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シリア:世論調査が示すシリア人民の食糧事情の悪化

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2020年の各種の政治・経済・社会状況により、シリア人民の生活水準が著しく低下したことが明らかになった。この生活水準の低下は、2016年ごろから2018年頃にかけて、戦闘が下火になった地域でゆっくりではあるがシリア人民の所得水準が改善してきた効果を完全にぶち壊しにし、以前の水準よりさらに悪い状況に貶めるものであった。

 これまでも、様々な機会にシリア人民の食糧事情についての報道等を紹介してきたが、2020年夏の段階ですでに入手が困難になっていた牛肉、羊肉に加え、卵やとり肉の入手も困難になりつつあった。この傾向は、今般結果が公表された世論調査によってはっきりと裏付けられた。それによると、全回答者1500人のうち、「昨年(2019年~2020年)充分に食品を確保できましたか?」との問いに対し、約4割に相当する600人弱が「不充分」または「あまり充分でない」と回答した。その上、「昨年入手しにくかった食品を以下のなかから三つ選んでください。」との問いに対し、ほぼ全員が「肉」、8割が「果物」を挙げた。それだけでなく、「パン」や「野菜」についても4割が入手しにくかった食品として挙げている。入手が困難だった主な理由は、「価格が高い」ことだった。2021年に入ってシリアの食糧事情や人民の生活水準が改善するような材料は全く見られないため、今やシリア人民は肉や果物のような食品に限らず、生活に不可欠なパンや野菜も入手困難になっていると思われる。今般の調査を実施した時点では、回答者の7割ほどが牛肉・羊肉を食べる頻度が月1回未満に過ぎなかった。とり肉についても、調査実施時点では8割以上が月に1度は食べていると回答したが、こちらも人民の生活水準の低下に伴い食卓から消えていく可能性が高い。

 重要な点は、この世論調査はシリア領内に居住する者、シリア内外への避難生活を経験したが帰還した者を対象としており、調査はシリア政府の制圧地域、イスラーム過激派からなる「反体制派」とクルド民族主義勢力の占拠地も含む広範囲で行われたということだ。すなわち、調査の対象者は外国からやってくる様々な機関や団体、研究者、報道関係者に「みじめな姿をさらす」という役割を押し付けられている「キャンプ暮らしのシリア難民」ではなく、キャンプ暮らしも避難生活もしていないシリア人民もろくなものが食べられなくなっているということだ。

 おりしも、シリア紛争勃発から「10年」が経過したとのことで、日本語でもそれについての記事や「避難民キャンプ」の取材が多数出回った。しかし、悲しいことに取材や観察の目が向くのは、国際機関が発信する「カワイソーなシリア人」についての数値と、「カワイソーなシリア人」の陳列棚と化した「難民キャンプ」だけだ。難民・避難民への人道支援は、彼らの生存のために不可欠で意義深いことだが、「カワイソー」な状態を固定化・永続化させることは援助の本旨からは程遠い。うっかりシリアやシリア人に送金したり、彼らと取引したりすると、それこそひどい目にあわされる状況下ではあるが、このまま何の手も打たないことは、普通のシリア人を「カワイソーなシリア人」へと転落させることに他ならない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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