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東京五輪はオールジャパンで対応すれば開催できるという安倍前総理のポエム

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(580)

皐月某日

 5月3日の憲法記念日を待っていたかのように安倍前総理が表舞台に復活してきた。3日夜、BSフジのニュース番組「プライムニュース」に辞任後初めて生出演し、憲法問題だけでなく、東京五輪開催の見通しや、秋の自民党総裁選について持論を展開した。

 また翌4日の産経新聞朝刊は、「憲法の未来を語る」という篠田英朗東京外国語大学教授との対談を、新聞の1面すべてを使って掲載した。これを見てフーテンは、安倍前総理が総理を辞任してもなお日本の政治を動かしているのは自分であることを国民に印象づけ、再々登板に意欲を燃やしていることを改めて感じた。

 4月25日の3つの国政選挙に自民党が全敗した後、フーテンは「5月は政局の予感がする」とブログに書いたが、それを証明するかのような安倍氏の動きである。参議院広島選挙区で自民党が敗れたからからこそ、安倍氏は素早く動く必要があった。

 その3日、菅総理は午後2時に議員会館の自室で選挙プランナーの三浦博史氏と会い、続けて2時半から1時間ほど山口泰明自民党選挙対策委員長と会談した。来たる総選挙に向けて情勢分析を行ったものと見られる。

 もう一人のキーマンである二階幹事長が何をしていたか、現時点でフーテンは把握していないが、安倍、菅、二階のトライアングルが、5月政局の要である。そのトライアングルが、新型コロナウイルスとワクチン接種の状況を見ながら、東京五輪の開催を巡って綱引きを繰り広げるとフーテンはみる。それによって解散・総選挙の時期も決まってくる。

 問題の参議院広島選挙区は自民党の牙城である。2013年の選挙結果は、自民党の溝手謙正氏が52万票余りを獲得し、次点で当選した民主党の森本真治氏の19万票余りを大きく引き離した。その溝手氏は自民党内にありながら安倍総理を批判する政治家だった。

 2019年の選挙で当選すれば、年齢や当選年次から参議院議長に推される可能性があった。それを嫌ったのが安倍総理である。そこで溝手氏を落選させる計略が練られた。52万対19万なら自民2議席が可能という理屈で、安倍総理と親しい河井克之氏の妻を出馬させることにした。

 自民党広島県連は大反対したが官邸の意向に押し切られ、さらに新人候補であることを理由に、案里氏には溝手氏の10倍の1億5千万円が自民党本部から提供された。誰がそれを指示したか。フーテンは安倍総裁の指示だと推測している。

 なぜなら何回かに分けて資金は提供されたが、その度に夫の河井克之氏が必ず安倍総理と2人だけで官邸で面会している。また河井克之氏が罪を認め、議員辞職願を衆議院に提出した時、二階幹事長は「党としても他山の石としてしっかり対応を考えなければならない」と発言した。

 野党やメディアは「他山の石とは何だ。自分の党の不祥事を他人事みたいに言うな」と批判し、自民党内からも真意を疑う声が出たが、フーテンは自民党幹事長の自分が知らないところで、その計略が進められたことを二階氏は示唆したと思った。

 1億5千万円は自民党の金ではなく官房機密費から出されたという噂がある。官房機密費を自民党経由にしてマネーロンダリングしたというのだ。官房機密費を管理するのは官房長官である。そして案里氏の選挙戦を実質的に主導したのは、山口県から派遣された安倍事務所の秘書たちだ。

 つまりこの事件の中心は、官邸の安倍総理と菅官房長官、そしてこの2人と近い関係にあった河井克之氏で、二階幹事長から見れば自民党はあくまでも見せかけの役割しかない。そのことを「他山の石」という言葉で表現したとフーテンは思った。

 一方、菅官房長官にとっては、安倍総理が願う溝手氏落選は、宏池会会長の岸田氏が宏池会の長老を落選させる話になり、岸田氏の政治家としての力を削ぐ。それは安倍総理が禅譲の相手と考える岸田氏失墜を意味し、代わりに自分が総理になる道につながる。

 計略は成就し溝手氏は落選、河井案里氏が当選した。そして菅官房長官の野望もかなえられた。コロナ対策などで政権運営に行き詰まった安倍総理は、病気を口実に難局を一時的に菅氏に託し、再度復帰する道を選択した。

 こうして党内最大派閥と第二派閥を擁する安倍―麻生連合に担がれて「安倍政治の継承」を掲げた菅総理が誕生する。しかし菅総理が目指す政治は「安倍政治の継承」ではなく、独自の路線にあった。つまり安倍氏が菅政権を短命で終わらせようとしていることを菅氏は拒絶した。

 安倍政治を政策面で支えたのは経済産業省出身の官僚である。菅総理はそれらの官僚を官邸から追い出し、自分の足場である総務省の官僚と、神奈川選出の河野太郎、小泉進次郎氏らを重用して「グリーン」と「デジタル」を政策の柱に据えた。

 そして二階幹事長を後ろ盾に、安倍―麻生連合に挑戦する布石を打つ。まず安倍―麻生連合の菅総理に対する牽制カードである岸田氏を徹底して人事構想から外した。二階幹事長は解散総選挙を「何度でもやる」と豪語し、選挙で自民党の派閥力学を変えようとした。

 菅総理と安倍前総理との間で戦争が起こる。まず菅総理は安倍政権の「置き土産」である日本学術会議の任命拒否問題で窮地に立たされ、また早期解散を狙う二階幹事長は中曽根元総理の合同葬日程が組み込まれて、その機会を失った。

 そして岸田氏が求心力を失ったことから、安倍前総理は病気を理由に辞任したにもかかわらず、9月の自民党総裁選に自身が出馬する可能性を模索し始める。議連の会長に就任するなど党内での影響力を高め、総理の専権事項である解散権についても口を挟みだした。

 これに怒った菅総理は「桜を見る会前夜祭」を巡る検察捜査にゴーサインを出す。前の公設第一秘書が略式起訴されたことから、安倍前総理が9月の総裁選に復帰することは難しくなったが、直後にはそれに反撃するように「週刊文春」に菅総理の長男と総務省幹部の接待問題がリークされた。

 これは菅総理の「急所」を突いたスキャンダル攻撃だ。重要政策の一つである「デジタル庁創設」で菅総理がその中枢を担わせようとしていた情報通信系の総務官僚が一掃された。そこを狙って菅総理が追い出した経産官僚が入り込む可能性がある。つまり安倍前総理の手足が復活してくるのだ。

 安倍前総理の手足は「グリーン」の分野も狙っている。主席秘書官を務めた今井尚哉氏は元資源エネルギー庁次長で原発推進の第一人者だ。菅政権の「2050年カーボンニュートラル」を実現するため原発利用を主張する。安倍前総理はそれに合わせるように、日米首脳会談直後に「新原子力リプレイス議連」の最高顧問に就任した。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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