主体性の見えない菅総理の年頭会見は寒々しかった

フーテン老人世直し録(556)

睦月某日

 総理の年頭会見というのは、通常の会見とは異なり格別の趣があるように思っていたが、4日に行われた菅総理の年頭会見は事務的で寒々しかった。新型コロナ・ウイルスのパンデミックがそうさせていると言えばその通りだが、それにしてもフーテンには物足りなさが残った。

 例えば1986年(寅年)の元旦、中曽根総理は「虎穴に入らずんば虎児を得ずと言われるが、私も必要とあれば虎穴に入るかもしれない」と言った。その時の中曽根総理の脳裏には、党内各派閥がこぞって反対するダブル選挙に打って出て、自分の総裁任期を延長する考えがあった。その意欲を年頭の挨拶に織り込ませたのである。

 そしてダブル選挙は不可能になったと政界全体に思わせ、その直後に一転してダブル選挙の可能性を蘇生させ、反対派を切り崩して解散を断行した。「死んだふり解散」と呼ばれる。自民党は大勝したが、金丸幹事長の捨て身の辞任で任期延長は1年だけに限定された。

 その任期が終わる1987年(兎年)の年頭には、「今年の後半には脱兎のごとくうさぎ跳びをやる」と中曽根総理は言った。聞いた時には何のことか分からなかったが、やがてそれが「政権禅譲」であることが分かってくる。

 自分が総理を辞めた後に、後継者が自分を裏切らぬよう、安倍晋太郎、竹下登、宮澤喜一の中から最も忠実な者に権力の座を譲るというのである。民主主義政治とは無縁のやり方だが、メディアも政治家も異を唱えることができないうちに3氏の競い合いが始まり、最後は最大派閥を擁する竹下氏が総理に就任した。

 政治のドラマチックな展開は、総理の年頭会見から始まるというのが、フーテンの見てきた政治の世界であった。それを安倍前総理が真似をした。2019年(亥年)の年頭会見で、安倍前総理は60年前の亥年に祖父の岸信介氏が日米安保条約改定交渉をしていたことを紹介し、「自分も外交交渉の新しい地平を切り開く」と述べた。

 ロシアとの北方領土交渉に並々ならぬ意欲を表明したわけだが、さらに「猪は直進するだけでなく柔軟に方向を変える」とも述べ、解散・総選挙に意味深長な含みを持たせた。おそらく北方領土交渉で「2島返還」に道筋をつけ、それを大義に国民の信を問おうと考えでいたのだろう。

 ところがロシアのプーチン大統領に全く相手にされず、参議院選挙とのダブル選挙を考えていた安倍氏は解散に打って出ることができなかった。その失点を回復するためか、次に米国とイランとの仲介役を果たすという、身分不相応な役回りを演じようとする。

 6月にイランを訪問し、ロウハニ大統領や最高指導者のハメネイ師と会談して米国との緊張関係を緩和しようとした。ところがハメネイ師と会談している最中に、ホルムズ海峡を航行中の日本の船舶が何者かに攻撃される事件が起きた。

 米国のトランプ政権は、ホルムズ海峡の航行安全を確保するため、「有志連合」の結成を各国に呼び掛けていたが、仲介役を演じたい日本は「有志連合」に参加してイランを怒らせる訳にいかない。しかし日米同盟があり不参加という訳にもいかない。安倍政権は「調査・研究」を目的に海上自衛隊を中東に派遣するという苦肉の策に出た。

 自衛隊中東派遣を認めてもらうため、安倍前総理は12月末にロウハニ大統領を日本に招き説明を行った。するとその翌日トランプ大統領が電話をかけてくる。何を話したのかを聞くためだろう。トランプは日本が「有志連合」に参加しないことや、ロウハニ大統領を招いたことを快く思っていないことが分かった。

 そして2020年1月3日未明、米国はトランプ大統領が命令を下し、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官をドローン攻撃で殺害した。「宣戦布告」に等しい行為である。しかし日本は事前にそれを知らされていなかった。安倍前総理の正月の日程を見ると映画を見たりゴルフをしたりで全く緊張感がない。

 下手をすると戦争に巻き込まれかねない世界情勢を見て、安倍前総理の年頭会見は前年と打って変わり、意欲を感じさせないおとなしい内容となった。それを見てフーテンは「子年には現職総理が退陣するジンクスがある」とブログに書いた。そしたら本当に安倍氏は8月に退陣した。

 その前の子年2008年には福田康夫氏が突然退陣表明、1996年には村山富市氏が、1972年には佐藤栄作氏が、1960年には岸信介氏が、1948年には片山哲氏が退陣している。

 つまり戦後の政治史で1984年を除く子年はすべて現職総理が退陣した。そして1984年も、中曽根再選を阻もうと福田赳夫、鈴木善幸、三木武夫氏らが「二階堂擁立劇」を画策し、あわや中曽根総理も退陣させられるところだった。2020年安倍退陣でジンクスは継続されている。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」次回日時:5月30日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。現在令和3年12月までの会員を募集中です。

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