選挙期間は長い方が良い。米国の選挙は投票日だけが決まっていて決められた選挙期間はない。いつから選挙運動を始めても構わないし、ありとあらゆる手段を使って候補者は自分をアピールする。そのためには金がかかる。選挙資金を集められない候補者は選挙戦から脱落する。

 しかし選挙資金を集められる候補者こそが政治家になる資格があると米国では考えられる。これを日本で言うと、金持ちしか政治家になれないと大抵の日本人は言う。しかし少額の寄付を大勢の庶民から集め、ボランティアで選挙を手伝う支持者を多く集める能力こそが政治家として望ましいと米国では考える。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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