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米国に秘密交渉ルートを断ち切られた安倍政権

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(389)

葉月某日

 28日付ワシントン・ポスト紙の報道が波紋を広げている。「私は真珠湾を忘れていない:トランプと日本首相の熱く冷たい関係の内幕」と題し、かつて「蜜月」だった日米首脳の関係に「溝」が生まれていることを示す記事である。

 変化の象徴として記事では2つの事柄が取り上げられている。1つは米朝首脳会談の直前に行われた日米首脳会談で、トランプ大統領が安倍総理に「私は真珠湾を忘れていない」と述べ、貿易不均衡に強い不満を表明したこと。もう1つは米国に相談することなく日本政府が北朝鮮と秘密交渉を行っていたことを暴露したことである。

 2つともトランプ政権からリークされた情報としか思えないので、この記事はトランプ政権による日本に対する揺さぶりとフーテンは捉える。目的は中間選挙を前に目に見える貿易赤字の削減案を要求していると見られ、また北朝鮮問題で日本に独自の行動は許さないとタガを締める意味合いもある。

 それらを刺激的に表現する意味で日米戦争の口火となった「真珠湾」という言葉が見出しに付けられた。かつて80年代から90年代にかけた日米貿易摩擦の中でも「真珠湾」という言葉はたびたび使われてきた。

 「真珠湾」と米国民が言う時には「卑怯なだまし討ち」の意味がこめられる。真珠湾奇襲攻撃は宣戦布告のない「卑怯なだまし討ち」で、それに怒った米国民は「真珠湾を忘れるな」を合言葉に日本との戦争に立ち上がった。

 戦後の日本の経済繁栄も米国をだまして成し遂げたと考える米国民がいる。自国の防衛を米国に委ね金儲けだけに力を入れる「安保ただ乗り」が日本を成功させ、日本を防衛してきた米国は損をさせられたと考えているのである。

 ただトランプは「だまし討ち」の意味ではなく「サムライ精神」の意味で「真珠湾」を使ったようだ。日本にはかつて「サムライ精神」があったのだから自国の防衛を自分でやれというわけだ。そのためにはもっと米国から兵器を買えという話になる。

 そしてトランプは牛肉と自動車で2国間交渉を行うよう安倍総理に迫った。TPPを通商政策の基本とする安倍総理はそれを断った。これが「蜜月」と言われた日米首脳の間に「溝」を生む。しかし菅官房長官は29日の会見で「そうした事実はない」と全面否定した。

 一方で安倍総理は北朝鮮が非核化を行わない限り朝鮮戦争の終戦宣言を行うことや米韓合同軍事演習を中止すべきでないとトランプ大統領を説得した。しかしその後の米朝首脳会談を見れば安倍総理の説得は完全に無視された。

 トランプは米韓合同軍事演習を「ウォーゲーム」と呼び、交渉が続く限り中止する意向を示して日米の「溝」は広がった。さらに「溝」の広がりを示す例としてワシントン・ポスト紙は7月にベトナムで日本の北村滋内閣情報官と北朝鮮の金聖恵統一戦線戦略室長が極秘に会談していた事実を暴露した。

 米国に事前連絡をせず日本が独自に日朝交渉を行っていたとして、米国が不快感を抱いていることを記事にしたのである。極秘会談は7月の15,16日の両日で、興味深いのは外交ルートではなく情報機関同士の接触だったことである。おそらく安倍総理はトランプ大統領の真似をしようとしたのではないかとフーテンは思う。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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