フーテン老人世直し録(588)

水無月某日

 野党4党が提出した菅内閣不信任案は、自民、公明、日本維新の会の反対多数で否決された。不信任案に賛成したのは衆議院議員456人中134人で3割に満たず、メディアの世論調査で軒並み不支持が支持を上回る菅政権は、国会では圧倒的に優勢であることが確認された。

 国民は菅政権のコロナ感染対策や五輪開催を巡る説明に納得しておらず、それが不支持が支持を上回る理由だが、しかし国民が野党に期待しているかと言えば、それもほとんど感じられない。そうした中での不信任案提出で、むしろ野党は自らの弱さを露呈したとフーテンには思えた。

 まず提出に至る過程で立憲民主党のだらしなさが目に付いた。最初に不信任案提出を口にしたのは安住国対委員長で、3月ごろだったと思うが、すると自民党の二階幹事長から「提出されれば総理に解散を進言する」と脅され、立憲民主党はぐらついた。

 急に不信任案提出を言わなくなり、様子見に転じたように見えた。それによって解散を恐れているのは立憲民主党ではないかと思わせた。つまりコロナ禍の中で解散を打てば菅総理は国民から批判を浴びる。だから解散しないだろうと甘く見て不信任案提出を口にしたが、「解散するぞ」と言われると途端に態度が変わった。

 大変に申し訳ないが、枝野代表や福山幹事長のキャラクターは、善人なのかもしれないが、言っていることが国民の目を意識した強がりにしか見えない。だから凄味がない。誰も見ていなくとも黙々とやる人間には凄味がある。しかし人の目を気にする人間に凄味がないのは世の道理だ。

 フーテンの目には野党の存在感が見えない。そして自民党内の菅―安倍―二階の権力闘争の方に興味が湧く。4月の日米首脳会談前に、二階幹事長は「無理だと思ったらスパッと五輪開催を中止」と言い出し、さらに河井克之・案里夫妻に提供された1億5千万円への関与を否定した。そして安倍前総理の責任に光を当てる「刺し違え」発言を行う。

 すると枝野代表が再び不信任案提出を言い出した。しかもコロナ禍であるのに「早期解散が望ましい」と言った。この急変ぶりにフーテンは、もしかして自民党内権力闘争と連動した発言かと勝手に想像した。

 権力を奪い取ろうとする野党なら、与党の権力闘争をただ眺めているのでは芸がない。介入して自分たちに有利な状況に導けなければ野党ではない。いよいよ立憲民主党も自民党の権力闘争に加担する野党になったのかと思ったが、それはフーテンの思い過ごしだったようだ。

 ついでに言うと「55年体制」の社会党、公明党、民社党は、大いに自民党の権力闘争に加担した。田中派の中で、田中角栄と金丸・竹下グループが分裂した時、田中の側に付いたのは社会党左派と公明党、金丸側は社会党右派だった。

 それが予算案審議を巡って裏で動き始める。予算案が通らなければ、金丸幹事長と竹下大蔵大臣は責任を問われると言われ、実際に田中を支持する野党の力で予算委員会は動かなくなった。「金丸は政治家として終わり」と言われ出した頃、突然田中が病に倒れ、すると野党の抵抗が消えて、予算は無事に成立した。

 政権交代のない「55年体制」だって、「万年与党」の内部に権力闘争が起これば、野党はそれに介入し、自分たちに有利な状況を作る努力をした。政権交代を狙う野党ならなおのこと与党内権力闘争に無関心で良いわけはない。

 その絶好の機会が訪れているとフーテンは思うが、「55年体制」は悪い政治の見本で真似してはいけないと子供のように思い込み、「55年体制」より程度の低い政治になっているのが現在の与党であり野党だとフーテンは思う。政治に対する真剣さがまるで違う。昨今の政治には軽薄さしか見えない。

 6月9日、2年ぶりに開かれた「党首討論」で、菅総理は火だるまになってもおかしくはなかった。それほど追及すべき材料はいくつもあった。しかし最も時間を与えられた枝野代表の追及は迫力に欠けた。自分の政権が出来た場合を話したかったようだ。

 いま国民は立憲民主党政権のことなどに関心はない。それより目の前のコロナ対策や東京五輪開催に関心がある。五輪開催では共産党の志位委員長、コロナ対策では国民民主党の玉木代表が1点に絞って追及したが、いかんせん時間が短い。それでも迫力不足の枝野代表に比べれば2人の方がましだった。

 野党4党を代表して内閣不信任案の趣旨を説明したのは枝野代表である。これが1時間半の長い演説で、我慢して聞いていたが1時間で眠くなった。心に響くものが何もなかったからだ。なぜなら菅内閣を不信任する趣旨ではなく、自分の内閣が出来たら何をやるかを述べたからだ。