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世界に広がる(?)イスラーム抵抗運動

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 現在「パレスチナ自治区のガザ地区で進行中の」ということになっている戦争なり、紛争なり、破壊と殺戮なりは、ガザ地区どころかパレスチナ全域も含む矮小な地域の、しかもイスラエルとハマス(ハマース)というごく矮小な当事者間の争いではない。だからこそ、イスラエルはレバノン全域を爆撃し、シリアにあるイランの大使館を爆撃したし、イランを含む「抵抗の枢軸」陣営もイスラエルという矮小な対象だけでなくイラクやシリアに駐留するアメリカ軍、それどころか紅海やバーブ・マンダブ海峡を航行するイスラエル関連船舶や、イスラエルを警備しようとするアメリカをはじめとする各国軍艦も攻撃している。この国際紛争が昂じた結果、イランとイスラエルが互いの領域を直接攻撃し合う事態にまで発展した。

 この国際紛争で重要な役割を演じているのが、「抵抗の枢軸」陣営に属し「イランの民兵」と呼ばれることも多い非国家武装主体だ。「抵抗の枢軸」陣営は国家対国家の紛争としてイスラエルとそれを脊髄反射として支援するアメリカやヨーロッパ諸国と争って勝ち目がないことは知っているので、元よりそんなことをするつもりはない。そこで、非国家武装主体が「欧米諸国が押し付けようとする不正への抵抗」として「あくまで自発的に」決起する武装抵抗運動として紛争を制御・統制しつつ(演出しつつと言ってもいい)展開しようとしている。ハマースもパレスチナ・イスラーム聖戦(PIJ)やパレスチナ解放人民戦線(PFLP)の様に今日もパレスチナで戦う諸派もそうした非国家武装主体の一部だろうし、レバノンのヒズブッラー、イラクやシリアに展開する「イランの民兵」諸派、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称:フーシ、フーシー派など)は「抵抗の枢軸」陣営として「ルールの範囲で」戦闘を展開している。また、「抵抗の枢軸」陣営が現状に不満がある場合、攻撃の対象や攻撃の質を制御することでその不満を敵方に伝えようとしてきた。5月に入って「イラクのイスラーム抵抗運動」名義でイスラエルのテルアビブ市を攻撃したと発表する声明が出回ったが、これも戦闘の範囲や強度を制御することによる「敵方との対話」のやり方の一つだ。しかし、この方法は、「敵方」がメッセージを理解する知性がない場合逆効果に終わり、事態を最悪の方向、「抵抗の枢軸」陣営にとってはイスラエル、アメリカとの本格的な交戦へと導くことにもなりかねない。

 そうなると、従来のレバノン、シリア、イラクの非国家武装主体の活動では手詰まり状態で、「抵抗の枢軸」陣営としては活動を地理的にも参加者の顔ぶれの面でも拡大させるという「カード」の切り方を考える場面といえる。有力な選択肢としては、2015年から続くイエメン紛争でUAEやサウジに対する脅迫を繰り返し、攻撃を実行したと主張したこともある「真実約束旅団」が想起されるのだが、同派は2023年10月下旬に「アクサーの大洪水」攻勢に連動した脅迫声明を発表して以来動きがない。ここで浮上してきたのが、「バハレーンのイスラーム抵抗運動」を名乗る諸派だ。ペルシャ湾の小国のバハレーンにも、既存の政体やそれを支える「国際社会」への「抵抗」を志す運動がないわけではない。というのも、バハレーンは2011年初頭に「アラブの春」に触発された民衆の民主化運動を、湾岸諸国会議(GCC)がバハレーンに援軍を派遣して武力鎮圧した経験があるからだ。バハレーンの野党や民主化運動は、元々イランと親しいわけではないという見方もあったのだが、2011年の武力弾圧に対する不満層が「抵抗の枢軸」にからめとられたかのように、「それっぽい」声明類を発信する事例がみられるようになっていた。

 かくして、2024年5月2日付で「バハレーンのイスラーム抵抗運動」名義で、「バハレーンのイスラーム抵抗運動アシュタル隊」がイスラエルのエイラートを4月27日に無人機で攻撃したと発表する声明が、5月4日には同2日にやはりエイラートを無人機攻撃したと発表する声明が出回った。ちなみに、「アシュタル隊」とは12イマーム派の初代イマームであるアリー・ブン・アブー・ターリブの重臣のマーリク・ブン・アシュタルかその息子のイブラーヒームにちなむ可能性があり、「いかにもシーア派的な」名称ともいえる。件の声明はいずれも無人機の発射場面と称する動画を伴っているのだが、動画を見る限りでは本当にそれがエイラートに到達したのか、本当に作戦がバハレーンで行われたと判断することができない程度の出来栄えだ。そのようなわけで、現時点で重要なのは、「抵抗の枢軸」陣営としてイスラエルを攻撃したと主張する団体がバハレーンにも現れたという点に限られる。油断してはいけないのは、今後の情勢の展開(注:「ガザ地区の情勢」に限らず、中東全体の国際関係の展開)によっては「バハレーンのイスラーム抵抗運動」によるより実効的な作戦が繰り返されたり、他の地域にも「イスラーム抵抗運動」が現れたりすることも考えられるということだ。中東やアラブ地域だけでなく、世界的にもアラブ・イスラエル紛争やガザ地区での破壊と殺戮についての一般の読者・視聴者の情報の受容や解釈のありかたが変わりつつある現在、観察の範囲や精度にも神経質にならざるを得ない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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