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ふざけるなバッハ、馬鹿にするなコーツ、と思う東京五輪開会まで2か月

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(584)

皐月某日

 まず下品な言葉を使うことをお許し願いたい。しかしフーテンの感情はその言葉を使わないと表現できないので使わせてもらう。

 「胸糞が悪くなる」ことが最近2度あった。1度目は19日の東京五輪調整委員会でのバッハIOC(国際五輪委員会)会長の冒頭発言を聞いた時、2度目は21日の調整委員会後のコーツ調整委員長の記者会見での発言を聞いた時である。

 バッハ会長は以前から「日本国民は歴史を通じ不屈の精神を見せてきた。この困難な状況にある五輪を唯一可能にするのは、逆境を乗り越えてきた日本国民の能力」と発言してきたが、19日にも「大会が可能になるのは日本国民のユニークな粘り強さという精神、逆境に耐え抜く能力を持っているから。美徳を感謝したい」と述べた。

 日本の歴史の何を指し、どのような事実をもって日本国民をほめそやすのかよく分からないが、まるで通常の国なら開催できないほど困難な状況にある五輪を、日本国民なら「耐えがたきを耐える」犠牲的精神で、必ず開催を実現してくれると言われているようだ。フーテンは「ふざけるな」という気になる。

 一体この男は日本の歴史の何を知っているのか。日本国民の美徳を何だと思っているのか。日本国民は馬鹿にされている。「俺たちの金儲けのために日本国民は得意の犠牲的精神を発揮しろよ」と言われているようでフーテンは「胸糞が悪く」なった。

 これと似た感情を持ったことが2016年にもあった。オバマ米国大統領の広島訪問である。米国が初めて悪魔の兵器を投下したヒロシマは人類の歴史に負の刻印として永遠に刻まれるべき場所である。そこを米国大統領が訪れ慰霊をしたことに一定の意義はある。

 しかしその時のオバマの演説にフーテンは言いようのない違和感を抱いた。「空から死が落ちてきて世界が変わった」とオバマは演説した。何を言っている。原爆は米国が落としたのだ。空から落ちてきたのではない。

 マンハッタン計画で米国が原爆実験を成功させたのが1945年7月16日。米国はその21日後広島に、24日後に長崎にそれぞれ種類の違う原爆を投下した。何のために。戦争を終わらせるためではない。原爆の威力を実戦で試しデータを収集するためである。

 戦争を終わらせるためなら、原爆実験に成功した事実を日本に通告し、その威力を公開すれば事足りる。開発に携わった科学者たちは日本への原爆投下に反対し、太平洋の無人島に投下し、それを見せつければ戦争を終わらせる効果はあると進言したが却下された。

 それに日本は不可侵条約を締結しているソ連を通じて既に和平工作を行っていた。終戦は時間の問題だった。しかし米国は2種類の原爆を投下してそのデータを集めようとした。爆風がどうなるかをみるため、地形や人口などを考慮して投下目標は選ばれた。

 それをオバマは「空から死が落ちてきた」と言い、一方で日本国民は米国大統領が広島まで来て慰霊をしてくれたことに感謝し感動の涙を流した。フーテンの「胸糞の悪さ」はその両方に向けられた。

 しかも米民主党政権に近いケント・カルダー教授の論文には、オバマの真の狙いは核廃絶でも慰霊のためでもなく、別のところにあったと書かれている。安倍政権が北朝鮮の核開発に触発され核武装に踏み出さぬよう、安倍総理に反核の姿勢を明確にさせる目的だったというのだ。

 カルダー教授によれば、英国は米国から核技術を提供されたが、フランスにはそれがなかった。そのフランスがインドシナ戦争で敗北しそうになり、米国に核で介入することを要求すると断られ、仕方なくフランスは原発で蓄積したプルトニウムを利用し、自前で核武装した。

 オバマは安倍総理がフランスの真似をすることを恐れ、そうさせないために広島訪問を考えたとカルダー教授は指摘する。そうだとすればなんと日本国民はナイーブだったことか。オバマの広島訪問を核廃絶とか平和のためだと考え涙を流したのだ。

 日本国民はオバマの広島訪問に感動したが、そのオバマは一方で新たな核開発にゴーサインを出している。米国の冷徹な論理と世界の現実に日本国民は思いが至らない。そして今や原爆を投下した米国に日本は何事も従順になり、国家の安全保障の全てを委ねている。それが未来永劫続いていくかのように。

 日本に反核運動が起きたのは、1954年の「第五福竜丸事件」で「原爆マグロ」が問題にされてからだ。それ以前は被爆した広島市民も日本を占領した米国のマッカーサーを神のように崇め、広島市内の道路に「マッカーサー通り」の名が付けられ、被爆者の様々なデータはすべて米国に送られ、米国の研究に日本は全面協力した。

 一方で米国は「第五福竜丸事件」を水爆実験が原因であるとは認めず、従って謝罪もせず、日本国内に反核運動が起こると、今度は原子力の平和利用を前面に立て、日本に原発を推進させた。それが東日本大震災で深刻な事故を招くのである。

 バッハ会長の言う「逆境に耐え抜く能力」とは、世界で唯一原爆を落とされながら、それを耐えて米国の原子力研究に協力し、米国の指導で原発を推進し、さらには安全保障の全てを米国に委ねて疑問を抱かず、そうやって戦後を生きた日本の姿が言わせているのではないかとフーテンは思った。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:4月28日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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