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こけおどしにしか見えないトランプ政権のシリア爆撃

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(295)

卯月某日

世界最強の軍事力を持ちながら第二次大戦以来一度も戦争に勝ったことのないアメリカがこけおどしのようなシリア爆撃を行った。こけおどしと言うのはシリアの一部の飛行場を爆撃しただけでアサド政権を打倒する攻撃を始めたとは到底思えないからである。

またアメリカは同時に原子力空母カールビンソンを朝鮮半島に向かわせ、北朝鮮に対する威嚇行動を行ったが、これもほとんどこけおどしにしか見えず、むしろ北朝鮮に核ミサイル開発をスピードアップさせる効果を生むだけに過ぎない。

政権発足後100日にも満たない3月にトランプ大統領は早くも絶望的な状況に陥っていた。最大の選挙公約である「オバマケアの見直し法案」を取り下げざるを得なくなり、ロシアとの不適切な関係が共和党からも批判を浴び、懐刀である娘婿のクシュナー大統領顧問が上院情報委員会に証人喚問されることになったからである。

そうした弱り目の中でトランプ大統領は米中首脳会談という最大の外交舞台を迎えることになった。フーテンの考えを言えば中国との首脳会談を行うタイミングはトランプ政権の陣容がしっかり固まってからにすべきだったと思う。

ところが政権の陣容は固まっておらず、しかも内部に中国強硬派と融和派が混在し、足並みが乱れたままの状態で首脳会談を迎えることになった。大統領としては選挙で国民に訴えたことをそのまま主張するしかない。つまり経済でも軍事でも「強いアメリカ」を見せつけるしかなかったのである。

これに対して中国はトランプ大統領に言いたいだけ言わせてメンツを立て、しかし何もそこでは決まらないようにする。それが当初から想定された首脳会談のシナリオだった。ところがそこにハプニング的に差し込まれたのがシリア爆撃である。

首脳会談の3日前にシリアで化学兵器が使用され市民に被害が出たことが分かり、トランプ大統領はそれをアサド政権の仕業と断定して急きょ爆撃を実行した。オバマ前政権と異なり強いアメリカを見せつけるためである。それはロシアとの関係を決定的に悪化させるが、ロシアとの融和路線を批判されているのでその批判をかわすことが出来る。

北朝鮮に対してもオバマ前政権との違いを際立たせたいトランプ大統領は「中国が北朝鮮に強い姿勢を見せないならアメリカ単独で行動を起こす」と習近平国家主席に一方的に通告し、言った手前があるので原子力空母を朝鮮半島に向かわせた。しかしこれらの行動が確たる戦略に基づくものであるのかはなはだ疑わしい。その時々の近視眼的な思惑で実行されたに過ぎないというのがフーテンの見方である。

フーテンは冷戦崩壊直前からアメリカ議会の議論を見てきた。その中で世界最強の軍事力を持つアメリカがなぜ戦争に勝つことが出来ないのか、また戦争のたびに人的経済的被害をこうむりながら戦争をやめられないのはなぜかを考え続けてきた。

結論から言えば、最強の軍事力を持つがゆえに軍事力信仰が戦略的思考をおろそかにさせ、また戦争に勝てなくとも戦争を続けるところに国益があると考える国家だからである。だからアメリカは戦争に勝てない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:5月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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